170話 魔都

 何度も進路を変えながら道中の魔物を避けつつ、ボボとボビは王都へ向かい疾走する。足の遅い魔物は置き去りに、食らいついてくる魔物は俺とアイレが魔法で蹴散らし進んだ。


 そしてついに王都目前まで迫った俺達の目に映ったのは、街の外壁に取り付く大量の魔物達、緋に染まった煙が立ち上る光景だった。探知魔法サーチは密集した大なり小なりの魔物が折り重なって魔力反応を示している。


「王都が…あんちゃん、内乱って話じゃなかったのか!?」


 目の前の光景が現実味を帯びないのか、ボブさんは明らかに恐怖と混乱が入り混じった様子で俺に問いかける。


「内乱は確かな情報です。ですが、今王都で何が起こっているのか俺にも分かりません」


 追い越してきた魔物が背後から迫り来ている。これ以上ボボとボビに進ませると囲まれる危険性を感じた俺は、ボブさんにここで別れる旨を伝えた。


 それに先程からコハクの様子がおかしい。何かを伝えようと必死に考えている様子だが、どうにもうまく言葉にできないでいるような感じだ。


 ゴォォォッ!


 立ち止まった俺達を見て襲い掛かって来た魔物を、アイレの風が吹き飛ばす。


「早くここを離れた方がいいわ。ボボ、ボビ! 頑張んなさい!」

『シャーシャーッ!』

『シャシャシャッ!』

「兄ちゃん達こんな地獄に何しに行くのか知らねぇが、ぜってー死ぬんじゃねぇぞ!」


「はい。ここまでありがとうございました。ボブさんもお気をつけて!」


 ゴツと拳を合わせて互いに死なぬと言い合い、ボボとボビはいななきながらその場で踵を返していった。


 周囲の警戒をアイレに任せ、とにかくコハクを何とかしなければならない。膝を折り、目線を合わせるとコハクは袖を掴んで小さく言葉を発した。


「うう」

「コハク。どうしたんだい?」

「るい いない」

「…どこかへ行ってしまったのか?」


 ここまで来て女王ルイの居場所が変わったのかと落胆したが、同時に多少の安堵も覚えてしまった。さすがにこの魔物の群れの中探すのは骨が折れる。行き先、方角を聞こうと言葉を繋ぐと、コハクは変わらず目の前の王都を指差した。


 しかしだからと言って王都にいるとは限らない。王都を越え、さらに南にいる可能性だってあるのだ。だが、もしそうだとしてもコハクの様子がおかしい理由が説明できない。


 そして少女の次の言葉で、全身に悪寒が走った。


「るい いる ちがう」


 コハクは女王ルイの魔力反応を視て方向を感じ取っている。これを元に最悪を想定した場合、少女の言葉は何も矛盾しない。


 女王ルイはいないが、いる。

 女王ルイはいるが、違う。


 つまり、魔力反応が従来のルイのものでは無くなっているという事であり、それが指し示すのは、女王ルイは既に―――


「わかった」


 結末はなんであろうと、ここでコハクの依頼を放置して逃げ帰る訳にはいかない。ビリリと気合の圧を発した俺の様子を見て、アイレが周囲の警戒を解いて駆け寄る。


「…覚悟はいいか」

「とっくに」


 言葉と表情から何かを察した彼女は、細剣レイピアをシュッと振り下ろした。


「ルイに会いに行こう」


 袖から手を放した少女は、コクリと頷いた。


「ご褒美はいつもの倍でいいか?」

《 それいいねっ 》


 ◇


 王都へ突入を図った俺達は、魔物が特に密集している出入口の門を避け、風魔法で王都の外壁に上る。そこで眼下に広がった光景は、まさに地獄絵図だった。


 悲鳴を上げながら逃げ惑う人々とそれを追い回す魔物達。逃げきれぬと悟った者が近くにある物を手に取り抵抗を試みるが、無残に殺されてゆく。


 火属性魔法を攻撃手段とする魔物の攻撃はそこかしこで火災を引き起こし、それにより発生した火災旋風がさらに家々を飲み込んでいる。


 巨体を有する魔物が歩く度に、街は破壊されていく。何かに引き寄せられるかのように、魔物達が我が物顔で続々と街の中央に向かって移動しているその光景は、俺には話に聞いた一つの現象しか思い浮かばなかった。


「これが魔物大行進スタンピードか」

「魔都…」


 アイレはゆっくりとフードを脱ぎながら、そのおぞましい光景をポツリと言葉にした。


 とにかく見ていても始まらない。コハクの指し示した方角、王都中央にそびえる王城へ向かって、外壁を飛び降り民家の屋根伝いに移動を開始した。


 広い王都にもかかわらず、家々はかなり密集して建てられている。リージュの街も同様だったが、火災とは非常に相性が悪いように思える。延焼が延焼を呼び、雪だるま式に被害が拡大していっている。


 密集している分屋根上の移動は楽だが、時折ローグバットやラヴァ、ジャイアントビーといった飛行群棲型の魔物が襲い掛かってくる。引き連れる訳にはいかないので、すれ違いざまに全て倒しながら走った。


 三人横並びで魔物を迎え撃ち、俺は舶刀で斬撃を、アイレは細剣で串刺しにしていく。ここで一番不幸なのは、コハクの進路を塞いだ魔物だ。彼女は今回は俺が頼む前に攻撃している。


 手心無しの拳は、命中と同時にパンと音を立てて魔力核ごと魔物を弾けさせ、断末魔も跡形もなく消え去っていく。魔物の血や体液は拳速が生み出す風圧で全て後方に飛んでいくので、素手にもかかわらず返り血も浴びていない。


