第85話
「じゃ、また学校で!」
心南はそう言って、玄関の扉に手をかける。そんな心南を、俺と美保とまるちゃんは手を振って見送る。
「ああ。また学校でな」
「うん。またね、心南ちゃん」
「バイバーイ!みなおねーちゃん!」
俺と美保の後に、まるちゃんが心南にそう声をかける。すると、心南は笑顔になって手を振り返してくれた。
「バイバーイ。まるちゃん。また会おうね」
「うん!またね~!」
心南は手を振りながら玄関の扉を開けて、療心学園の外へと出ていく。そしてそのまま、心南は療心学園から去っていった。
「……心南が受け入れてくれて、よかったな」
「……うん。ほんとに、よかった」
俺が美保にそう言うと、美保は頷いてそう呟いた。美保からすれば、それほど不安だったのだろう。
「ねえねえパパ、ママ。まるたちも、皆で一緒にご飯食べたい!」
「「……え?」」
まるちゃんが突然言った言葉に、俺と美保は呆気にとられる。なぜ急にそんなことを言い出したのか、分からなかったからだ。
「な、なんでそんな急に?」
「そ、そうだよ。それに療心学園で、晩御飯が出るでしょ?」
「やー!パパとママと食べに行きたいの~!みなおねーちゃんみたいに!」
「「っ!」」
まるちゃんの言葉に、俺と美保が驚いて言葉を失う。まるちゃんは、家族と食べに行くといった心南を羨ましく思ったのだろう。
俺たち家族で食べに行ったことがあるのは、昼ご飯だけだ。確かに晩御飯は、食べに行ったことはない。
「……よし。じゃあ、食べに行こう」
まるちゃんがそう言うなら、俺としては叶えてあげたい。幸い、お金も持ってきているし、俺的には問題ない。
「だ、駄目だよ。そんな急には。療心学園にも聞かないと……」
「じゃあ、長井さんに聞きに――」
「あ、あら?まだここにいたの?」
丁度いいところに、長井さんがやってきた。長井さんの言葉を、俺は首を横に振って否定する。
「いえ。今、心南……高畑を見送ったところです。それより、少し聞きたいことがあるんですけど」
「えっと、何?」
「まるちゃんが、俺たちと一緒に晩ご飯を食べたいそうなんです。外に食べに行ってもいいですか?」
俺の質問に、長井さんは渋い顔を見せる。やはり、晩ご飯となると許してもらえないのだろうか。
「……外は駄目だけど、療心学園で食べていくならいいわよ」
「え……。い、いいの?だって、人数が……」
「私が外で食べてくるから、その分を貰って?私は用事が出来て、これから出ていかなきゃいけないの。元々1食分余っちゃうから、いいのよ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は長井さんに頭を下げて、礼を言う。まさか、この療心学園で食べることができるとは。
「……じゃあ、私は行かなきゃいけないから」
「あ、は、はい!」
「い、いってらっしゃい……」
長井さんはまるちゃんをチラ見してから、すぐに玄関の扉を開く。そしてそのまま、療心学園から出て行った。
「……パパとママと、一緒に食べれるの?」
「ああ。ここで、になるけどな」
「やったね。まるちゃん」
「うん!やったー!」
まるちゃんは両手を上げて、喜びを表現した。その両手のそれぞれを、俺と美保に差し出してくる。
「じゃあ、戻ろー!パパ、晩ご飯までいてくれるんでしょー!?」
「……おう。そうだよ」
俺はそう返して、まるちゃんが差し出してきた右手を、左手で掴んだ。まるちゃんはそれに、笑ってくれる。
「ほら、ママも~!」
「……ふふっ。うん。まるちゃん」
美保もまた、まるちゃんの左手を右手で掴んで、手を繋ぐ。こうして俺たちは、家族そろって手を繋いだ。
俺たち家族は、家族としては偽物の疑似家族だ。だが、今あるこの関係は、間違いなく本物。
まるちゃんの父親として、パパとして。そして、美保の夫として。二人を、この本物の関係を、守ってみせる。
まずは今日の晩ご飯でまた一つ、家族としての関係を深められればと思う。俺はそう思いながら、手を繋いだ美保とまるちゃんを見る。
「パパ!ママ!行こ~!」
「そうだね。ほら行くよ?信護君」
「……ああ。行こうか。まるちゃん。美保」
俺は美保とまるちゃんを見て微笑みながら、そう告げた。そして俺とまるちゃんと美保は、手を繋いだまま揃って歩き出した。
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