第55話

 俺が今野の借り物競争を終えて戻ってくると、美保や勝たちからとても白い目で見られた。俺は訳が分からないまま、自分の席に座る。


「な、なんでそんな目で見てくるんだよ……。お前ら……」


 俺がそう問うと、皆が一斉にため息を吐いた。なんなのだろうか、この反応は。


 別の組に協力したことに、腹を立てているのだろうか。だが、そこまでの反応をしなくてもいいのではないかと思うんだが……。


「はあ……。まさか、お前が今年の体育祭における初めてのやらかし野郎とは……」


「は?何言ってんだよ勝。俺は何も変なこと言ってねえだろ?」


「ああ。はいはい。もうええわ……」


「……なんで関西弁になってんだよ?」


 急に勝が漫才の終わりみたいなことを言ってきたので、ついそうツッコんでしまった。しかし、俺は何もやらかしていないはずなのだが……。


 俺は事実しか言っていないし、そこまで反応することでもないだろう。去年と比べても、俺の行動は別に変なものではないと思うんだが。


「まあ、信護君だもんね……。仕方ないか……」


 美保も、こんな反応である。少し、いや、かなり呆れているようにしか聞こえない。利光と秀明も、同じような反応である。


「お疲れ様。信護君。カッコよかったよ」


「お、おお……!ありがとな。桜蘭」


 俺のことで褒めてくれたのは、桜蘭だけだった。どうやらこの場に桜蘭以外の味方はいないようだ。


 そんなことを話している間にも、借り物競争はどんどんと進んで行く。すると、もうすぐ照花の番、というところまで来た。


「見ろよ桜蘭。もうすぐ照花の番だぞ」


「あ、ほんとだね。いいお題、引ければいいね」


「そうだな。それなら、早く戻れるし」


 俺は唯一の味方である桜蘭と、そう言い合った。美保や勝たちは、未だに呆れがおさまらないようだ。


 すると、ついに照花の出番になり、照花がくじを引いた。そのくじを見た照花は、なぜか一瞬固まってしまう。


「……おい。あの照花の反応、まさか……」


「……当たっちまった、かもな」


「て、照花ちゃん。引き直してもいいんだよ?無理だと思ったら、すぐに引き直さなきゃ……」


 俺たちは、照花がヤバいお題を引いてしまったのだと思った。もしそうならば、すぐに引き直さなければ時間がもったいない。


 だが、照花はそのくじを引き直すことはなく、一瞬のフリーズの後、すぐに動き出した。その進行方向には、俺たちがいる。


「照花、こっち来てるぞ」


「い、いやいや、まさか……」


「て、照花ちゃん……?」


 俺の中で、ある一つの可能性が浮かび上がった。恐らく、勝と美保も俺と同じことを思ったのだろう。


 俺たちだけが知っている事実。それは、勝と照花が付き合っているという事実だ。


 つまり照花は、【恋人】というお題、もしくは【好きな人】というお題を引いてしまったのではなかろうか。俺たちは、その可能性を考えてしまったのである。


 だが、そんな心配は虚しく、照花はどんどんと俺たちの方へと向かってくる。俺たちは、どうか、どうかそんなお題でないことを祈りながら、照花の到着を待っていた。


「はあ、はあ、ごめん!付いて来て欲しい人がいるんだけど……!」


 ついに照花が、俺たちの元へとやってきてしまった。俺たちは勝という名前が照花の口から放たれることを覚悟して、その続きを待つ。


「お、おう……。誰、だ……?」


「信護君だよ!」


「……え?」


 照花が放った言葉に、俺は動揺を隠せなかった。予想していた名前ではなかったこともあるし、まさかの名前が聞こえてきたからだ。


「て、照花……?い、今、誰って、言った……?


 俺は声を震わせながら、そう尋ねた。もしかしたら、俺の聞き間違いかもしれないという、淡い希望を込めて。


「だから!君だよ!信護君!」


 俺の希望は、儚くも砕け散った。聞こえてきた名前は、先程と全く同じだったのだ。


 ……え?まさかの、俺、ですか?


 俺はそんなことを思いながら、照花に手を握られる。そして強引にも、また会場へと連れていかれるのであった。

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