108話 ドルムンド防衛XV 魔人兵 対 軍神の娘Ⅲ

「どわーっ! なんで中にバケモンがいるんだ!」

「知るかっ! お、おい! あれ、戦ってんの嬢ちゃん先生じゃないか!?」


 前線から怪我人を担いで戻ってきた地人ドワーフの若者二人が、門の中で繰り広げられているアリアと魔人兵の戦いを目の当たりにする。


「す、すげぇ…バケモンの攻撃を全部避けてる!」

「確かにすげぇが、これじゃ中に入れねぇぞ!」


 すると、担架でぐったりしていた怪我人が二人の戦いを見て起き上がった。


「だめだ…あの娘が危ない」


「おい、動くなって! あんた全身イカれてんだよ!」

「大丈夫だ、見て見ろ。バケモンの攻撃はてんで当たってねぇよ!」


 怪我人は担架から降り立ち上がろうとするが、折れた骨が身体を支えられず膝を突いた。そしてかすれる声で警告する。


「今の状況は長くは持ちません…早く俺を動けるように…でなければっ」



 ―!――!!―――っ!!



 怪我人の予見通り、あまりに肉薄して来るアリアに魔人兵は剣での攻撃を諦め、素手の攻撃に変わっていた。徐々にアリアは魔人兵の両拳の攻撃に反応出来なくなりつつある。


 ブォンブォンと拳の風を切る音がその威力を物語っている。当たれば無事では済まない。


 目の前の死闘を息を呑んで見守る事しかできない怪我人と地人ドワーフ達。


 次の瞬間、


 バキッ!


「ぐうっ!!」


 魔人兵の横殴りを避け切れずに、足の裏で攻撃を受けとめたアリアは大きく吹き飛ばされ、地面を転げまわった。


 アリアのうめき声が地人ドワーフ達に届く。


 魔人兵はアリアとの距離が開くや否や、剣を拾い上げて突撃した。


『オ゛オ゛オオオオッ!』

「くあああああっ!!」


 剣を携えた魔人兵に恐れることなく、立ち上がって短剣握りしめる。その勇敢な姿に怪我人は打ち震えていた。


(まさか人間の少女に闘志を揺さぶられるとは…っ)


 そしてとうとう、少女が待ちわびた援軍が到着する。


「大先生達こっちだ! アリア嬢が戦こうて―――!?」


 ワジルに引き連れられ門まで駆け付けたのは回復部隊長ブレイアムと、折よく治療を終えて立ち上がった騎士団員三名。彼らがそこで目にしたものは、血まみれになり倒れるマルコと、その周囲で気絶する地人ドワーフ達、そして魔人兵を相手に鬼神の如く戦うアリアの姿だった。


 あまりの集中力にアリアは援軍の存在に気が付く様子は無い。


「ア、リア…?」

「本当にあのアリア嬢か? 儂は夢でも見とるんじゃぁ…」


 自分達の知る柔らかな雰囲気を纏っていた少女はいない。ボロボロになった服から伸びる、あざだらけの白く華奢きゃしゃな四肢で敵を殴り、蹴り、殺意を込めて短剣を振るうその姿に、五人は驚愕した。


 一瞬固まったが、我に返ると同時に騎士団員が敵の戦力を指摘する。


「あれはリビングメイル級!」

「まずいっ、我らではB級は手に余ります! せめてあと二人いなければ!」

「くっ…とにかく加勢します! このままではアリアが!」


 ブレイアム達が死闘を繰り広げる二人に突入を試みようとしたその時、


おさーっ! 大先生ぇっ! こいつを治してやってくれーっ!」

「絶対嬢ちゃん先生を助けてくれる!」


「お主ら外からか!? 大先生!」


 門の入り口から二人の地人ドワーフの叫び声が聞こえ、ワジルが反応してブレイアムが目をやると、伏しながらも鬼気迫る表情でこちらを見る獣人ベスティアがいた。



(早く俺を動けるようにしてくれ! 魔人兵そいつを殺す!!)



 その激烈な意思を感じ取り、ブレイアムは即座に指示を出した。


「三人はアリアの援護を! 私は彼を治療します!」


 ―――はっ!


