130話 ラプラタ川の戦いⅡ

「こ、これがAランク冒険者の本気の戦い…」

「凄すぎる…」

「見てるしか出来ないとは…」


 帝国の兵達は、目の前で繰り広げられている九体の魔人と冒険者達の戦いを固唾を飲んで見守っている。最早何が起こっているか分からない、というのが正直な感想だろう。


 まず激しさが増しているのが三人の冒険者パーティーのリーダーに獣人ジャックを加えた四人と、静寂の狩人サイレントハンター四人との戦いである。


 鉄の大牙アイゼンタスクのリーダーであるアッガスに対するは、静寂の狩人サイレントハンターの特攻役で斧術士ハルマーの魔人ゴドルフ。ゴドルフは三日月斧バルディッシュという他のポールウェポンと比べると柄が短く刃が極端に大きい斧を武器とし、それを片手で、しかも短剣を振るうがごとくスピードで振り回すという凶悪さである。


 大剣クレイモアを武器とするアッガスは、始めこそ似たようなバトルスタイルのゴドルフと互角の剣戟を繰り広げていたが、徐々に相手の手数の多さに押されつつあった。アッガスの動きを徐々に把握し始めたゴドルフは、力もスピードも自身が勝っている事を悟って奇策の類は用いずに、真正面からアッガスを打ち砕こうとしている。


 特攻役のゴドルフをアッガスが引き付けているのに対し、他の三名はそれぞれ連携して戦っている。静寂の狩人サイレントハンターのリーダーで魔導師マギアの魔人ソルムと、その弟で盾術士スクードの魔人ドルム、そこに弓術士アルクスの魔人エンリケが加わり、喚水の冠帯アクルトクラウンのフロール、破砕の拳クラッシャーのウォーレス、さいの獣人ジャックの三人が必死の攻防を続けていた。


 魔人ソルムの火魔法は非常に強力である。ラクリの日、獣人ベスティア達と味方であるはずの魔人兵を広域爆炎魔法ジオ・フラムで大勢焼き尽くした事をジャックから聞いていたフロールは、ソルムの魔法を最大限警戒し、川の傍という地の利を生かして、火に相性の良い水魔法を駆使してことごとくソルムの強力な魔法を封じる事に成功していた。


 だが、まるで魔力の底を見せない強力な魔法を放ち続けるソルムに、フロールは開幕の早い段階から焦りを覚え始めていた。


(こいつっ! こんだけ防がれてるのお構い無しに上位魔法連発して来る! 早く邪魔な盾術士スクード何とかしてソルムこいつに攻撃しないと、いつまでも防げるもんじゃないっ!)


 ソルムの狙いは明らかで、フロールの魔力が底をつくのを待っているのである。間断なく放たれる火魔法を相殺し続けるには、それ相応の魔力が必要となる。いかにフロールの天才性をもってしても、魔人の持つ魔力量という地力の差は埋めがたい。


 それにフロールが気合一発、反転攻勢に出て魔法を当てられたとしても魔人は回復してしまう。一撃で致命となる攻撃を当てなければ倒せない事は分かっているので、中途半端な攻撃は逆に魔力の無駄遣いに終わる可能性が高いのである。


 そこで攻撃役のウォーレスとジャックの出番となる訳である。二人がソルムを止めない限り、フロールはジリ貧のまま追い詰められていく。


 ソルムの危険性を分かっているウォーレスとジャックも何とかソルムに攻撃を加えようとするが、ソルムの弟である盾術士スクードドルムに全ての攻撃を防がれていた。ドルムは大盾を全面に押し出し、まるで高所から俯瞰しているかのような動きを見せているのだ。


 ドルムの盾はその魔力量にモノを言わせて極限まで強化され、どんな攻撃も防ぎ切っていた。さらには張り巡らす無属性魔法の網により相手の位置を把握、加えて強力な一撃を繰り出そうとする相手にはシールドバッシュで暇を与えないという、盾術士スクードの完成形とも思える技術を持っていた。


 ソルムとドルムはさすが兄弟というべきか、ソルムは魔法を放ちつつも自身が位置を取る事で、ドルムはソルムの動きをさほど気にする事なく、相手の攻撃を防ぐ事に専念できるという見事な連携を発揮していた。


 ウォーレスとジャックの二人掛かりでも攻略の糸口が見えない上に、弓術士アルクスのエンリケは不可視の矢を次々と放ち、ウォーレスとジャックを苛立いらだたせている。特に魔力探知を使えないジャックは不可視の矢を躱す事ができない。常に雷をまとって矢を相殺するのが精一杯だった。つまり、矢が当たる度にジャックの纏雷てんらいは徐々に剝がされているのである。


