第49話
更に体育祭が近づいた、月曜日。その放課後に、俺は部室へと向かっていた。今日が部長から召集された日だからだ。
ホームルームが終わってからすぐに来たので、人の気配は少ない。他のクラスはまだ、ホームルームが終わっていないのだろう。
恐らく、体育祭の決めごとをしているのだろう。俺たちのクラスは、すぐにそれが決まった。
正直、俺のクラスは決めるのが早かったとは思う。各々の役割をしっかりと分けれたし、俺も文句はなかったので即決だった。
皆も俺と同じで文句はなかったらしく、それで決まったのだ。その後こうして、部室へと向かっている。
すると、俺が所属する文芸部の部室が見えてきた。やはりもう、鍵は開いているらしい。
光も点いているし、俺より先に部室に着いた人がいるということだ。なら、その人はもう俺の中では一人しかいない。
俺が部室の扉を開けると、車椅子に座りながら本を読んでいた先輩が、俺の方を向いた。その時に、先輩の長い黒髪が揺れる。
「おお。早かったな小田後輩。君が1番乗りだよ」
「……1番乗りは、
「私を除けばに決まっているだろう?私が1番乗りなのは、当たり前の事なのだからな」
俺より早く部室にいたのは、文芸部部長の
生駒先輩は俺と同じ中高一貫コースで、中学からの先輩だ。生駒先輩は体が弱く、車椅子で生活している。
だが生駒先輩は、中学時代からこう称されている。天才、と。
中学生ながら、研究でも成果を上げ、一時期日本中に知られる存在となった。だが、生駒先輩はその研究以降、研究はしないで文系に進んだ。
それをなぜなのかと、生駒先輩に聞いたことがある。その時生駒先輩は、つまらなくなっていたし、小説を書いてみたかった、と言ってくれた。
だから生駒先輩は、高校で文芸部に入った。俺はそんな生駒先輩を追って、入ったようなものだ。
「1番乗りなのが決まってるって、生駒先輩が体育祭に出れないからですか……?」
「ああ。毎年のことだがな。私が教室に残っても、意味がないだろう?クラスの者たちも、私がいない方がいいはずだ。関係も良好とは程遠いしな」
生駒先輩は体弱い影響で、体育祭に参加することができない。体育祭のことが話し合われる場に、自分は必要ないと生駒先輩は考えたのだろう。
「まあ、そうかもしれませんけど……。こっちでも、体育祭の話になりますよ」
「それは構わんさ。見に行くのは行くからな。それに今日の本件は、その体育祭ではないか」
「クラブ対抗リレー、ですよね?」
「ああ。そこでだ、小田後輩。今回は何走を走る?」
生駒先輩は俺の名前を呼んでから、読んでいた本に栞を挟んでパタリと閉じた。そして、俺にそう問いかけてくる。
俺はその質問に、すぐに答えることができなかった。どうするのか、全く考えていなかったからだ。
前回は、1走だった。先輩たちのことを考えると、今回もそこが無難な気がする。
「……他の部員たちにもよりますけど、1走目がいいですかね」
「なるほど。去年と同じか。リベンジだな」
「そう、ですね。勝も、去年と同じなら、ですけど……」
勝がどの走順になるかなど、今の俺には知る由もない。だが、相手が誰であっても、今年は負けるつもりはない。
「ふっ。相手が誰であれ、走って1位を目指すことは変わらないんだ。期待しているよ、小田後輩」
……まただ。また、この言葉だ。それも今回は、生駒先輩の笑み付きである。
去年の体育祭、今年と同じく先輩の応援があったのに、負けてしまった。俺が去年の体育祭をあまり思い出したくないのは、その理由もある。
だが、本当の理由は、そこではない。確かに、当時好きだった人に応援されて負けたのもあるが、そこで勘違いしてしまったからだ。
生駒先輩が、もしかしたら俺のことを好きなんじゃないかと。そんな風に、勘違いしてしまった日。
そう。生駒未空先輩は、俺の初恋の人。そして俺が去年の文化祭で告白して、振られた人である。
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