第14話 コボルトとの邂逅⑦
(……ぁ……あぁ?)
強烈な倦怠感の中で、僕の意識はゆっくりと覚醒した。
瞼をゆっくりと上げる。
視界がぼやけてはっきり見えないが、屋内、すこし薄暗い部屋だ。
(……ち……血が足りなくて、頭がはっきりしない。
身体も痺れて……何だこれ、縛られてるのか……?)
意識が覚醒して少し血の巡りが良くなったのか、次第に僕の視界が輪郭を取り戻していく。
最初僕は、それが何なのか理解できなかった。
(……人の、顔? というか、妙に青白い、よう、な……)
まるで、青褪めた死体の顔のような――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ああ、僕ってこんな大きな声が出るんだ、と驚いた。
だがそれ以上に驚いたのは、自分の目の前、数センチほどの距離にあったのが、本物の死体であったこと。
「な、なな、な……!? え、何だこれ!?」
そしてのけぞる様に上半身の力だけで後ろに跳ぶと、そこには何体もの男の死体が転がっていた。
距離を取ろうとするが、身動きが取れない。
身体が痺れていて気付かなかったが、どうやら手足を縛られているようだ。
「――良かった。生きていたのね」
先ほど料理を届けた女性――確かルーナさん――の声が頭上から聞こえたので、身体を捩ってそちらを向く。
「――っ!?」
意識を失う前の出来事から予想しておくべきだったのかもしれない。
そこには確かにルーナさんの顔があった。
「美味しくて、つい吸い過ぎちゃったから、殺しちゃったかと思ったわ」
ただしその下半身は巨大な大蛇のものへと変貌していたが。
「……ラミア」
僕のつぶやきを無視して、ラミアは一方的に告げた。
「いいこと坊や。今から私が言うことをよく聞きなさい。
あなたが大人しくさえしていれば、当面の間は生かしてあげるし、きちんとゴハンも食べさせてあげるわ。
だけど騒いだり、暴れるようなら、あなたはそこに転がっている男たちのようになる」
冷徹な声音に喉が引きつりそうになるが、何とか言葉を返す。
「……わ、わかりました。
だけど、何で俺は生かしてもらえるんですか?
この人たち、行方不明になってた人たちですよね……あなたの餌になって死んだんでしょ?」
ラミア――人間の女に変身する能力を持った魔物。
定期的に人の血を吸わなければ衰弱死してしまうという弱点を持った吸血種族だ。
状況的に見て、行方不明事件の犯人はこのラミアで間違いないだろう。
彼女が今まで捕まらなかったのは、それだけ巧妙に人間社会に紛れ込んでいたということか。
だが、だとすれば分からないことがある。
一つは僕を他の男たちのように殺さない理由。
二つはこんな事件になるほどの大量の血液を必要とする理由。
ラミアは本来、さほど大量の血を吸わなくても生存には問題がなかったはずだ。
ラミアは僕の質問に、億劫そうではあるが答えてくれた。
「……外が騒がしくなって、新しい餌を狩るのが難しくなったのよ。
お腹が空いたからって、外で行きずりの男を吸い殺して捨てたのは失敗だったわ。
死体を出したせいで、この辺りの警戒が増してしまった」
それは僕が見つけた、あの死体のことだろうか。
ラミアはその長い爪で、僕の首筋をなぞりながら、ゆっくりと続けた。
「あなたは少しずつ、死なない程度に血を吸ってあげる。
わたしを怒らせなければ、長生きさせてあげるわ。
だから大人しく、いい子にしていなさい」
「…………」
文字通り喉元に刃物を突き付けられた状況に、僕は首を縦に振ることしかできなかった。
その様子にラミアは満足そうに頷き、そのまま部屋の外へ出て行く。
「…………は」
恐怖から解放された僕は、ゴロンと床に寝ころんで乾いた息を漏らす。
事件のボスモンスターに捕まって、餌として辛うじて生かされている。
言うまでもなく、最悪の状況だ。
(これ、生き残る目はあるのか?)
先ほどは緊張していて気づかなかったが、あのラミアの腹部は少し膨らんでいた。
恐らくは妊娠して、それで大量の血液を必要としているのだろう。
となれば、いくら少しずつと彼女が言おうと、僕もいずれ吸い殺されてしまうのは間違いあるまい。
逃げ出さなければ、とは思うが……僕の手足はかなりきつく縛られていて、自力で縄を解くのは難しそうだ。
それにこの部屋……出入り口はラミアが出て行った一つだけ。
壁はかなりぶ厚そうで、外の音が全く聞こえない。
壊すのは論外だし、彼女が僕の喉を潰さずに出て行ったということは、恐らく大声を出しても無駄だろう。
誰かの救出が期待出来れば、とは思うが……現時点では望み薄だろう。
僕が生きている間はラミアは追加の餌を必要としない。
また、僕がいなくなったことを不審に思った誰かが僕の足取りを辿ってくれれば、とは思うが。
しかし、“ルーナ”が僕がここに来なかった、あるいは来て帰ったと言えば、調べた人間が積極的に“ルーナ”を疑う理由はないのではなかろうか。
(……駄目だ。生き残る目はかなり薄いな)
絶望的な状況に気が遠くなる。
自力脱出も、救出も望めない。
このままゆっくり吸い殺されるのを待つしかないのか。
――ポスン
どこからか、何かが落下するような音が聞こえた。
何だろうと思って横を見ると、壁の下の方に、小さな格子戸のようなものが見える。
といっても、人間が通れるようなサイズではない。
(通気口……みたいな感じだな)
その格子戸を、向こう側から何かがゴリゴリとこするような音が聞こえてきた。
もともと格子戸はそれほど頑丈ではなかったのか、それとも老朽化で脆くなっていたのか。
ガラン、と音を立ててそれは外れ――
「バウ!」
そこから飛び出してきた一匹のコボルトが、嬉しそうに僕の頬を舐めた。
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