 ジャックはラクリの日にエンリケの雨のような不可視の矢の攻撃を受けていたので、彼の危険性は知っていた。だからこそ開幕早々に排除しようと襲い掛かったが、エンリケは迎え撃つことなくあっさりと逃げてしまったのである。


 これはエンリケの戦闘スタイルであり、敵に近づかれると粘らず離れ、あわよくばおびき寄せようとし、距離が取れれば矢を放つという支援職である弓術士アルクスらしい戦い方で味方をサポートしていた。


 矢だけでなく逃げ足まで鋭いエンリケだが、その放つ矢自体はさほどの脅威ではない。そう判断したジャックは矢を受けながらも、ウォーレスと共にドルムの攻略に専念する事にしたのだ。


 もう一方のウォーレスはというと、一向に矢は当たらない。矢を躱す事が出来るというのもあるが、一流の武闘士ファイターであるウォーレスの動きにエンリケが対応出来ないと言うのが大きい。ウォーレスは、来ると分かっている矢の射線上に留まるという未熟な使い手では無いのだ。そもそも、四肢を存分に駆使して戦う武闘士ファイターは、動きが読みづらいという前提もある。


 互いの四人の誰かが欠けると一気に形勢が決まるかも知れないという、薄氷の攻防が始まって既に十数分。ここで先に動いたのが、静寂の狩人サイレントハンターのリーダーであるソルムだった。


 自慢の火魔法をことごとく防がれている事に、密かにプライドが揺さぶられたのかもしれない。自分こそが最強の魔法師である事を証明するかのように、自身の持つ最上級の魔法を放つ構えを見せる。


「ふむ…見事な水魔法ですね。なら―――」


 ソルムは突如攻撃の手を止め、空に手をかざして小さな黒い球を作り出す。すると黒球を中心に凄まじい速度で炎が収束し、巨大な火球を形成し始めた。


「ちょ、ちょっと待ってよ…その魔法はアナスタシアババア…の…っ!」


 フロールが焦りと困惑が入り混じった悲鳴にも近い声を上げ、仲間に最大限の警告を発した。


「みんな離れてっ! とんでもない爆発が起こる!」


 警告を聞いたアッガスは大剣クレイモアを強引に振り抜き、張り付いていたゴドルフを遠ざけて距離を取り、ウォーレスとジャックも攻撃の手を止めフロールの近くまで飛びのいた。


 警告と同時に自身を守る為に周囲に浮かせていた水球を解除、両手を天にかざすとラプラタ川の水がうねりを上げ浮かび上がり、フロールの腕の動きに合わせて巨大な水の螺旋を形成した。



 ズズズッ ――――ゴォォォォォッ!!



「――――極大火球魔法エクリプス・スフィア

「――――大河よ此処へメルベールロクス!」



 バシュン!



 極大火球の襲来を水の螺旋が受け止め、その接触部分の水は瞬く間に蒸発してゆく。蒸発しても次々に螺旋を生み出す水と極大火球の衝突のエネルギーは凄まじく、離れて戦いを見守っていた帝国全兵が防御態勢を取ったほどだった。


「………」

「はぁぁぁぁっ!」


 ぶつかり続ける火と水。そして火球が水の螺旋に包まれた瞬間起ったのは、周囲を飲み込む巨大水蒸気爆発だった。



 ドゴォォォォォォン!!



 ◇


「あっちはムチャクチャねぇ。ソルムと魔法でやり合うなんて大したもんじゃない」


 魔人ニーナは大爆発が起こった方向に目を向けてほくそ笑みながら言う。彼女の目の前では敵司令官で魔人のベルダインとコーデリアが激しい剣戟を繰り広げている。


 ベルダインは開戦当初、王国騎士団四番隊長と五番隊長、加えて元冒険者の魔人の四人で連携し戦っていた。対するは鉄の大牙、喚水の冠帯、破砕の拳の残りのメンバー九人である。


 四対九という数的不利ながらも、四人の魔人はそれぞれがニーナクラスの強さを持っており、九人の冒険者達は次々と倒れ、残す所あと四名となった段階でベルダインは治癒術師ヒーラーに襲い掛かりこれを排除。ベルダインは勝利を確信し、より強い者と戦うべくニーナの獲物であるコーデリアに襲い掛かったのだ。


 ニーナも当初はベルダインの介入に大いに怒ったが、彼女の目的はコーデリアに勝つ事では無く殺す事。一応上官という事もあり、最後は自分にやらせるという条件付きでしぶしぶ了承した。


 因みにこの二人に連携して戦うという概念は無い。


「どうした! 帝国の軍神よ! その程度か!」


(猪突でも、これほど突き詰めれば厄介なものですね…)


 コーデリアは、ニーナと入れ替わりで襲い掛かってきたベルダインの剣を受けながら舌を巻いていた。スピードとパワーに任せた騎士特有のを駆使して戦うベルダインは、本来コーデリアにとって脅威たり得ない。


 だが魔人の魔力量と持久力は人間たるコーデリアは到底及ばず、ニーナと違い一撃が非常に重い。甘い体勢で敵の攻撃を受けようものなら、その一撃で戦闘不能に陥ってもおかしくは無い威力だった。


 ビュン――――ドゴァ!


