✯7 あなたは不思議な人。天から落ちたよう
ココ・マッデーノ、ア・ラ・スージィ! アオ!
泣く子も呆れるマザコンキリシタンこと、ひなっちこと
しかぁーし!
イヴの昼下がりに
任務の内容は、銀ちゃんのお姉様で警察官で二十二歳の
生まれながらの隠し子として、ひとりさびしィーく生きてきたよるたんこと夜祥ちゃん。に対してお姉ちゃんが築こうとしているあまりに冷え切った母子関係に銀ちゃんプリプリ業を煮やし、銀ちゃんへのクリスマスプレゼントを買わせる名目でふたりを無理やりショッピングにくり出させた、のであーる。
ただ商店街でデートさせるだけではなかなか進展しそうもないふたりのために、スーパーナイスでクールな銀ちゃん様は、さらに鮮烈で斬新なハプニングまで用意しちゃうっ。
ところがッ、敵将・衛幸も軟弱
いやさッ、ひなっちを敵のふところ深くに飛び込ませたと見れば、むしろ人を見抜いて教え導く神職志望者としての彼のお手並みハイケンっ! ――と行くところなのかもしれないけれど、残念ながらあっちの眠たい系真正美少女よるたんが常時発する〝絶対不可侵の無垢性〟(ルビ:アブソルゥテ・イノセンティカ!)を前にしては、どんな脳ミソ十字架野郎も
マザコンの上にロリコンだなんてもう救いようがないヨー、かわいそうだから銀ちゃんがお
キスミー、ボーイズアンビシャス。ひなっち、君の大志をわたしは信じている。きっと君は味方のまま帰ってくると信じて待ってる、アイスクリームの屋台のそばで。アイ、スクリーミング。
「でもおっちゃんはそろそろ諦めましょーねー?」
アーケードの商店街、テナント募集中のお店の前。
十二月二十四日の夕刻、ザ・トワイライトタイム。
寒いヨォー。こんな時間までこんな吹きっさらしでこんな粘っててもしょうがねーってボクチンは思うのさ。
あいかわらず黒ひげのサンタみたいなおじちゃんは、手元のクーラーボックスに視線を落としてしょぼくれた顔をしたまま立ちっぱでいる。
アイスクリン、アイスクリン、とってもおいしいアイスクリン、冷たくって甘くっておーぃしーぃねっ、冬じゃなかったらねっ!
「むぅぅぅりだってぇ。シーズンオフだものぉ。寒いもの、つらいもの、人肌恋しいもの。口開けて牛乳溜めて全裸で外走ったら余裕でバニラ味してくるってばさぁ」
そもそもこの銀ちゃんが売り子してやってんのにひとりの客もつかまらないって時点でこの事業は絶望的なんだ。
花も恥じらう乙女のミニスカサンタだよ? みんな大好きミニミニのスカスカサンタだよ? 略してスカサンだよ?
近くの雑貨屋の店頭のマネキンから上着と帽子とブーツだけ借りてきただけで、ミニスカは自前だけどさ。
あっちの通りでは今、赤パンツの半裸のイケメンが吹きっさらしっつう寸法ね。
あっちが寒くなったらこっちがあったかくなるんじゃないかしら、理科でエネルギー保存の法則って習ったわ、まあ銀ちゃんアナタ天才!?
こねー、客こねー。
いやいや、あたしに「おっちゃん諦めなよ」って口に出す権利はホントはないんだけどね。アイス一個分とおっちゃんの心を踏みにじった(ていうかぶん投げた)分を働いて弁償させられてるわけですから。
むしろ諦めなよっていわれる側じゃないといけないんじゃないあたし? 諦めてアイスクリーム屋のおっちゃんに一生恨まれながら生きていくことになるの?
やべぇよ、枕元にアイス立っちゃう。死亡フラグじゃなくて死亡バニラ立っちゃう。
アイスって結構、脂肪のかたまりよね。こりゃ一本!
