113話 ホワイトリムへ
エーデルタクトからホワイトリムへ向かうには、ドルムンドもしくはラクリを抜ける必要がある。北に向かって途中北西に折れるルートがドルムンド経由。北西に向かって北に進路を変えるのがラクリ経由といった具合だ。地図を見る限り、距離的には両方さほどの違いは無い。
だがどちらのルートも、ラクリの首都イシスとドルムンドを結ぶ直線上を横切る事になる。ドッキア冒険者ギルドマスターのクリスさんからの手紙の情報では、イシスはジオルディーネ軍の本営が設置されている場所である。つまり、前線と本営を結ぶルートを横切るという事だ。
俺はホワイトリムまでの道すがら、敵の
ドルムンドは敵が結集している可能性が高いと踏んでいるアイレの言葉を受け、ラクリルートを選んだ俺達はオラルグ渓谷を出て二日経つ。北西へ進むにつれ寒さが一層増し、うっすらと雪がちらつき始める。
「本当に今更だが、どう見ても薄着に見える。そんな恰好で君は寒く無いのか」
俺は保温性、断熱性の高い、エルナト鉱糸で編まれた外套を羽織り、その
小麦色のスカパンに、同じく小麦色のラインの入った白のノースリーブジャケットという出で立ち。膝まであるブーツの防寒性能は高いが、指先の出た手袋にアームカバーといった装備は、肩から二の腕は素肌という始末だ。申し訳程度に背中から腰に垂れるマントが風になびき、余計に寒さを想起させる。
左脚に固定されている赤く小さなレッグバッグには、ドラゴニアですれ違った母ヴェリーンさんの一団から譲ってもらったという
「これが私の旅装なのっ。動きやすさ重視だけど、まぁまぁかっこいいでしょ?」
その場でシュッと二回転し、右足でタンッと地を鳴らして静止する。遅れてマントがなびき、腰に携えた
女性が服を見せる時に、フワッと一回転する仕草はスルト村ではアリアがよくやっていた。旅に出た後は特に帝都でよく見かけたが、そのあまりのスピードとキレの差に、つい笑って本音が漏れてしまった。
「悔しいが一枚の絵の様に見えた」
「余計な一言が入ってるけど。まぁあんたにしては気の利いた感想ね」
「そりゃどうも」
……はて、何の話をしてたっけか。
下らないやり取りを終え、サクサク歩みを進める。
しばらく歩くと、森の街道(とは言っても獣道に毛が生えたようなものだが)が切れ、広い草原に出た。前世と違い、寒い気候にも
「ジン! これ見て!」
突如、少し先を行くアイレがしゃがんで俺を呼ぶ。
何事かと駆けて肩を並べると、東西に長く草木が踏みしだかれた跡がある。どう見ても行軍の跡だ。
「馬の
「雪が積もってなくて助かったわね。でもこれ…」
「ああ、進む方向が逆だ」
ジオルディーネ軍がドルムンドに向かった行軍跡なら、西から東へ向かっていなけばならないが、この足跡は東から西へ向かっている。
三週間程前、リュディアで受け取ったクリスさんの手紙には、『近日中にドルムンドにて大規模衝突の懸念』とあった。それが実際に起こり、決着が着いたという事なのか。
「最悪なのは、ドルムンドは籠城戦の
「な、なるほど…」
「次点としてジオルディーネ軍の退却跡というのもあるが、何にせよ、まだドルムンドは落ちていない可能性が高い」
「そうよね…まさか
「だが、今どうなっているか分からないし、予断は許さない。マーナが戻れば、その辺りも明らかになるだろう」
オラルグ渓谷を出てラクリに入ると同時に、マーナとはクリスさん宛ての手紙を託して分かれていた。
エーデルタクトの駐屯軍を散らした事、最初に倒したベルドゥという魔人の名、加えてさらに二体の魔人を倒した事や、
最初、アイレの事がつまらぬ所に漏れては厄介な事になると思い報告は伏せようとした。
だが、マーナが敵の手に落ち手紙を奪われるなどあり得ないし、あのクリスさんが下手を打つとは考えづらい。アイレの許可を得て、次の目的地には
