第74話
「お前、俺と勝負しろ」
「勝負……?」
純也君は俺に右手の人差し指を向けながら、そう言ってきた。俺はその言葉に、首を傾げてしまう。
勝負といっても、一体何で勝負するつもりなのだろうか。俺は今、鬼ごっこをしている最中なのだが……。
「ちょ、ちょっと純也。お兄さんは、私たちと鬼ごっこしてるんだけど」
すると、俺が捕まえた女の子が、純也君にそう言ってくれた。鬼ごっこをしていた子供たちにとっては、途中で止めさせられるようなものだ。
それは、鬼ごっこを楽しみ来ていた面々にとって、良い感情でないことは間違いないだろう。だが純也君は、その人差し指を下げない。
「勝負の内容はかけっこだ。単純のほうがいいし」
「いや、それは……」
俺、絶対勝ってしまうが……?純也君の足の速さは知らないが、俺に勝てるほどではないだろう。
そもそも年齢が違うし、俺は同年代の中でもそこそこ速い自信がある。どれだけ純也君の足が速くても、俺には及ばないはずだ。
「それ、負けるけどいいの?このお兄さん、私より全然速いよ?」
「そもそもお前が俺より遅いだろ。あれぐらいだったら大したことない」
……ごめん。全力じゃないんだ、あれ。本当は、もっと速く走れるんだよ。
そう言いたいところだが、俺の口からその言葉が出ることはなかった。俺が言わない方がいいと判断したからである。
ここでそれを言ってしまうと、ますます鬼ごっこから遠ざかってしまうだろう。何とかして、鬼ごっこに戻らなければ。
「わ、悪いが、今は皆と鬼ごっこで遊んでるんだ。だから今は……」
「なんだよ?逃げるのか?そんなやつは、姉ちゃんの隣に立つ資格はないね」
俺は純也君のこの言葉に、少しカチンときてしまった。美保の隣に誰がいていいのかを決めるのは、純也君じゃない。
それを決めるのは、美保自身だ。勝手にそんなことを言う純也君に、俺は苛立ちを覚えたのである。
「……それを決めるのは、お前じゃない。美保だ」
「姉ちゃんを馴れ馴れしく、名前で呼ぶな」
「はあ……。それを決めるのも、純也君じゃない。けど、分かった。勝負すればいいんだろ?」
俺はため息を吐いてから、勝負することを受け入れた。これはもう、勝負を受けざるを得ないだろう。
そうしないと、純也君が納得しない。問題は、まるちゃんたちの説得だが……。
「お兄ちゃん、かけっこするの~?」
「純也君、すごく速いよ?お姉ちゃんより速いし……」
ある少女がそう言ってくるが、正直そうとは思えない。多分、美保が手加減しているんじゃないだろうか。
まあ、子供相手に本気なんて出さないよな……。まあ、もし本当であったとしても、俺には届かないはずだ。
「大丈夫!パパ、すっごく速かったもん!」
そんな少女の質問に答えたのは、まるちゃんだった。それに続いて、俺が捕まえた少女も頷く。
「まあ、お兄さんの本当の走りが見れるなら、鬼ごっこはいっか。頑張って」
「あ、ああ……」
まるちゃんたちの説得は、もうしなくても問題なさそうだ。もう子供たちは受け入れて、ノリノリになっている。
だが、俺はその少女の言葉に、力強く頷くことができない。俺はまた、どうすればいいか迷っていたからだ。
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