第15話 コボルトとの邂逅⑧
「ポン!?」
叫んでから、慌ててドアの方に視線をやるが、幸いラミアが戻ってくる気配はない。
どうやら気づかれてはいないようだ。
ホッとして、夢中で僕の顔を舐めているコボルトに声をかける。
「ポン、どうしてこんなところにいるの?」
「ミレウス、アイタカッタ! アイタカッタ!」
「ちょっ、ポン。少し声を抑えて……!」
「クゥン? ワカッタ」
よく分かっていない様子だが、ポンは声量を抑えてくれた。
ひょっとしてこれは、僕を見かけて追いかけてきてくれたのだろうか?
わざわざ、こんな場所にまで?
ポンは何かを期待するように尻尾を振りながらつぶらな瞳で僕を見ている。
「ごめん、ポン。撫でてあげたいんだけど、ちょっと腕が縛られてて。
このロープ、外せる?」
「バウ? ハズス」
かなりきつく縛られているので、ポンには難しいかとも思ったが、ポンは手と牙を器用に使ってあっさり僕の拘束を解いてしまった。
「ポン、ありがとう……!」
「バウバウ!」
僕は解放された喜びから、ポンを抱きしめて思い切り撫でまわす。
ポンが腕の中で尻尾をパタパタ振って喜んでいるのが分かった。
(……さて、一先ず拘束は解けたけど、実はあまり状況は改善してないんだよな)
たっぷり数十秒ほどポンを撫でまわしてから、僕は脳内で改めて状況を確認する。
もちろん、ポンを撫でまわす手は止めていない。
(ラミアが甘ちゃんだったのはラッキーだったな。
普通、わざわざ縛る前に手足の腱とか切っとくだろうに……ひょっとして血を無駄にするのを嫌がったか?)
多少貧血気味だが、僕自身はほぼ十全の状態と言ってよい。
あとはどう脱出するか、だが。
(部屋は……やっぱり、入り口は一つだけ。
この壁の厚さは……ひょっとして地下か?)
石壁を叩いて、その反響音から現在地を推測する。
薄暗く、ベッドとソファーが一つずつあるだけの狭い部屋。
横に積まれた何体もの男の遺体が無ければ、どこか淫靡な雰囲気さえ漂っていた。
(あのラミア……表向きはそういう商売をしてたみたいだし、ひょっとしてここに男を連れ込んでたか?
そういう場所なら、防音はしっかりしてるだろうしな)
それなら大声を出しても、外には聞こえないと確信していたのも説明がつく。
と、そこで僕はポンを撫でる手を一旦止め、ポンの顔を覗き込みながら尋ねた。
「ポン。ポンが出てきた穴はどこに繋がってるんだ?」
「クゥ~ン?」
「ああ、少し難しいか……えっと、ポンはそこから外に出れないかな?」
「デル?」
「そう。ちょっと怖い魔物がいるから、助けを呼んできてほしいんだ」
怖い魔物、という言葉に思い当たることがあったのか、ポンは僕の腕から降りて、自分がでてきた通気口らしき穴を覗き込む。
「デル、ムリ」
「えっと、なんで?」
「ポン、ノボレナイ」
僕は通気口の中を覗き込んで、なるほどと思った。
穴は、ほとんど直角に近い角度で上に向かって伸びていた。
恐らくポンは外部に繋がるどこかの穴から、僕の匂いを辿ってここに落ちてきたのだろう。
(声が外まで届かない構造だとしたら結構な長さがあるだろうし、ここからの脱出は無理か)
やはり出入り口は一つだけのようだ。
だが、そうなると間違いなくその間にはあのラミアが立ちふさがっているはず。
(はっきり覚えてはないけど、確かラミアは4~5レベル相当のモンスターだったはず。
牙と尻尾での格闘を得意とする魔物で……上位個体は魔法を使うのもいたっけ。
どう考えても僕が戦えるようなレベルじゃないな)
真っ向から打ち破ることは不可能だと早々に見切りをつける。
(そもそも僕も配達中だったから剣どころか鎧もないし、これじゃゴブリンにも勝てないよな)
あたりを見回すと、殺された冒険者の腰に短剣が下げられていたので、拝借する。
気休めにもならないが、ないよりはましだろう。
(さて、どうしたものか……ショートソード一本でLV2ファイターがラミアを倒して館を脱出しろ、か)
無理だろ、という理性の声に共感しつつ、僕は途方に暮れた。
「バウ?」
どうしたの、と今一状況を理解していないポンに癒され、苦笑してその頭を撫でる。
(もう少し魔法が使えれば何とかなったのかのかな?
いや、無理か。精霊魔法にはもともとそんな都合のいい魔法は少なかったし。
そもそも僕のレベルじゃポンの傷を治すので精一杯。
他はせいぜい……待てよ?
この世界での精霊魔法って、他のゲームに比べて使用制限は緩かったよな?)
ある可能性に思い至り、僕は試しに小声で精霊に呼びかける。
(――行ける! 問題は距離だけど……ポンが入ってこれたってことはそれほどの距離はないはず)
脱出の可能性を見出した僕はすぐさまその作戦を行動に移そうとする――が。
――コツン、コツン
(拙い! ラミアが戻ってきた……!)
「ポン! 隠れて、怖い魔物が戻ってきた!」
「クゥ~ン?」
「早く!」
ポンは僕の言葉にベッドの下に隠れる。
本当は通気口の方が安全かもしれないが、今はこの方がありがたい。
(……戻ってくるなら、かえって都合がいい。やってやるさ!)
僕は覚悟を決め、短剣を構えてラミアを待ち構える。
そして小声で、魔法を発動させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます