73話 ジェンキンス総合商店Ⅱ

 五つの生地はそれぞれ五大鉱糸と呼ばれる、強靭な糸から編まれた物である。


 鉱糸とは鉱石から精練された金属を糸状にしたもので、これを使った武具はなのにも関わらず、並の鎧以上の強度と服ならではの伸縮性、さらに防水防汚という日々戦いに身を置く冒険者なら、喉から手が出るほど欲しい装備である。


 鉱糸に加工できる鉱石は限られているが、五大鉱糸と呼ばれる鉱糸は特に強靭さと柔軟さに加え、それぞれに特徴がある。


 その制作には金属を叩いて伸ばすだけの武器や防具よりも手間がかかるので、費用も当然高くなる。しかも鉱糸の原材料である鉱石自体も簡単に手に入るものではない上に、着る者の身体に合わせて作る必要があるので、特注が基本だった。


 一口に五大鉱糸といっても、それぞれ希少性と性能を鑑みたランクがある。一番安価に製造できるのがミスリル鉱、次がシリウス鉱、以降リゲル鉱、エルナト鉱、アヴィオール鉱の順だ。俺の要望はエルナト鉱とアヴィオール鉱の鉱糸で出来た服。最初の案内係が驚くのも無理はなかった。


 俺は金属鎧がどうしても好きになれず、装備するにしても精々胸当てぐらいかと思ってはいるものの、結局それすら装備していない。その旨をグリンデルさんとカミラさんに相談すると、二人は声をそろえて『なら鉱糸だ』と教えてくれたのだ。勧められるがままエルナト鉱とアヴィオール鉱の名前を出したが、その性能に関しては詳しく聞いていない。


 そう言うと、ジェンキンスさんは一つ一つの鉱糸について説明してくれた。


 服の素材としての性能と希少性は大雑把に表すとこうなる。


 ミスリル鉱糸 ★

 シリウス鉱糸 ★★

 リゲル鉱糸 ★★★

 エルナト鉱糸 ★★★★★

 アヴィオール鉱糸 ★★★★★


 因みに武器の素材にする際はこの限りではない事は言い添えておこう。


 どの素材も一長一短であり、これはあくまで総合値。俺が求めるエルナト鉱糸とアヴィオール鉱糸の特徴を聞いておきたい。


 伸縮性、断熱性、重量、価格に関してはエルナト鉱糸もアヴィオール鉱糸もほとんど差が無く、異なるのが硬度と魔力伝導率、つまり魔力との親和性に差があるとの事だった。アヴィオール鉱糸の方が硬くて、魔力との相性がよい。エルナト鉱糸の硬さはアヴィオール鉱程では無く、魔力を全く通さないという特徴を持つ。


 そして特筆すべきなのが、エルナト鉱糸とアヴィオール鉱糸に備わった復元能力。この2つの鉱糸で編まれた物は損傷を受けたとしても、鉱糸自体の魔素の吸収限界を迎えるまで元の形に戻るというものであった。


 つまり、穴が開いても勝手にふさがるという事。


「なるほど、グリンデルさん達がエルナト鉱とアヴィオール鉱を勧める訳ですね」


「ええ、五大鉱糸と一括りに言ってしまうと同じような性能に思われがちですが、ミスリル鉱とその他の鉱石には大きな差があり、エルナトとアヴィオールに関しては別格と言えます。なんせ実質破れないのですから。まぁ、ミスリルも簡単には手が届かない代物ですけどね」


 この街の鉱山は金銀銅、鉄や鉛、石炭と言った一般的に流通している鉱石が九割超を占めており、その他が希少鉱石と呼ばれる鉱石が採れる。希少鉱石の中で最も多く産出されるのがミスリル鉱であり、ドッキア産のミスリル鉱は帝国全土にその流通網が広がっている。


 その希少鉱石の中でも、エルナト鉱とアヴィオール鉱は一般の鉱山からは滅多に産出されない代物であり、一攫千金を夢見る鉱山労働者はこの二つの鉱石を掘り出す事を夢見ているらしい。


 だが例外が存在する。それが塔のダンジョン。塔のダンジョン深くにはこれら五大鉱糸の素となる鉱石が多く採れる事で知られている。さすが鉱山に根を張るダンジョンと言ったところか。