そうはいってもあたしはおっちゃんが心配なのだ。わりとマジで心配しているのだ。
ふとましいけど見た目ほど筋肉なさそうなおっちゃんのカラダは、この寒風吹きすさぶ年末アーケードの片隅で氷点下の乳製品に囲まれている。
たぶん日が出てから沈むまでずっと、知らないけどもしかしたら毎日。想像するとこっちまで寒くなる。
客来ない原因はその頑固さゆえだと思わなくもないけど、おっちゃんの目にはストーブよりもアッツイ炎がまだ燃えてるんだよ。
あたしは気づいたよ、よくよく見ると結構シブい顔してらっしゃる。おっちゃんとならデートくらいしてあげちゃうかも。おさわりなしなら水着もいけちゃうぜ。
そうだっ、海行こう海! 白砂ビーチなら屋台もきっと輝くよ、夏ならな!
ホントなんで冬にアイス屋台なんかやっちゃってるわけ、おっちゃんよ? 意外性ってのはありゃあいいわけじゃ――って、え?
なに、なんで泣いてんの? アッツイ炎
どうしたおっちゃん? おさわり禁止がそんなにつらかった?
手くらいつなぐよ? 膝枕までセーフセーフよ?
んん? シズコ? シズコってだれよ? スジコ? イクラ?
プチプチなの? だれが? え、ワイフぅ?
ワイフぅがプチプチなの? ていうかいたの?
ワイフぅにみさお立ててたのに小娘に誘惑されてプチプチのプリプリ……え、アイスクリーム屋はシズコの夢だった?
なにそれなにそれっ、だったってなに? なんで過去形なの? あ、そういう話?
いいよいいよ、聞く聞く聞いちゃう。銀ちゃん包容力グンバツなんだから! ナミダナミダのカコバナまとめてガツンときやがれってんだ! カムカムカム!
「銀霞!」
ギエーッ、出たあッ、妖怪キャソック少年だぁぁぁ!
ちょっ、てめ、ひなっち、半端なとこで出てくんじゃねえよっ、今重ったい話してんだろうがっ、マジ空気読めこのバカバカバーカ!
「ヘイッ、ひなっちおかえり! 待ってたぜマイラブ」
グワシ。
「うぶべべばば頭はダメだよぅ!? 銀ちゃんのこめかみにクラッシャーハンドは反則でしていいのはナデナデだけだよひな――」
「まを抜くな」
「ぃだいいだいいだいいだいやめて銀ちゃん壊れちゃうぅぅぅ! んほぉおおっ、戻れなくなっちゃうぅぅうぅぅ!」
「黙れ。本当に指に力を入れるぞ」
「てへ。まひなーんフォーユー、クリスマスプレッゼーンッ」
顔をつかまれて持ちあげられそうな状態のまま、かぶっていた三角帽子をひなっちの頭上にタッチダウン。
続けてボレロを脱いでひなっちの腕に適当にかける。ブーツはいいや、このまま履いてこ。
「おっけ、離してまひなん」
「いや、なんだこれは?」
「なんだって、こーたいよこーたい。アイス屋の売り子しつつ、おっちゃんの身の上バナシじっくりねっとり聞いてあげて。あたしは引き続きお姉ちゃんたちをサポしに行くから聞いたことはあとで報告マジよろしく。さあ離してくれたまえ。前も見えなきゃ明日も見えない」
「なぜ僕が助太刀で売り子までしなくちゃならないんだ? だいいち売れるわけがないだろう」
「うわひっでっ、コイツひっで! どう思いますおじさま? あたしたち頑張ってたよね? 吹きっさらしの中で空気読まずに冷たいもの売りまくってたもんね?」
「アイスの屋台なら店じまいを始めたぞ」
「うわあああああ待った待ったッ、おじちゃんタンマタンマ! まだ奥さんの話聞いてないよっ? 涙枯れ果てるまでくだ巻きつき合えてないよ! ていうかマジでそろそろ離してまひなん! 商店街の真ん中で女の子が顔つかまれたままビャービャーしゃべくりまくりってなにその絵面!? ずっとその絵面!? ハンギングマイフェイフォーエヴァ?」
「このたびは、銀霞がたいへんご迷惑をおかけしました。本人もこの通り反省しているようですので、これ以上責めないでやってくれませんか?」
「おいぃぃいぃ本人の反省の色まるで見えなくね!? いや反省はしているけど、してても見える状況じゃなくねこれ!? ていうかおっちゃんもなにかツッコんでよ! うしろでなにやってんのこれどうなってんのうしろ!?」
「冗談だ。まだ店じまいする気はないらしい」
「お、お、おどかすなよぉぉぉ! じょ、冗談て、カトリックが嘘なんかついてええのかコルァァ、地獄で舌引っこ抜かれっぞぉ?」
「どのみち僕に売り子を手伝うつもりはない。おまえといっしょに衛幸さんたちのところへ行く」
「うお、どうしたひなっち? 急にやる気に――」
「ま」
「うぎ」
こめかみの圧迫感が増える。反射的に息を止めて奥歯をかみしめ、心の中で念仏を唱える。なうまんだ、ぜーぜーどーどーむぅ、なんだっけ? アバダチェゲバラ?
