51話 出会い

 レオ達は戦闘の興奮から冷静さを取り戻し、湯から上がった人物をマジマジと見ていた。森の中で湯に浸かっていたのは、自分達とそう変わらない青年だったからだ。


「あの…何か?」


「い、いえ! 少し驚いてしまって。俺らとそんなに変わらない年に見えるもので…」


 うんうん、と同意する女性陣。


「あ、助けて頂いたのに失礼しました! 俺はこのパーティーのリーダーやってます、レオと言います!」

「ミコトです!」

「オルガナといいます」


 ふむ、会話は久しぶりだ。この一か月まともに人と話をしてこなかったから、若干緊張する。


「ジンだ。今年で十六になる。歳も近そうだし、お互い堅っ苦しいのは止めよう」


 ジンの年齢を聞いて、三人はパッと表情を明るくした。


「そうなのか! 俺達も今年で十六になるんだ! じゃあ気楽にさせてもらうわ! ところで…ここで何をやってたんだ?」


「え? 風呂に入ってたんだが…?」


 見て分からないか、と言いたいがそこは口をつぐむ。


「そーゆーコト聞いてるんじゃないのよっ! なんでこんなとこでお風呂に入ってるのかって聞いてるのよ! こんな危ない森の中で!」


「ですです」


 ああ、そうか。この世界には基本的に外で風呂に入る文化が無いんだった。そもそも貴族を除いて風呂に入る事自体が少ない。大体川や井戸で水浴びか、濡らした布で身体を拭くぐらいだ。騎士団宿舎で広い風呂に入る事を覚えた俺からすれば、これを知らないとは何と勿体ない事かと思えてくる。


 それにしてもミコトちょっと怖いな…


「えーっと、少し前に広めの風呂が好きになってな。それで森を探索してたら、そこの岩から温かい湯、温泉って言うんだが、温泉が沸き出てたから穴を掘って溜めたんだよ。これは俺の故郷では露天風呂っていう文化なんだ」


 そんな文化があるんだ、と納得したようなしていないような表情を浮かべる三人。まぁ異文化をすぐに理解しろと言う方が難しいのかもしれないな。


「一応、温泉には傷や打撲なんかにも効能があったりするらしいから、レオも入ってみるといい。気持ちいいのは保証する」


 変態扱いされるのが確実なので、女性二人には勧めない。


「そ、そうなのか? 興味はあるが、ここで装備を外すのはちょっと…」


「大丈夫だよ。今周囲に大した魔力反応はないから安心して入ってくるといい。何なら浮かべてある酒も飲んでいいよ。ちょっと強いけど」


「おおっ、ジンは探知魔法サーチ使えるのか。なら安心だ。折角だし入ってくるわ!」


 そう言って露天風呂に向かうレオ。これで新たな同志が生まれたな。


「ジン君、露天風呂ってつまりジン君みたいに…その…外で服を脱ぐって事よね?」


 やっぱり見たんじゃないか。オルガナはアレなのか?


「そうだね。ああでも、布を巻いて入る事もあるよ。今日は入る前に魔獣を引っ張って来られるなんて、流石に予想できなかったんだ。許してくれ」


「ちがうの! 責めてるわけじゃ無いのっ!」


「まぁオルガナが言いたいことは分かるよ。私もちょっと興味あるもん」


「まぁ、好きにするといいよ…レオー、腹減ってないかー?」


「減ってる~…」


 間延びした気のない返事が返ってくる。この感じは風呂の気持ちよさにやられている証拠だ。


 俺は話しながら食事にありつこうとしていた。流石に三人を放っておいて一人で食うのは無神経なので、一応声を掛けておく。


「二人はどう?」


「え? いいよ。持ってるし」


「ありがとう、私も大丈夫」


 それもそうだなと、俺はレオと二人分の一角兎オーガラビットの肉と肉焼き網を収納魔法スクエアガーデンから取り出す。多分これも珍しい魔法だろうからまた驚かせるんだろうが、正直コソコソなんてやってられない。


 ――――えええっ!? 何今の!?


 案の定、収納魔法の質問攻めにあうが適当に答えてやり過ごす。その間も俺は肉焼き作業を粛々と進めていると、いつの間にか二人が一角兎の肉に釘付けになっていた。


 そうなるだろう、と予想はしていた。この三人は明らかに食用の獲物を所持していない。持ち歩くのが大変だから、干し肉かパン等の保存食で過ごして来たんだろう。今、目の前で焼かれている肉には香辛料も使ってるから、香りと見た目の相乗効果で美味そうに見える。実際、保存食とは比べ物にならないくらい美味い。


 分かるよ…俺も帝都に着くまでそうだった。そう、取り置きさえあれば、いつでも新鮮な食材にありつけるという最強の魔法が収納魔法なのだから。


「あ゛~、めちゃくちゃ気持ちよかった…ジンっ! 露天風呂、マジで最高だったわ! ありがとう!」


「そうだろうそうだろう。レオは生きる喜びを一つ見つけたな」


「俺もこれから風呂にこだわる事にするわ! それにしてもこの肉のいい匂い! と…これは香辛料の匂い!? もしかして、俺の分もあったりする?」


「ああ、ちょうど焼けたとこ…ろ…」


 ミコトとオルガナの視線が痛い。なんで二人して涙目なの?

