幼女を拾ったら同級生の妻ができました。(なお、彼氏はいる模様)

辻谷戒斗

第1章

第1話

 幼女がいた。


 突然何を言っているんだと思われるだろうが、この言葉に間違いはない。本当に、目の前に幼女がいるのだ。


 おっと、そこのスマートフォンを取り出して警察に通報しようとしている諸君。今すぐ止めてくれ。俺は断じてロリコンではないし、手を出そうともしていない。


 しかしまさか、学校帰りに一人の幼女に出会うとは。そんな幼女は電柱の横にあるダンボールの中に座っていて、俺の方をジッと見つめてきている。


「……ねえねえ」


 しばらく見つめ合っていたら、幼女が俺に話しかけてきた。俺は相手が幼女なので、できるだけ優しくそれに答える。


「どうしたんだ?こんな時間に一人だと危ないぞ。お父さんとお母さんは?」


「どこかに行っちゃったの。ここで待っててって言って。パパとママ、知らない?誰に聞いても教えてくれないの」


「っ……!」


 聞く前から、薄々分かっていたことだ。恐らく、この幼女は親に捨てられたのだ。


 だが、こんな子供にそんな残酷な真実を伝えていいのだろうか?いや、伝えるべきではないだろう。まだこんなにも幼い子供には、酷すぎる事実だ。


「……さあ?俺も知らないな。でも、見つけてくれる人は知ってるぞ?その人の所まで連れて行ってあげようか?」


「ほんと!?ありがとうお兄ちゃん!」


 幼女は屈託ない笑顔を浮かべながらそう言い、俺が差し出した左手を握って立ち上がった。幼女の手はとても小さくて、すぐに自分の手からすり抜けてしまいそうなほどだ。


 だが幼女はそんな小さな手で、俺の手をしっかりと握ってきた。一人で寂しかったからだろうか。もう、はぐれないようにだろうか。


 そう感じてしまった俺は、絶対に自分からこの手を離すものかと心に誓う。こんな可愛らしい幼女を捨てるとは、なんて親だ。許されるものではない。


 YESロリータNOタッチという言葉は知っているが、今回は見逃してほしい。この幼女を悲しませないためにも。


「ねえお兄ちゃん。見つけてくれる人って、どんな人なの?」


「ああ。お巡りさんだよ。俺の父さんがそうなんだ」


「お巡りさん……?」


 幼女はそう呟くと、急に足を止めた。俺も何事かと思い、手を離さずに足を止めて幼女の方へと視線を向ける。


「ど、どうしたんだ?」


「あのねお兄ちゃん。お巡りさんはね、怖い人なんだよ?パパとママがそう言ってたもん」


 ……一体どんな教育をしてるんだ、この子の親は?お巡りさん、警察官が、怖い人だって?


「……お巡りさんは、俺たちを助けてくれる存在だよ。決して、悪いことをする人たちじゃない。むしろ、悪い人たちを捕まえる人たちだ」


「そうなの……?」


「ああ。そうだよ。多分、たまたまそのお巡りさんが怖かっただけじゃないか?」


「そうなんだ!教えてくれてありがとう!お兄ちゃん!」


 そう言い終えた幼女は、俺に向かって満面の笑みを浮かべてくれた。純粋無垢なその笑顔はあまりにも可愛く、そして尊すぎた。


 気付けば俺は幼女の前でしゃがみ込み、右手で幼女の頭を撫でていた。俺に撫でられた幼女は、笑顔を絶やさずにそれを受け入れてくれる。


「何をしているんだ……?信護しんご……」


「え?あ、と、父さん……」


 背後から声をかけられたので振り向くと、そこには警察の制服を着た俺の父親がいた。そんな父さんの目が、俺を軽蔑しているものにしか感じない。


 ……待て。なにかとてつもない誤解を生んでいる気がする。


「まさか、自分の息子を逮捕する日が来るとはな……。我が子といえど、容赦は出来ん」


「待て待て待って!誤解だ父さん!俺はただ、捨てられてた幼女を拾って交番に届けようとしていただけだ!」


 俺は必死に弁明した。実の父親に逮捕されるなんて、たまったもんじゃない。


「分かっている。さっきのは冗談だ。そんなことだろうと思っていた」


「な、なんだよ……。びっくりさせるなよな、全く……」


 俺は胸をなでおろし、息を吐いた。本当に笑えない冗談だ。自分でも、犯罪臭がするのは分かっているのだから、なおたちが悪い。


 だが、今はこの幼女のことが先決だ。俺は背後に向けていた顔を幼女の方に戻し、幼女に語りかける。


「このお巡りさんなら、安全だよ。それに、今は知らないかもしれないけど、きっと君のパパとママ見つけてくれる」


「ほんと……?」


「ああ。本当だ。俺の父さんだからな。このお巡りさんに、ちゃんとついて行くんだぞ?」


 そう言って幼女を送り出そうとしたが、幼女は俺の手を離そうとしない。ギュッと俺の手を握りしめ、上目遣いをしてくる幼女は、最高に尊かった。


「お兄ちゃんとは、ここでお別れなの……?」


 幼女は上目遣いのまま、目をウルウルとさせる。そんな顔をされたら、こっちも別れたくなくなってくるじゃないか。


「父さん。俺、付いて行ってもいいか?」


 俺は幼女に向けていた顔を再び父さんの方へと戻し、そう尋ねた。そんな俺の問いに、父さんは顔を顰めながら答える。


「いい……と、言いたいところなんだがな。すまん。今日は許可できない。危険だからな。最近、この町で空き巣が多発しているだろう?」


「そう、か」


 そう言われば、俺はもう諦めざるを得ない。父さんも、俺を心配しての言葉だろうから。


「……悪い。一緒には行けない。だから、ここでお別れだ」


「そっ、か……。ねえ、お兄ちゃん。また、会える……?」


「……ああ。会えるよ。俺が必ず、君に会いに行く。約束だ」


 俺は泣きそうな目をしながら問いかけてきた幼女に、力強くそう返した。そして、笑みを浮かべながら幼女に右手の小指を差し出す。


「……うん!約束!」


 最初の内は口を少し開いて俺の顔辺りを見ていた幼女だったが、すぐに笑顔を浮かべて小指を立たせた。そして、その小指を俺の小指に絡ませてくる。


「……そうだ。君の名前を教えてくれないか?名前が分からないと、会いに行きづらいから」


「名前?まるはね、まるだよ!」


「まる、まるちゃんか。俺は信護。小田おだ信護しんごだ。またな、まるちゃん」


「うん!またね!」


 俺はまるちゃんから小指を外して、左手を離してくれるのを待った。言い終えてから少しの間俺の左手を握っていたまるちゃんだったが、すぐに俺から手を離し父さんの隣に歩いて行った。


「じゃあ、まるちゃんを頼む。父さん」


「ああ。任された。さあ、行こう」


「うん。……バイバイ!」


 父さんと一緒に歩き始めたまるちゃんは、顔を俺の方に向けて手を振ってくれた。そんなまるちゃんに微笑みを向けつつ、俺もまるちゃんに手を振る。


 俺は、まるちゃんと父さんの姿が見えなくなるまで手を振っていた。そして、二人が見えなくなった後に、自宅に向かって歩き出した。

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