(強化無しでこの威力…凄まじいな…)

(さっすがコハク。ラヴァやってくれて助かるわ~)


 感心する二人が邪魔な魔物を倒して再度前を向いた瞬間、足元を揺らす咆哮が響き渡る。


『バオォォォォン!!』


 魔物の咆哮でビクリと反応した俺達がその方向に視線をやると、巨大な二足歩行の魔物が暴れに暴れまくっていた。


「ア、アピオタウロス…あんなやつまで」


 駆けながら、アイレが驚きと動揺が入り混じった複雑な声を上げる。


「そこまで言うって事は、強いのか」

「少なくとも私じゃ足止めと牽制が精一杯。相性悪いのよね」


 なるほどなと納得する。彼女は力一辺倒で押してくる相手や、防御に特化した相手は苦手だと話していた。アピオタウロスは二足歩行だが、阿修羅のような極太の六本腕が辺りを破壊しつくしている。オーガに近い風体だが、大きさも、魔力反応も全く桁が違っている。


 異常な興奮と暴れっぷりは遠目でもはっきり見て取れる。放置しては後々面倒な事になると思った俺は夜桜に手をかけ、全身に強化魔法を巡らせた。


「やるの!?」

「何だか分からんが、興奮してる今が好機。背後から奇襲して一刀で首を落とせれば儲けものだ」

「一刀って…ははは」

「ここで待ってて―――!?」


 だが、一歩踏み出し、奇襲ルートと敵の位置を繋いだ目に映ったのは、アピオタウロスに纏わりつく数人の冒険者の姿だった。


「どうやらその必要はなさそうだな」

「?」


 おもむろに柄から手を放し、踵を返したジンを不思議に思いながらアイレが再度アピオタウロスに目をやると、六本あった腕の一本が切り離されて宙を舞い、それとほぼ同時にバランスを崩した巨体はズンと地面に傾いた。


「あっ、戦ってる!? だからあんなに暴れてたのね」

「今、腕と脚を同時にやったな。あれとやり合える冒険者がここに来てる。なんと頼もしい事か」

「て とれた」

『うぉん(たしかにあれは人間だね)』


 魔物が巨体過ぎて視覚強化前は戦う冒険者の姿は見えなかったが、この広い王都にあって騎士団以外の戦力が残っているというのはわずかな希望だろう。


 アピオタウロスは彼らに任せ、俺達は再度王城に向かって駆けた。


 街の景色が変わり始め、石造りの見事な広い屋敷が立ち並ぶエリアが目の前に現れ、同時にそのエリアを囲むように造られた壁に差し掛かった。王都に入って初めて目にした王国騎士団と魔物が、門を隔てて激しい戦闘を繰り広げている。


 まるで人気店に並ぶ行列のような光景。騎士団は魔物を次々と倒して行ってはいるが、大通りに居並ぶ魔物の数を見る限り、突破されるのも時間の問題だろう。


 建物の様子からここは貴族街。慌ただしく動き回る召使いや執事の格好をした者がいるが、壁の外に比べると静かなもの。未だ火の手も上がっていないので、別世界と感じられるほどだ。


 貴族街に侵入した後は大通りではなく路地を走っている。大通りは騎士の格好をした者が王城と門の間を忙しなく行きかっていたので避ける事にした。


「城壁が見えてきた」


 当然王城へと至る門には門番がいるので、タタンと城を囲む城壁に上った。


「っ!? これが魔物大行進スタンピードの原因か!」


 途端に感じる高濃度の魔素。ダンジョンを満たす原素ではなく、大気中に存在する魔素と同じものだが、これまで感じた事の無い魔素濃度に顔をしかめた。


《 ここは空気がいいね。良すぎるくらいだよ 》


 マーナも魔素の濃さに少し驚いた様子で、ぴょんぴょんと飛び回っている。


「お城が魔素だまりになってるなんて…一体どういう事なの?」

「………」


 亜人は魔力反応を感じる事は出来ないが、魔素の濃度に対しては敏感らしい。アイレは俺と同様にその濃度に嫌な顔をしながら腕で鼻と口を塞いでいる。魔素に匂いや毒性は無いのだが、その仕草をしたくなる気持ちは分かる。


 城壁の中に大挙して兵が待機している可能性も考慮していたのだが、人の魔力反応は感じられない。魔物を止めるべく貴族街の門へ皆出払っているのだろう。


 さらに今俺達がいる城の北側には入口という入口が見当たらない。城の形状を鑑みると東側が正門である事が伺えたので、城壁を東に移動。見えてきたのは開きっぱなしの王城の扉と、少し離れた場所にそびえ立つ塔だった。


「あれが魔導塔で間違いないな」

「あの塔だけおかしくない?」


 アイレの違和感はもっともだ。貴族街に立ち並ぶ屋敷や目の前の城は、石や土を土台とした上で所々に木材や金属が使われ、白や灰といった素材の色で統一されている。だが、あの塔だけ全体的に金属質が感じられ、燃え盛る街を色濃く反射していた。


 見た目でその堅牢さが伺える。窓らしい窓も無く、余程の機密を抱えるのだろうと容易に推測できた。当初あの魔導塔に女王は囚われていると予想していたが、コハクの指し示す方向は変わらず城だった。


「塔も気になるが、今はこっちだ」

「そうね」

「………」

『ぉん(とつげきー!)』


 城の正門は信じられない程の警備の薄さ。開いた扉の両端に槍を持った兵が立っているだけで、他の魔力反応は感じられない。


 目配せし、俺とアイレで同時に門兵を静かに排除。


 俺達はとうとう王城内に侵入した。


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