 

 俺は黙って露天風呂の横に土魔法で壁を作ってやると、突如現れた壁に驚きつつも、二人は露天風呂に走っていった。


「肉が焼けるまでには出て来てくれよー」


 ――――はい!


 いい返事だ。


 収納魔法スクエアガーデンからもう二人分の肉を取り出し焼く準備に入ろうとすると、レオが神妙な面持ちで姿勢を正し頭を下げた。


「助けてもらった上に風呂とメシまでもらって。本当にありがとう。今は金ないけど、リーダーとして絶対に恩は返す。約束する」


「頭を上げてくれ。別に感謝されたくてやってる訳じゃない。正直に言うと、同年代の冒険者と話すのはレオ達が初めてで、俺もこう見えて嬉しいんだ。対価は貰ってるから気にすることは無いよ」


「はははっ! なんだよそれっ! 俺らなんかで良ければいくらでも話し相手になるさ!」


 レオが『恥ずかしい事言うなよな』と言って、俺の肩をバンバンと叩く。


 そうか…今のは同年代には重すぎる表現なのか。俺ももう少し肩の力を抜かないとな。正直言うと、まだちょっと緊張してたりして。



◇ ◇ ◇ ◇



「ねぇオルガナぁ~」

「なぁに~ ミコトちゃん」

「気持ちよすぎない? これぇ~」

「露天風呂ってすごいね~」


「これを私たちに邪魔されたんだねぇ~ジンが怒っても無理ないねぇ~」

「そうだねぇ~」


 少し熱い温泉と、森を揺らす涼やかな風が頬を撫で、さっきまで魔獣に追いかけられ大騒ぎしていたのとは一転、木の葉が擦れ合う音までも心地いい。これが露天風呂かと予想外の気持ちよさにトロけながら、ミコトとオルガナは不思議な同年代の冒険者、ジンについて話していた。


「何者なんだろうね、ジンって」

「最初あんなんだったからちょっと怖かったけど…今は優しい人だと思うなぁ」

「たしかに。失せろって言われた時は怖かったね」

「あんな魔法見た事も聞いた事無いよ。でも凄い魔力を放ってたのは確かだよね」


「正直ちょっと興味湧いちゃったなぁ、あたし」

「魔法の事教えてくれないかなぁ。多分だけどすごい魔法師だよ」


 二人は顔を見合わせてうなずく。


 どう見てもジンは単独ソロの冒険者。


 どこかは分からないけれど、彼の目的地まで皆で一緒に付いて行こう。何ならパーティーに誘ってみよう。そう決意するミコトとオルガナであった。



◇ ◇ ◇ ◇



「うんまかったぁ! 久しぶりに新鮮な肉食ったわ!」

「おいし~! でも香辛料ってかなり高いよね?」

「うん、村じゃ小瓶一本で銀貨一枚だったよ」


 レオは食べ終わって満足げにし、遅れて食べ始めた二人も美味しそうに食べてくれている。それだけでこちらも振る舞った甲斐があるというものだ。俺は焼き野菜に塩を振ったものをつまみに、飲みかけの清酒をちびちびとやっていた。


「こんな魔物だらけの森で、風呂に入って酒と肴やってる十六歳ってどこの怖いモン知らずのおっさんだよ」

「村では同年代の友人はいなかったからな。大人と過ごす内にこれが普通になってたんだ。おっさんに囲まれてたからな…もう治らん…」


「ジン君は帝都から来たの?」

「ああ」

「帝都は安全だって聞くけど、やっぱり依頼が少ないからこっちへ来たの?」

「いいや、依頼は二の次かな。世界を見て回りたいんだ」

「旅かぁ~いいなぁ~、俺らは生活でいっぱいいっぱいだわ」

「おっさんなのにすごいね、ジン」

「ですです!」


 おっさんなのに凄いって何だよ。おっさん舐めてもらっちゃ困る。

 ミコトは変態とか言うし、ちょいちょい毒入れて来るな…オルガナも普通に乗っかるんじゃない。


「別に凄くないだろ。好き勝手やってるだけだ」


「そー言えばジンってさ…」


 食事をし終えたミコトが神妙な面持ちで何かを言いかけた所で、レオがそれを遮った。


「ミコト。それは俺が言わなきゃなんない。多分同じ事考えてるから」

「…わかった」

「ジンは単独ソロなんだよな?」


「そうだよ」


 この質問で俺は用件を察する。パーティーの誘いだろう。


「もし、もしあれだったら…俺達のパーティーに…いや、俺達をジンのパーティーに入れて欲しいんだ。ジンの旅の途中まででいいんだ。俺達はシスっていう村の出身でそこを拠点にしてるんだけど、拠点登録はしてないから割と自由にやれる。考えてみてくれないか?」