「お嬢様! 加勢します!」

「壁になるぞ!」

「うぉーっ!」


 脚に最大限強化魔法を施し、ブレイアムは門に向けて跳躍。そこかしこに散らばる瓦礫や残骸を足場に、戦闘を繰り広げる二人を迂回しながら門外へ向かう。


 遠目から獣人ベスティアの状態を観察し、即座に必要な治療プランを練る。


(両手脚の大きな腫れ…折れていますね。胸部の皮膚もただれて…いや、弾けて焼けた筋肉が見えているのか。あの怪我は一体…。焼けた鉄球でも受け止めたのでしょうか? 強化魔法は…そうだ、亜人は無属性魔法は使えない。それに魔力残量も心もとないようです。で戦えるまでに回復させるとなると…まずは両脚。次に両腕。胸の傷は我慢して頂きましょう。そして多少の時間ロスは覚悟して、治癒魔法ヒールではなく回復魔法エクスヒールで同時に体力を回復させるっ)


 ブレイアムは駆けながら両手に回復魔法エクスヒールを展開し、最後に跳躍。獣人ベスティア地人ドワーフの元へ到着すると、即座に治療を開始した。


「両脚、両腕の順に治療します! 一気に力を送るので激痛を伴いますが、覚悟しなさいっ!」

「…頼み、ますっ」


 左右の手を脚にかざし、展開していた回復魔法エクスヒールをかける。白い光が大きくなるにつれ、獣人は襲い来る激痛にギリギリと歯を食いしばるが、声は一言も上げない。


「完治。次っ!」


 ほんの数秒で獣人の脚を治し、ブレイアムは両腕の治療に入る。体力の充実と、折れた脚が動く感触に獣人は感嘆の声を上げた。


「凄いな、治癒魔法ヒールとは。俺はジャック。名を伺っても?」


 治療しながらブレイアムは答える。


「回復部隊長のブレイアムです。ジャック殿、私以外の治癒術師ヒーラーには、治療中は声を掛けてはなりませんよ」


「そうなのか、これは失礼したブレイアム殿。小さき戦士を救うことで許して欲しい」


「…お釣りは?」


 ブレイアムは質問を返すと同時に両腕にかざした手を放し、その場をサッと離れる。


「がぁぁぁぁっ!!」


 ピシッ バチッ バチチチチ!



 ――――いりませんっ!!



 ジャックは残った魔力を右手に全集中。いかづちを作り出し、完治した両脚を全力で踏み込み、魔人兵に突撃した。


 四対一で戦っていたアリアと騎士団員は数的有利にもかかわらず、魔人兵の膂力りょりょくに苦戦していた。


 魔人兵の持つ剣の一薙ひとなぎで、それを剣で受けた三人の騎士団員は吹き飛ばされた。


「ぐわっ!」

「なんて力だっ!」

「お嬢様っ!」


 横薙ぎを飛んで躱していたアリアは、攻撃と同時に生まれた隙を狙って短剣を兜の隙間に突き刺した。


「はぁっ!」


 ドスッ!


『グガァッ!』


(ダメージはある! でもこの程度じゃすぐに再生してしまう! 折角助けに来てくれたのに、このままでは全員やられてしまいます! どうすれば!)


「離れろ! 小さき戦士よ!」


 アリアが逡巡しゅんじゅんしていると後ろから声が上がる。その声で振り向くことなく短剣を引き抜き、魔人兵の肩を足場にして跳躍、後方回転し、アリアの眼下を雷をたたえた戦士が交差した。


(獣人様!?)


 新たな敵の存在に気付いた魔人兵は、剣を振り上げるが到底間に合わず。


 ジャックは剣が届く前に魔人兵の頭を掴みかかり、地面に叩きつけた。



「消えろっ!――――雷大槌トールハンマー!!」



 ズガンッ! バチチチチチチ!


『グオ゛ォォォ……』


 ジャック渾身の固有技スキルを食らい、魔人兵は黄色の魔力核を残し、跡形もなく消えた。



 ◇



 とうとう倒した。誰がどう見ても死闘だった。


 倒れた人数と、割れた石敷、散らばる瓦礫。


 高くそびえる外壁に当たる風が、逃げ道を求めて門をくぐり、周囲は寒風吹きすさぶ。


 風の音だけが響く門前。


 誰かが勝鬨を上げねばならない。

 

 一番相応しいのは、アリア。

 

