115話 作戦会議Ⅱ
ワジルの呼び出しを受けて馬鹿デカい声で入室して来たのは、いかにも職人と言った感じの
「あいや、えれー人ばっかじゃねか! ご苦労さんでさぁ皆さん! で、
声の主は、忙しいから早く要件を言えとばかりにワジルを急かす。
「声がでけぇ! ここは
「いやぁ、すまねぇすまねぇ。で、なんでオラぁ呼ばれたんでさぁ?」
全然ついていけない騎士団の面々は呆気にとられ、フロールは笑いを隠そうと必死に口を押えていた。
「お主、この川に橋を
地図を指差し、ワジルがダイクに尋ねる。
「ん? おぉ…架けた、な。しかし大分前ですぜ? どんな橋だったか」
「ふむ。まぁいい。またここに架けるとして、長さ二百メートル深さ八メートル。お主の組総出でやればどれくらいでできる」
「はぁ…そんなもん、規模によるでしょーよ」
チラリとカーライルに目線をやるワジル。
カーライルはハッとしながら答えた。
「騎馬が二頭、安全に平行して駆けられれば結構。柵や装飾は一切不要です」
「何年持たせるんですかい?」
「まさか。かなり余裕をもって一月あれば十分です」
「それなら三十分ですな」
全員沈黙。
「…今、なんと?」
「あいやすまねぇ! 間違えた!」
「で、でしょうな…」
カーライル含め、全員が白昼夢でも見たかのように溜息をつくが、次は息を止められる羽目になる。
「馬鹿たれ! 総出と言うとろうが!」
「だからすまねぇって言ったんでしょうに! 総出だと手が余っちまうよ!」
――――ん?
「えれー方、すまねぇ。しかし二百って言やぁ、橋にしちゃまぁまぁ長げぇでさ。やっぱ三十分以下は無理でさぁ…総出でも三十分、しかも同時に五、六本は出来ちまう。そんなにいらねぇでしょう…」
ここで、耐え切れずにフロールが大笑いする。
「あーはっはっは! もう無理、痛いよ、おなか痛いよっ! 大工のダイクさん、さいっこう!」
「フ、フロール…失礼ですよ…」
ここまで静かにしていたコーデリアも、必死に笑いを堪え顔を伏せている。
「だって、コーデリアさんっ! あり得な過ぎるでしょう!? あーはっはっは!」
「ええ…まぁ…ダイク様にご助力をお願いしましょう、カーライル団長。ああ、今はカーライル卿でしたか」
コーデリアとカーライルは、所属した騎士団こそ違うが、マイルズと帝都が距離的にも近い事もあり、合同訓練や遠征先も同じ事が多かったため、お互いをよく知る間柄である。
なぜ女性陣だけが笑い、男性陣が溜息をついているか分からないダイクだが、取り合えず仕事が降ってきそうな雰囲気は掴んだらしい。『何だか分からんがまかせろ!』と言って腕をまくっている。
笑いが止まらないコーデリアは、さっさと次に進めたかった。
「ふぅ…コーデリア。相変わらずだな、お前さんは」
「さて、何のことでしょうか?」
「本営が懸命に考えた策が、一瞬にして次点に落ちたんだ。はっきり言えばいいものを」
「まぁ。そんな事思っておりませんよ?」
「もういい…ラングリッツを思い出させよって…」
ラングリッツとは、コーデリアが軍神と呼ばれるきっかけとなった、リーゼリア王国との戦いの場、ラングリッツ平原の事である。
当時マイルズ騎士団一番隊長の任に就いていたコーデリアの働きで、リーゼリア王国から無期限の休戦協定を申し出させた。それまで毎年のように戦争をしていた事からも伺えるが、その成果は奇跡に近いものだった。『軍神』や『戦乙女』、『戦争を終わらせた者』などと当時はいろいろ言われたが、今となっては『軍神』の異名が定着している。
その後、
「では、挟撃隊は五日後、本隊は六日後に出陣とする。質問は?」
一同沈黙
「では健闘を祈る。帝国に勝利を!」
――――帝国に勝利を!
カーライルと騎士団員の
皆が席を立ったその時、バタンと会議室の扉が開いた。
入って来たのはガーランド冒険者ギルドの職員だった。
「し、失礼します。取り急ぎ、ドッキア冒険者ギルドからの報告をお伝えしたく…」
肩で息をするギルド職員は、同じく会議室にいた同僚の職員に促されて水を飲み、報告に入った。
「エーデルタクトのリュディアが、ドッキアからの冒険者により解放されました!
「ほぅ! 素晴らしい! リュディアと言えば敵の本営があった場所ではないか!