かよわき乙女でなくてもきっと耐えがたい激痛。
そんなものはしかしいっこうに訪れず、代わりに彼の不確かなことばを耳に聞いた。
「買い物は、四人で行く方が楽しい」
たぶん、そういったと思う。
「お得意の勘違いで暴走するんじゃないぞ? 僕はおまえたちの家族じゃないが、母へなにを贈るべきなのかがまだピンと来ていない」
四人組が連れ立ってショッピングに行く理由。
なにが悲しくてそうするのかといえば、それはきっと楽しいからだ。
なにも悲しいことはなくて、楽しいはずだからだ。
「日没まで時間も少しある。今日決め切れなくても、参考意見ぐらいは集めておきたい」
ひなっちのお母様へのクリスマスプレゼントについて。
幼馴染みで異性のあたしと、一応成人女性のお姉ちゃんから。
ふたりべつべつよりも、まとめてつき合わせる方が効率がいい。
自動的によるたんもついてきて、つまるところ四人で。
そこまで意味を理解するのに、またずいぶんとかかりましたことで。
「……そりゃー、アカンでしょ?」
だいなしじゃん。
お姉ちゃんたち親子のためのなかよし大作戦も、それに便乗したひなっちとのクリスマスデートも。
あたしとお姉ちゃんが合流なんてしたら、あとはあたしとお姉ちゃんがしゃべってる横でよるたんがひたすら眠り倒して終わりそうじゃん。
もしや、それに乗じて守雛クンは、よるたんとおんぶにだっこでしっぽりですかな?
両手に花では飽き足らず、まだつぼみもついてないような苗までもてあそぶつもりですかぃ?
葉っぱの裏を
それって手ぇ足りなくない? え、手だけじゃなくって? きゃー。
乾燥した笑みとオゲレツないじりをけしかけてやろうと思ったけれど、その声が震えないかの方が何十倍も気がかりで、結局なにもいえやしませんでしたとさ。
居心地の悪い間が開いてしまう。
不意討ちのように、ひなっちが口を開いた。
「うしろめたいことでもあるのか? 衛幸さんと顔を合わせられないぐらいの」
「ぁあ……あ、あるわけないでしょ、んなもん……」
「
ギクリ、とした。今度こそ。
息が泳ぐ。
急に喉がかわいたみたいだ。
ことばが見つからない。まず探せているのだろうか。
黒くて冷たいものだけがあたしの内側を満たしてかためて。
「将来、懺悔室のあちら側に入る体だ。身内の告解くらいフライングで引き受けても、バチは当たらないだろう」
教会の子なのに、適当なこといってる。
日本の神道じゃないんだから、そんなにゆるくはないんじゃないですか?
頭の余白でせいいっぱい、そんな心配をした。
「懺悔があるなら、僕に聞かせればいい。僕が頼りないなら、本当に教会の門をたたけばいい。だから懺悔室の外では、おまえはおまえのしたいことをしていればいいんじゃないか? 本当にしたいことが懺悔以外にあるなら、すべて許される。なにをしてもいいと」
あるいは、最初から黒いもので詰まってた。
告解を聞く者は、神の代行者として、必ずそれを聞き届けるでしょう。
あなたの罪は、
恐れるなかれ。
たとい死のかげの谷を歩くときも、主はそばにいてくださるのだから。
やがて闇は打ち払われる。
額にもうほとんどただ乗せる程度に触れていたひなっちの手を、無意識のうちに強く払いのけていた。
晴れた視界に、早熟な司祭の驚いた顔が映る。その映像がすぐにじんだのは、光がまぶしかったからか、急いで身をひるがえしたからなのか。
やみくもに走り出す。恐ろしい夢から逃げるみたいに。
つづく
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