第9話 どうしてルイがここに来るの?


 サラの職場はアパートの近くで、歩いて10分程の場所だった。今まではバスに乗って40分くらいはかかっていたので、引越しして楽になった。


 とは言え、行きたいと思う職場ではない。


行かなくていいなら行きたくない場所だった。

仕事の内容ではなく、人間関係がサラには窮屈で、

ずっと顔色を伺いながら気を使っていて本当にとても疲れるのだ。



 引越しをして一週間くらい経っただろうか、今日はいつもより仕事の量が多くて、同じ仕事をしているあと2人の機嫌が悪い。残業はしてはいけないので、どうしても終わらなければサービス残業になってしまうからだ。


 サラは黙々といつもより集中しているが、隣から文句を言う声で気が散る。


夕方になって就業時刻が近づいたがあと少し残っている。


2人がサラに言った。


「仕事好きみたいだから、あと任せるわ。よろしくね」


「…わかりました」


今回が初めてではない。たびたび残った仕事を最後までするのはサラだった。


2人が笑いながら出て行こうとした時、ドアが開いた。


「わっ!」


2人が驚いて声をあげた。


もっと驚いたのはサラだった。


ルイと純が入って来たのだ。


「サラ」

ルイがサラに手を振った。


出て行こうとしていた2人の顔が固まった。


「すいません。もうお仕事、終わりですね。僕はサラの友人です。いつもお世話になってます。外で待っていたら受付の方が入っていい、と通してくれたので来ました。お二人はお帰りですね。どうぞ、あ、僕らジャマですね。すみません」


ルイがニコニコしながら2人に言って、道を開けた。

純も急いで入った。


2人を追い出して、ルイがドアを丁寧に閉めた。


「どうして‥」


サラが言いかけたが、純がさえぎって話し始めた。


「ママがサラの様子を見てきてって、それとおばあちゃんにパン届けてって、それで来たけど早すぎてさ、そしたらおばあちゃんちでこの人が」


この人が、と言われて、ルイが自分を指さした。


「そうこの人がいて、サラの職場に行きたいって言い出してさ」


サラは純の顔を見て、ルイに視線を移した。


ルイはニコニコしている。


「そうなんだ。純君にちょっと無理をお願いしたけど、サラがどんなところで働いているのか見たかったんだよ。外で待っていようと思っていたんだけど、受付の人が通してくれてね」


「そうそう、オレも入ったのは、はじめてだよ」

純が周りをキョロキョロ見ながら言った。


「2人はサラを残して先に帰っちゃったね。えーと、仕事がまだ終わってないね。何か手伝えるかな」


「あ、ルイ、大丈夫です。あの」


「わかった。待ってるね。一緒に帰ろう」


サラはうなずいた。

どうすることもできないらしい。

とにかく急いで仕事を終わらせよう。


ルイが純に話しかけた。


「純君は背が高いだろ。バスケとか好きかな?」


ルイはサラの邪魔をしないように、ぜんぜん違う話を純と始めた。


「好きだよ、って言うか、バスケは学校のクラブでしてる。うちの学校、結構強いよ。全国大会に行ったこともあるし」


「それはすごいね、純君はバスケうまいんだね、そうか」


「何かあるんですか?」


「うん、僕も近くの青少年センターでバスケしてるんだけど、メンバーが足りなくて、大会とかあるけど出れなくてね、純君に入ってくれないかな、と思ったけど、僕らはうまくないから純君はきっと来ても楽しくないね」


「ふーん」


純はちょっと考えて言った。


「実はオレ、バスケ教えるのがむちゃくちゃうまいんですよ。全国行けたのはオレのおかげだったりすると思っているくらい。人に教えるって言うのが向いてるみたいで」


「へえ、そうなんだ。すごいね」


ルイがますますニコニコしながら言った。


「だから行きますよ、俺が教えていいんだったら」


「えっ、いいの。来てくれるの」


純がうなずいた。うなずく仕草がサラと同じだ。


「ありがとう、みんな喜ぶよ。じゃあ、練習は月金の夕方からで、来れる時だけでいいからね」


「月金、明日あるんですか?」


「うん、明日一緒に行こうか?」


「了解、夕方またおばあちゃんちに行けばいいですか」


「うん、待ってるよ。ところで、技術的な事で質問があるんだけどね‥」


それからしばらくサラにはわからないバスケの話が続いて、サラは仕事に集中できた。


20分ほどでサラの仕事が終わった。

こんなに短時間でできたのは今までで一番集中していたからだと思った。

パソコンを切ってカバンを持ち、飛び上がるように立ち上がった。


「おっ、終わりました。帰れます」


「おつかれさま、意外に早く終わったね。サラ、結構仕事できるね」


「いえ、あの、ありがとうございます。早く帰りましょう」


サラが足早に前を歩き、ルイと純が話しながらついて行った。


受付で綺麗なお姉さんたちがルイに声をかけた。


「もう帰るの?また来てね」


「ありがとうございました。助かりました。またよろしくお願いします」


ルイが手を振りながら答えた。

純が後ろ向きで歩きながらいつまでも手を振っている。


ルイがサラに追いついて声を掛けた。


「サラ、おばあちゃんが、今日、サラと純にご飯食べに来て欲しいって、ミートボール食べて、それから会ってないからって」


「オレ、いいよ」


純が先に返事をした。


「はい、ありがとうございます」


サラも気持ち良く返事をした。

職場から離れてホッとしていた。

本当はおばあちゃんに会いたい気持ちがあるけど、なんだかご馳走になるのは悪くて、行きにくい、と思っていた。気遅れして行けなかったので、誘ってくれて嬉しかった。


その時、ふと何か視線を感じてサラは目を上げて周りを見回した。


周りの女性がほとんどみんな3人を目で追っている。


サラはルイから離れて純の右側から近寄って話しかけた。

「ママに今度の日曜日はお店の手伝いに行くって伝えて」


「土曜日は来ないの?」

「疲れてるから土曜日は休みたい」


「さっきの様子じゃね。サラに押し付けて帰っただろ、あの2人。疲れるよな。オレだったらうまく立ち回れるけどサラはなあ。まあ、サラのそういう感じが嫌いじゃないけどね」


「うん、なんだか、ありがとう」


確かにサラはいい人すぎて周りが悪ければ利用される。

でも憎んだり悪口を言ったりはしない。

人はそれを「許す」と言うのだろうけど、サラは許す前の「憎む」と言う気持ちを持たない。

とても珍しい性格だと言えるだろう。


 サラは純と話しだして視線を感じなくなった。ルイが注目されているのだと思った。

確かにルイは何か輝くような人を惹きつける不思議な力がある。

普通の人ならそんなルイを羨ましいと思うだろうが、サラは「自分が普通で良かった」とルイを見てそう思う。

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