「はっ!」
カーライルの指示が飛んだあと、職員は更なる朗報をもたらす。
「次いでご報告します。エーデルタクトにてその冒険者は
「なっ!? アイレ姫は生きておられると!?」
まず取り乱したのは獣人ジャック。彼は
ジャックの確認に、笑顔でコクリと頷いたギルド職員。その『確かです』の言葉にジャックは思わず涙した。
「よかったっ! 本当によかったっ! これでルイ様がお戻りになれば、ミトレスは復活できる!」
ジャックが喜ぶその姿は、その場にいた全員の胸を打った。
最も被害を受け、今も受け続けている獣王国の住人にもたらされた希望は、皆にも力を与えた。
ここで、アッガスがジャックに問うた。
「姫は女王と同等の力をお持ちなのか?」
「…いや、俺よりはお強いとは思うが、戦いと言う面で見ればルイ様はもちろん、先の大戦で散った
「なるほどな。確かにミトレス全体にとって必要な方の様だ。しかし、そうなると」
「魔人を三体も葬ったパーティー。どこのどいつだ」
アッガスが知りたかったことを、ウォーレスが言葉をつなぎ、二人してギルド職員を睨みつけた。
睨まれた二人の職員は恐縮しながら、なにやらコソコソと相談を始める。
フロールは血の気の多いアッガスとウォーレスを呆れながら
「職員さん困ってんじゃん! 誰がやったとかどうでもいいでしょ!
「フロール。確かにお前にとってはどうでもいいかもしれないが、魔人を三体だぞ? ジャックには悪いが…」
「構わない。私もその強者が気になる。アイレ姫の助力があったとしても、間違いなく強い」
「俺達がウギョウ一人を倒すのにどれだけ苦労したか忘れたか。同じ冒険者として、興味を持つなと言う方が無理だ」
「職員。パーティーネームは?」
「はぁ…脳筋ども」
この三人と職員のやり取りに、軍総司令と騎士団員が興味が無いはずが無い。所詮は彼らも切った張ったの世界に生きる身である。部屋を出ずに雑談をしながらも、聞き耳を立てている。
国の人間として、あくまで中立の立場である冒険者ギルドに踏み込むのはご法度。ましてや彼らは上の立場の人間である。興味本位でいろいろ聞くことは到底できない。
「申し訳ありません。その冒険者はアジェンテであり、規則により名はおろか、あらゆる情報をお伝えできません」
――――!?
騎士団にも大いに関係がある単語に、その場の全員が驚き、さらに単独である事が衝撃に変わった。
「
「アジェンテ…」
「詰んだわねぇ。いい気味よ♪」
アッガスとウォーレスは単独で三体も魔人を倒した者がいるという事に驚き、アジェンテでは知るはずも、さらに今後も知ることが出来ない事に落胆する。フロールは脳筋二人が落胆している事に満足した。
だがここで、繋がった者がいる。ドッキア騎士団長のローベルトである。
(アジェンテ…
「帝都の
パリンッ!
ローベルトの一声で、カップが一つ割れる。
「コ、コーデリアさん…? あの、大丈夫ですか?」
「手が滑り、ました…ふふっ、ふふふ…ああ、私はこれで失礼しますね…ふふふっ…」
フロールの心配の声に何とか応じたコーデリアだが、落としたカップを拾うことなく、ゆらりと立ち上がり、首をもたげながら部屋から出ていこうとする。
何かに憑りつかれたかの様子に皆が戸惑った。
部屋のドア近くにいたスウィンズウェル騎士団長のアスケリノ。さすがに様子のおかしい領主夫人を、このまま放っておくことは出来ない。
「お、奥様。お気を確かに―――げっ!?」
コーデリアの伏せった横顔を見たアスケリノは、思わず悲鳴を上げた。
(このお顔はスルト村に行く前日のお屋敷での奥様!? お立場的に感情を出せない時に、異常な喜びと平常心が同居した、狂気の表情! いけません、これを皆に知られては、奥様が義理の息子狂いの変態だと思われてしまう!)
「あー! ゴホンっ! どうやらお嬢様のご様子をお気にされているようで、たまーに! こうして
アスケリノに促され、そそくさと部屋から出ていく二人に、残された者たちはポカンとしている。
フロールはハッと我に返り、むさ苦しい男だらけの空間にいるより、既に憧れの域に達しているコーデリアの後を追った。
ジンの両親であるロンとジェシカは、ジンがアジェンテになっている事はジンの手紙から知っていたが、コーデリアを始め誰にも教えていなかった。元上級冒険者である二人はアジェンテがどういうものなのかを知っていたからだ。
だが、コーデリアはスルト村でアルバニア冒険者ギルドマスターからの感状をジェシカから見せてもらい、ジンが帝都の
ローベルトの一言で、自身が引き分けた魔人を三体も倒したのがジンである事、そして同じ戦争をしている事を知った彼女は、内心喜びを爆発させた。だが、その場で大喜びすることは出来ない。喜べば、必ず自分の口からジン・リカルドの名が飛び出す。
興奮を必死で堪えた結果が、コーデリアをゾンビに変えた。
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