 ベルダインの縦一閃をギリギリ躱すと、勢い余った剣は地面に衝突。地面は音を立てて大きく割れた。普通の剣なら突き刺さるというものだが、剣が纏う強化魔法は衝撃をも生み出すほどになっている。


(それにしてもこの男…力を使いこなせていませんね。魔人となってさほど時が経っていないか、魔人としての戦闘経験が乏しいのでしょうか。ニーナあの娘のほうが余程脅威です)


 ベルダインの後ろにはニーナが今か今かと待ち構えている状況にあって、コーデリアは力の配分を考えていた。運よくベルダインとニーナは連携して来ないので、どちらか一方を排除するチャンスである。ベルダインがいきなり最前線に出て来たという事は、司令官とは言いつつも形だけの物だろうとコーデリアは予想していた。この男を倒しても向こう岸の二万の大軍が退く事は無い。


 より大きな脅威であるニーナを止めるべくベルダインをあしらい続けるか、ベルダインを全力をもって叩き、後のニーナとの勝負は賭けに出るかの二択を考えていたが、コーデリアはここで決断する。


(とにかく司令官である事に違いは無い。ニーナあの娘よりこの男の首の方が重い。ここで全力で叩きます!)


「はっ!」


 シュパパパパパッ!


「ぬっ!?」


 防戦一方だと思っていたコーデリアの突然の反撃にベルダインは焦りの色を見せる。王国騎士団にも細剣レイピア使いはいる。だが、ベルダインの目の前に居る相手は全く次元が違ったのだ。剣速はもちろん体捌きから強化魔法に至るまで、到底自分の知りうる人間のレベルでは無かったのだ。


 だが細剣の刺突という性質上、数発当たった程度の傷は魔人の身体は瞬く間に修復される。その事を前提として突貫して来るニーナと違い、ベルダインは攻撃を受けてしまう事自体に慣れていない。魔人になったばかりで、魔人としての本格的な戦闘はこれが初めてだったベルダインは大いに慌てた。


「ぐ、くそっ! 手を抜いていたのか!」


 ブォン!


 苦し紛れに放った斬撃もコーデリアにはあっさりと躱され、この事がベルダインの思考を停止させた。相手は自分の攻撃を恐れているからこそ、剣で受けずに躱しているのだ。一撃をまともに当てさえすれば勝負は付くのだと。


 それが魔人の強さだと考えるベルダインの剣は、その後もコーデリアに届くことは無かった。


 ドシュッ!


「ぐあっ!」


 鎧の隙間を巧みにすり抜ける一撃でベルダインは防御姿勢を崩す。これを見たコーデリアは即座に背後に回り、強化された魔人の鎧をも貫く無数の刺突を浴びせた。



「――――流星刺突ミーティアストライク



 ドドドドドドドド!



「ぶごォォォ――――!」


 鎧は弾け、ベルダインの身体に容赦の無い刺突が浴びせ続けられる。到底回復は間に合わない。


 ようやくコーデリアの流星の如き固有技スキルが止んだ後には、ベルダインの原形は留められていなかった。


「はあっ、はあっ…」


 正に勝負あり。


 肩で息をするコーデリアの前にボロボロのベルダインが斃れている。ピクリとも動かない相手を見下ろしていると、魔人ニーナがゆっくりと斃れるベルダインの側に寄る。


「魔人は死ねば消えるのでは?」


 コーデリアがニーナに話しかける。


「そうだよー? でもベルダインこいつは今のところ五分五分ってところ」


 ドガッ


 そう言ってニーナはまるでゴミを払うようにベルダインを遠くへ蹴飛ばした。


「ベルダインもそこまで弱くは無いはずなんだけどなぁ…相手が悪かったわねぇ。あんなでも一応ジオルディーネ軍ウチらの頭だしさ。トドメは差させてあげない。アンタの全力は見せてもらったわ。コーデリア・レイムヘイト、次はアタシの番よ」


「………」


 コーデリアは無言で魔人ニーナに向き直る。はっきり言って勝ち目がない。止めの固有技スキルで多くの魔力を消費したコーデリアに対し、ニーナは未だ万全の状態である。


「やーっと殺せるわぁ♪」


 ニーナはわらいながら短剣を構えた。


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