第42話 我慢の限界 (カイン視点)

「確かに聞いたことはあるが、そんなもの噂に決まっている! あれは出来損ないの娘だぞ!」


 感情的に叫ぶ伯爵家当主。

 ……俺が真の意味で、サーシャリアの苦しみを知ったのはその時だった。

 今までも、伯爵家の環境についてサーシャリアから話は聞いていた。

 だが、本当に頑なに自分しか考えない伯爵家当主の姿を見て、俺は知る。

 自分は、サーシャリアを理解したような気にしかなっていなかったことを。


 ……サーシャリアが長年耐えてきたものは、こんなものだったのか。

 しかし、そんな考えをすぐに俺は頭から消す。

 今は利用してきた相手に同情している場合ではない、とにかく何とか伯爵家当主を説得しなければならない。


「だが、実際に事業を始めたのも、黄金の生徒会メンバーとして名が知れているのも、サーシャリアだ」


「……っ!」


 淡々と事実を告げると、伯爵家当主は押し黙る。

 その横から見える、伯爵家夫妻もアメリアも憎々しげな目をこちらに向けているが、それを無視して俺は続ける。


「つまり、サーシャリアがいなければ事業も、黄金の生徒会メンバーとしての名声もなくなる。そうなれば、商会も離れていっておかしくない」


 それは感情論では反論できない事実の羅列。

 どれだけ気に食わなかろうと、それだけで覆せるものではない。


 少しの間、伯爵家の人間は言葉を発しなかった。

 それに、俺はようやく説得できたと、安堵の息をもらす。


 ……しかし、それは大きな勘違いだった。


「確かによく考えてみれば、サーシャリアを生んだのも、育てたのも私だ。少しくらい優秀であってもおかしくはない!」


 不気味に笑いながら、ぶつぶつと伯爵家当主は続ける。


「だが、私の方が優秀なのは分かりきっている! そんな私をおいて自分ばかり有名になろうとすることに、サーシャリアには恥はないのか……! いや、そうだ。サーシャリアが戻ってきてすぐに、サーシャリアに私の方が優秀だと宣言させればいい! 早く見つけないとならないのに、悠長に隠して捜しておれるか!」


 ……伯爵家当主が心配しているのは、自分の名誉だけ。

 そのことに気づいて俺が諦めたのとーー限界を迎えたのは同時だった。


「これで私の評価も……なっ! 何を……!」


 未だ何事かを呟いていた伯爵家当主の胸ぐらを掴み、こちらへと引き寄せる。

 そして、先ほどの伯爵家当主の怒りが霞むほどの怒気を露わに、俺は告げた。


「いい加減黙れ。──子供は、親のための道具じゃねぇんだよ」

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