地図では目的地であるホワイトリムはここからそう遠くは無い。
「行こう」
「ええ」
◇ ◇ ◇ ◇
ドルムンドの防衛に成功してから一週間。
勝利の余韻も薄れつつある街の砦の一角に、騎士団長以下隊長格、
この一週間で、軍の再編や怪我人の治療、ミトレス連邦各方面の状況とピレウス王国、エリス大公領の二つの南部戦線の情報を共有し、今日、その報告も兼ねて今後の方針を決める事になっていた。
だが、中央軍長を務めた騎士が欠けていた。フリュクレフ騎士団長のフィオレである。
フィオレは魔人ニーナの凶刃により斃れ、懸命な治療の甲斐虚しく帰らぬ人となっていた。他の戦死者も含めた追悼式では、フリュクレフ騎士団員は大いに嘆き悲しみ、一時はその士気が心配されて騎士団の帰郷も視野に入った。
しかし騎士団員の総意により、一番隊長のオスヴィンが臨時の団長に押され、引き続き戦線に残ることが決定。そのオスヴィンもこの会合の席にある。
そして、会を束ねる老人が立ち上がり、口を開いた。
先代アルバニア騎士団長であり、現アルバート帝国軍務大臣、カーライル・コミンドンである。
「皇帝ウィンザルフ・ディオス・アルバート陛下の名代として、そのお言葉をここに宣言する」
コーデリアを含め騎士団員は全員が立ち上がり、傾聴する。
「『ドルムンドの防衛、大儀であった。以降の奮戦も期待する』」
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一言一句違わぬ全員の声が室内にこだまし、カーライルの着席の後、皆席に着いた。
「さて、皆儀礼はここまでだ。すまないな、ワジル殿、ジャック殿、アッガス殿、ウォーレス殿、フロール殿」
直接関係の無い五人の名をそれぞれ呼び、カーライルは謝意を伝える。
「なんの。陛下には感謝してもしきれんわぃ」
「ワジル殿と同じです。陛下に感謝いたします」
「必要な事です」
「問題ありません」
「こっちまで緊張しちゃったわ」
その後多少の雑談を挟み、茶が運ばれてくると同時に各種報告が始まった。
最初は回復部隊長ブレイアムより、死者514名、負傷者3680名と今回の被害報告が行われ、全負傷者は既に復帰が可能である事が伝えられた。事前に一割から二割に相当する兵の損耗が予測されていたことから、その三分の一にも満たない死者数を見てもこの度の防衛戦は大勝利と言えるだろう。
「例の魔人兵を相手に、驚異的な戦果だな」
カーライルは大臣とは言え、元騎士団長である。当然戦には精通しているので、事前情報から戦の概要、戦果の大きさがどれほどのものなのかを即座に読み取ることができる。このカーライルの言葉にブレイアムは続けた。
「はっ。死者のほとんどは、魔人兵を相手にした右翼軍所属の者達です。
「………」
右翼軍長だったローベルトは沈黙で返す。相手が誰であろうが、最大の被害を自軍から出したのだ。たとえ最大戦功だろうが、誇るような事は絶対にしない。これはローベルトだからではなく、誰であろうと帝国騎士なら同じ反応を示す、言わば礼儀作法のようなものなのだ。
ブレイアムも当然その事は分かっていて、ローベルトの沈黙は当然と見なしている。『以上です』と一言いい、静かに席に着いた。
次にローベルトが魔人兵の詳細を交えて、右翼戦の総括を行い、その次に左翼軍長のアスケリノが、左翼戦とその後の魔人兵との交戦を含めた追撃戦を総括する。
最後に司令官のヒューブレストが、戦の全体総括を行い戦局解読は終了となる。互いに一万を超える軍同士の衝突だったが、わずか一日で終わった戦である。戦局解読が早々に終わった事が、すぐ背後に
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