 俺はダンジョンに入る前にこの事をグリンデルさん聞いていたので、下層に入ってからは、めぼしい石は片っ端から収納魔法スクエアガーデンに放り込んでいた。


 川底のダンジョンでは見た事が無い石が結構落ちていたので、もしかしたらその二つも入っているかもしれない。


「ではジェンキンスさん。アヴィオール鉱糸で上下二組、エルナト鉱糸で外套二着の制作お願いしたいのですが」


「かしこまりました…と言いたいところですが、生憎それぞれ一着分の材料しか無いのです。ご期待に添えられず誠に申し訳ありません。それに一着ずつと言えど料金がかなりかかりますが、ご予算をお伺いしても?」


「予算をお伝えする前に見て頂きたいものがあります。実は私ダンジョン帰りでして。めぼしい石を結構拾ってきたのですが…何か大きめの入れ物はございますか?」


 そう言うとジェンキンスさんは手を叩き、側に控えていた係員が入れ物を持ってきたが、それを後四つとお願いすると二人は驚きつつ、テーブルの天板と同じ大きさ程のたらいの様な物が出て来た。


「ジン様、一体何を…?」


 たらいの上で収納魔法スクエアガーデンを展開し、ガラガラと石を取り出す。まず収納魔法スクエアガーデンに驚く二人を差し置いて、どんどん石を出していった。


 数分で、たらい一杯どころか山の様に積み重なった石を見て二人は唖然とする。


「こ、これほどの希少鉱石の山を私は見た事がありません…それに一見した限り鉱糸系鉱石だけでは無く、アテライト鉱やコランダム鉱と言った武器防具に人気の鉱石もあるようです」


「この鉱石の中のエルナト鉱と、アヴィオール鉱以外の鉱石は全て代金の一部にして頂いて、不足分は別途お支払いします。予算は大金貨十枚。如何でしょう?」


「……ふ、ふふふ。ジン様も人が悪い。ご予算どころか、明らかに制作料を越えているように見受けられますが、お売り頂けるという事でよろしいですか?」


「そうでしたか。なにぶん鉱石の相場を知りません。ウォルター工房に持ち込んでも良いのですが、今は武器制作に専念して頂きたいのです。ですので余剰が出るのでしたら、その分はますよ」


 ジェンキンスも一角の商人である。物の相場を知らない、情報を持たない者から自身に有利な条件で交渉に臨むのは当然だし、それが出来ないなら商人とは言えない。だからこそ、自身に有利過ぎるこの状況を、何の交渉も無しに目の前に差し出されると、逆に疑ってかからなければそれも商人とは言えないのである。


 ジェンキンスは『差し上げる』というジンの言葉で逡巡しゅんじゅんし、未だ返答できずにいる。


「商人として逆に困る条件のようですね。では、余りはこの店と職人さんで半分ずつ差し上げます。ジェンキンスさんにはお詫びの意味も込めて、投資と捉えて頂ければ結構です。正直他に売る当てもありませんし、手元に石があっても邪魔ですから」


 はーっとため息をつき、ジェンキンスは意を決した。


「分かりました、お引き受けいたします! ウォルター工房と繋がりのあるジン様には値を低く見積もれませんし、エルナト鉱とアヴィオール鉱があるという事は、ダンジョンの下層域にまで達したという証拠です。そのような冒険者様に今後ともご贔屓に頂くためにも精一杯やらせて頂きますとも!」


「よかった。それではよろしくお願いします。あ、そうだ。もしエルナト鉱とアヴィオール鉱が余ったら1着分の鉱糸を頂けますか? もちろん糸にする代金はお支払いいたします」


「とんでもない、それを差し引いても十二分に余りますよ。その時はさせて頂きます」


「それは有難い」


 ジェンキンスが得られる利益から考えると、サービスとは言わず、対価からの差引と言ってもいいのだが、あえてサービスと言うあたり商人の気質と言うものだろう。契約成立後に出された依頼は別件だという事である。


 その後互いに握手を交わして契約書を作成。その場で採寸を済ませ納期は一ヶ月後という事で話はまとまり、完成次第、拠点にしている宿へ連絡を貰えることになった。 


 帰り際、服が完成するまで今着ている一着しかない事に気が付き、慌てて銀貨一枚で上下一組を揃えて店を出た。

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