 この場の全員がそう思い、アリアの第一声を刹那待ちわびた。


 しかし、そんな事は少女には分からない。


「戦士様っ! 酷いお怪我です!」


 死闘を生き残ったアリアの第一声は、ジャックの胸の傷だった。両手脚は完治しているものの、確かに皮膚が弾け飛んだ痛々しい胸の傷はそのままだ。


 まさかの言葉に、ジャックを含む周囲の者達はあっけにとられる。


「そうだ、マルコさんは!? マルコさんも危険な状態ですっ! 今すぐ治癒魔法ヒールを!」


「ア、アリア嬢っ! 落ち着かんかい!」


「長老様! 早く皆を治療しなければなりません!」


 慌てるアリアにワジルが声を掛けるが、彼女に聞き入れる余裕は無い。


 そんなアリアの声で、微かに意識を取り戻したマルコが忠言する。


「お嬢、様…」

「マルコさんっ!」

「私は大丈夫です…先に…勝鬨を…ごほっ、ごほっ!…皆さん、お待ちです…」

「えっ!? 今はそんな場合じゃ…」


 こんな時にマルコが何を言っているのか分からないアリアは困惑する。オロオロする少女に、ジャックが助け舟を出した。


「アリアと言ったな。勝鬨とは死んだ者をとむらい、負傷した者に活力を与える。勝者のみに許さる褒美、魔法のようなものだ。今この場でその魔法を使えるのは君しかいない」


「獣人様…わ、私は皆を危険に晒して…そんな資格は…っ!」


 消え入りそうな声で俯くアリアの肩を、ワジルがポンと叩く。


「アリア嬢。お主のおかげで皆死なずにすんだわぃ」


 しわだらけの顔を、笑顔でさらに皺くちゃにしながら笑うワジルを見て、一度は激情に染まったアリアの心が解けてゆく。


 コクンと小さくうなずき、戸惑いながらも短剣を空にかざす。


 そして、少女は高らかに宣言した。



 ――――か、勝ちましたっ!



「ワシらの勝ちじゃー!!」

「ざまぁ見やがれバケモンめっ!」

「アリア嬢は戦の女神様じゃあ!」

「女神様万歳!」


 女神様万歳!――――


 戦った者、外壁上で見張っていた者、伝令役、門前の窮地に後から駆け付けた者、皆が一斉にアリアに続き勝鬨を上げる。ビリビリと地鳴りのような叫びの波に、アリアの緊張は流されていった。


(これが勝利するという事…獣人様の言う通り、魔法のようです…)


 目に涙を浮かべながら微笑んだ途端、ガクンと体勢が崩れる。


「あ…れ…?」


「アリア嬢!」


 顔から倒れそうになったアリアをワジルが支え、ブレイアムとジャックも駆け寄った。アリアの様子を見たブレイアムは、その傷の大きさに驚いた。


「っつ! アリア! こんな脚で戦っていたのですか!」

「………」


 見ると、アリアの右足は腫れ上がり、膝からあり得ない方向を向いていた。返事をしないアリアだったが、気を失っただけと分かり三人は胸を撫で下ろす。


「恐らく、脚で魔人兵ヤツの拳を受けたせいだろう」


 ジャックは門前に到着してから、アリアの戦いの一部始終をその眼に焼き付けていた。


「無意識に強化魔法で支えていたのですね。気絶と同時に強化も解けたのです」


「凄い子じゃのぅ…儂らが情けのぅなって来るわぃ」


「ふふっ、それを言ってはジャック殿以外情けなくなりますよ」


「俺ごときウギョウさんに比べたら…いや、よそう。それにしてもこの娘の髪色、瞳、そして何よりあの覇気。もしや帝国の方が言う軍神の子ではありませぬか?」


「その通りです。アリアの母君、若くして軍神と呼ばれたコーデリア・レイトヘイム様は、帝国騎士団員の憧れですよ」


「やはりお強いのでしょうか」


「私は治癒術師ヒーラーなので強さの尺度は専門外ですが…恐らく帝国最強の騎士ではないかと」


「ならば中央は大丈夫か」


「えっ?」


「中央の魔人は軍神が止めておられる。我々が四人でかなった魔人を、たったお一人で」


「そうなのですね…」


「我々はできる事をせねば。俺は魔力も尽き、前線に戻るには力が足りません。またここが狙われるやもしれませんし、ここで漏れた魔人兵ゾンビを待ち受けます」


「それは助かります。マルコ殿を治療した後、ジャック殿の胸の傷も治します。それでお釣りは無しです」


「ありがたい。軍神の子、いや…アリアを守るのも俺の使命になりましたから」


「またこの子のファンが増えてしまいましたねぇ」


 会話をしながらアリアの脚を治し、ブレイアムはマルコの治療に入る。


「門番頼むぞぇ、ジャックの」


「ようやく名を覚えて頂けましたか」


「ん? 儂は初めから覚えとったぞぃ」


「どの口が仰るのか…」



 こうして、死闘となったアリアの初陣は幕を下ろした。


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