「あたしも同じです!」

「私達をジン君のパーティーに入れて下さいっ!」


 やはり来たか。しかし、よく会ったばかりの、しかも一度は自分たちを脅かした人間をそこまで信用できるものだ。それを置いたとしても、この三人は正直俺の旅に付いて来られるような力は持っていないように思える。アッシュスコーピオン程度の魔獣や魔物なんて、この先うじゃうじゃ出てくるし、それ以上の敵も普通に出てくるだろう。これからも今日の様に守ってもらえるとか思っているとしたら、迷惑極まりない。


「断る」


 ――――っ!?


 俺の即断に三人の表情が揺らぐ。


「理由は二つ。一つは全員力が足りない。さっきみたいな魔獣や魔物は、俺の行き先には普通に出てくるし、あれ以上のヤツらを相手にする事もままある。二つ目は君らの警戒心の無さ。会ったばかりの俺を信用する意味が分からない。例えば、さっき食った肉に俺が毒を仕込んでいたら、君らは全員死んでいた。これは逆も然りだ」


 三人は何も言えなくなり、沈黙が場を包む。俺も言い過ぎたかと思ったが、生死と隣り合わせの冒険者は決して甘くはない。そんな覚悟が見えない彼らと共に行動する事は出来ないのが現実だ。そう思いながらも、辛うじてのフォローをしても罰は当たらないだろう。


「まぁ、あれだ。厳しい事を言ったが、わざわざ俺の危険な旅についてくる必要はない。折角同郷の仲間三人で冒険者やれてるんだ、危険を冒さずコツコツやっていくことをお勧めするよ」



「なら…」


 沈黙を破って、レオが声を上げた。


「それなら頼む! 役に立つように鍛えてくれ! 俺は仲良しごっこがしたくて冒険者になったんじゃない!」


「あたしも同じよ! それにジンはさっき警戒心って言ったけど、それなら魔獣を追い払った後、私達も追い払えばよかったじゃない! でもそうせずに、ここまでしてくれた!」


「もう私達はジン君を信用してしまっています! もし私達を信用できないと思ったら、すぐ切り捨ててくれてもいいの!」


 三人の目は本気だ。


 ――――まぁ、ここで諦めるような彼らでは無いとは思っていた。俺は前世の記憶も相まって冒険者の道を突き進んだが、結局彼らも同じ歳で危険な冒険者を選んだんだ。


「お願いジン! 私はまだまだ弱いけど、命の恩人に恩も返さずにこのまま別れるなんてしたく無いの!」


「私はレオ君とミコトちゃんにくっ付いて冒険者になっただけの人間だけど、初めて強くなりたいと本気で思いました! だからお願いします!」


「ミコト…オルガナ…っ頼む! ジン!」


 本気で頭を下げる三人を見て、四年前、エドガーさんとオプトさんに勝つ為に、本人達に教えを乞うたのを思い出していた。それにコーデリアさんとボルツさんも、俺が自分の子でも無いにも関わらず、何の対価も無しに俺を鍛えてくれたんだ。母上は、受けた恩は本人だけじゃなく、多くの人にも分け与えられるような人間になれと仰っていた。


 今がその時なんだろう。


「そこまで言うなら、わかったよ」


 ぱっと三人の表情が明るくなるが、次は父上の言葉も思い出す。

 ただし、と付け加え続ける。


「条件がある。俺もまだ人から教わってばかりの人間なんだ。助言程度ならあるけど、人にちゃんと教えた事はないんだ。そこを分かってもらった上で、一週間で君らを追いかけたアッシュスコーピオンを三人だけで倒して欲しい」


「い、一週間で!?」

「そんなっ!!」

「………」


「すまないが、俺は俺以外の基準をよく知らない。無理だと思ったなら諦めてくれ」


「くっ、やる! やってやる!」

「そうよ! やるしかないわ!」

「倒せなくても、教えてもらえる事は役に立ちますから!」


 『そこは倒すっていう所なんだよ』とオルガナは二人にクシャクシャにされている。


 責任感の強いレオ

 物怖じしないミコト

 マイペースなオルガナ


 果たしてどうなる事やら…

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