第50話
時は流れ、体育祭当日になった。俺は家を出て、学校とは反対方向へと向かって歩いている。
俺の学校の体育祭は、人数が多すぎて学校ではできない。なので、俺たちの高校の体育祭は、それよりも大きい場所を借りて行われるのだ。
そのため、俺は電車に乗って移動しなければならない。だからこそ、俺は学校とは反対方向にある駅に向かっているのである。
俺は駅に着き、電車の時間を確認する。見る限りは、予定通りの時間に間に合ったようだ。
「あれ?信護君?」
「お、美保か。おはよう」
「うん。おはよう」
駅の改札前で、美保と鉢合わせた。どうやら、予定していた電車が同じだったらしい。
「美保もこの電車で行くつもりなのか?」
「そうだよ。信護君も?」
「ああ。じゃあ、一緒に行くか」
「うん。行こっか」
俺と美保は揃って改札をくぐる。そして駅のホームに降りて行った。
だが、予定の電車までまだ少し時間がある。その暇を、美保と話すことで埋めることにした。
「今日は体育祭だけど、体調とかは大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ。信護君も、調子は大丈夫?」
「ああ。調子は大丈夫だ。ただ……」
俺はそう言ってから、ため息を吐いた。少し、恥ずかしいことがあるからだ。
「ただ?」
「……母さんが、見に来るって言って聞かねえんだよ。別に見に来なくてもいいのに……」
高校生になった息子の体育祭を見に来る母親は、少し珍しくはなかろうか。俺の立場からすると、少し恥ずかしいものなのである。
「そ、そうなんだ……。それなら、こっちも言わなきゃいけないことがあって……」
「ん?なんだ?」
「……まるちゃんが、見に来たいって」
「……え?」
まるちゃんが、俺たちの体育祭を見に来たいって?そ、それは嬉しいことだが……。
まるちゃんが体育祭を見に来ると、俺たちの関係がバレる確率が高くなる。まるちゃんは、絶対にパパママ呼びを止めないのだから。
だが、まるちゃんはまだ見に来たいとしか言っていない。流石にまるちゃん一人で見に来ることは出来ないだろう。
「それを聞いた長井さんが、私が連れて行くから、って……」
「な、長井さん……!」
俺の儚い希望は、見事に砕け散った。まさか、長井さんと一緒に来るとは……。
「それで、まるちゃんと長井さんが見に来ることになっちゃって……」
「マジか……」
「や、やっぱり、まずい、よね?」
美保がそう聞いてくるが、俺はそれにすぐに頷いた。まずいに決まってるからだ。
とにかく、バレないようにするしかない。この体育祭には、美保の彼氏も参加しているはずなのだ。
「ああ。彼氏にだけは、バレないようにしないとな……」
「う、うん。彼氏よりも、バレたくない人もいるけど……」
「いや、彼氏以上にバレちゃいけない奴はいないだろ」
美保が呟いたことが聞こえていた俺は、美保にそう指摘する。俺も美保も、彼氏以上にバレてはいけない人はいないはずだからだ。
「……まあ、信護君には分かんないよね」
「は?なんだよそれ?」
美保の言葉に俺がそう返した瞬間、待っていた電車がやってきた。俺たちの会話は、ここで一旦止まる。
電車はちゃんと止まってから、ドアが開かれる。俺と美保は目の前のドアから、電車の中に入っていった。
「……で、どういう意味なんだよ。俺には分からないって」
「うーん……。これは、私の問題だから、って意味かな?それ以上、上手く言えないよ」
電車に乗り込んでからも俺は美保に尋ねたが、具体的なことは何も言ってくれなかった。俺は意味が分からないまま、口を閉ざしてしまう。
これ以上は言えないと言われれば、俺は止めざるを得ない。無理やりにでも言わせるのは、俺にはできないからだ。
「そう、か。まあ正直、なるべくバレたくないのは間違いないからな。今のところ、勝と照花にしかバレてないし」
「うん。これ以上は、バレたくないしね」
「ああ。……でもまあ、桜蘭や高畑とかには説明しても――」
「駄目だよ」
思った以上に早く返ってきた言葉に、俺は驚いてしまう。まさか、否定の言葉が返ってくるとは思っていなかったからだ。
まだ、桜蘭や高畑たちには、美保自身が過去を話せないということだろうか。だが、俺や勝に照花にも話せているのなら、大丈夫だとは思うんだが……。
「まだ、過去を話せないのか……?」
「ううん。そんなわけないよ。話せるに決まってる。家族のことを、心南ちゃんに話せないだけで……」
家族は、俺とまるちゃんの事だろうか。それを、勝と照花には話せたのに、高畑には話せない、と……。
「なんで、話せないんだ?」
「言ったでしょ。これ以上言えないって」
美保が言っていた彼氏よりもバレたくない相手というのは、高畑の事だったのか。だが、その理由はなんなのだろう。
高畑に俺たちの関係がバレてまずい理由が、俺には見当たらない。彼氏にはあるのに、である。
だが、美保が言えないのなら仕方がない。俺も高畑にはバレないように気を付けなければいけないな。
夫である俺が、妻である美保を、裏切るわけにはいかないのだ。美保がバレたくないと言うのなら、俺も協力してやらなければ。
今日の体育祭は、大変な1日になりそうだ。朝っぱらからこんな話をした俺は、話の内容も相まってそう思った。
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