33話 死生観

「どうでしたか? ジン君は」


 騎士団長エドワードが三番隊長ベンジャミンに問う。


「はい、素晴らしい戦闘能力と判断力、分析力、冷静さ、素直さ、いいところを挙げればキリがありませんね」


「はっはっは! だろうね。私もジン君と話しましたが本当に素晴らしい青年です」


育てたからな! はっはっは!」


 そういってボルツが二人の会話に混ざる。自分の教え子が褒められるのは、やはり気持ちのいいものなのだろう。


「よく言いますよ。剣しか教えてないんでしょう? 今の彼があるのは間違いなくご両親の教育の賜物だと思います。言葉の端々で分かります。強く育てた、というより自分で強くなれるように育てた、という感じがしますね」


「ああ、その通りだ。ジンの両親はそのように育てていたのは間違いない。だが、ベンジャミン。戦闘訓練をしたお前なら、少しは気付いたか?」


 ベンジャミンはピクリと反応する。ふーっと深く息を吐き、彼は自身がこの五日間で感じた、ジンのについて語る。


「本人に言うべきか迷っていましたが、結局あえて言う必要は無いと判断した事があります」


「ほう、なんです? 弱点でも見つけましたか?」


「なんと言いますか…極端に言えば我々と死生観が違う、と言えばいいのでしょうか。いや、そこまで深くも無い気もするのですが…どうも彼は、あの若さで死を恐れていないような気がするのです」


「それは…」


「まだ若いですから血気盛んなのはわかります。悟っているとも言えない…もっと深い部分でというか…ダメです、うまく言えません」


「うむ、言いたい事はわかるぞ。俺もジンに会ったのは一年ぶりだが、二、三年前から平気で命を天秤にかけるような言動が増えた気がしてな。命を軽んじている訳ではないのだが、いつ命を失っても後悔の無いよう生きている気がする。十を超えたばかりの子供がだぞ? そんなことあると思うか?」


「それは確かに。達観していると言えば聞こえはいいですが、あまりに子供らしくないですね」


「ええ、危ういとは言いませんが、たった五日で私がそう思ったのです。一抹の不安ではあります」


「生まれてから十五年間、ジンの周りにいたヤツは両親を含め元冒険者や俺やコーデリアだったからな。生死について身近にあり過ぎた。ある意味、俺らのせいでもあるかもしれん。この旅で同年代の友と過ごしてくれれば、変化もあるかもしれんな」


「結局我々がジン君にできるのは、ジン君の言うところの『最善を選択し続ける』という事なのでしょうか。到底、子供の口から出るような言葉では無い気はしますがね」


「ああ。だが、どう思おうと今日でジンとはお別れだ。最後まで面倒見てやろうじゃねぇか」


「そうですね!」


「もちろんです」


 ジン・リカルドについて語った三人。当たらずとも遠からずと言ったところか。ジンが前世の記憶を引き継いでいる事によって、現世のみに生きる者との間に生まれた差異。ベンジャミンの言うところの死生観。それはジンが前世で武士であった事と深く由来している事は、三人には知る由も無い事である。


 ◇


 騎士団員の前で最後の挨拶を済ませた俺は、門の前でボルツさんとエドワードさんに見送られていた。


「そういえばジン、知ってるか? 陣魔空間じんまくうかんの事」


 ボルツさんが聞いたことの無い単語を投げかけてくる。


「陣魔空間? いえ、聞き覚えがありません」


「そうか。三年ほど前にな、アルバニアの元魔法師団長が開発した変わった魔法陣だ。通称『収納魔法スクエアガーデン』」


 ゾクッ、と俺の背筋に冷たいものが走る。


「その呼び名…とんでもない事を想像しました」


「はっはっは! その通り、とんでもない魔法だ。正確には魔法陣だがな。くわしい魔法構成は分からないが、何でも魔力で空間を作り、魔力を宿すもの以外はそこに入れられるって魔法だ」


「す、すごいっ! 旅の荷物が大幅に減るではありませんか!」


「ああ。だが無限に入る訳じゃないらしいし、陣魔法を扱える者しか使えない。たしかお前、通信魔法陣使えるんだよな?」


「ええ! 使えます! 私にも収納魔法スクエアガーデン使えますかね!?」


 興奮が止まらない。旅の荷物だけではなく、狩った魔獣もそこに入れられるという事ではないか。死んでいれば魔力は持たない。


「使えるかどうかは分からんが、試してみる価値があるんじゃないか?」


 ここでエドワードさんが加わり、現実を告げられる。


「ちょっとボルツさん。先に教えなければ喜びさせてしまいます。ジン君。喜ばせて申し訳ないが、とんでもない金額が必要になるのですよ」


 金かぁ…ない事も無いんだが…


「帝都の魔法師団へ行き、その魔法陣を個人別に調整する必要があるのです。その対価がアルバ大金貨にして三〇枚。大きい声では言えませんが、マイルズ騎士団平団員の六年分の給金です。」


 なぜか、ボルツさんが大口を開けて驚いている。


「そ、そんなにするのか!」


「ええ。一応騎士団長なのでこういう情報は抑えてあります。ということでジン君。君なら遠からず届く金額だと思います。チャレンジしてみてもいいのではないでしょうか? 高ランクの冒険者には持っている者もいると聞きました」


 そこで俺は、母上から頂いた見た事が無かった大きな金貨を金袋から取り出し、エドワードさんに差し出しながら聞いてみた。


 未だに価値がよく分かっていない。


「あの、アルバ大金貨とはこれの事ですか?」


「!?」


「そ、そうだけどジン君。これどうしたの?」


「母上から路銀にと頂きました。私の二年分の狩猟の報酬だと仰っていましたが、父上の酒代も入っているそうです。この大きさの金貨なら四〇枚あります」


 ――――なんだって!?


「は、早く隠すのですジン君! そんな大金、持っている事をならず者に知られでもしたら―――って、ジン君なら大丈夫か」


「大丈夫だな。だがジンよ、それはとてつもない大金だ。さっさとギルドに預けるなりした方がいい。というか、貨幣の事は誰も教えてくれなかったのか?」


「そ、それほどの物でしたか…そうですね。私も気にした事がありませんでしたし、必要な物を母上に申し上げれば、その分の対価を頂いていたので」


「ちなみにどの硬貨までなら使った事があるんだい?」


 銀貨を取り、これですと差し出す。


「銀貨か。まぁスルトで、ましてや子供だったらそのくらいで収まるだろうな」


「私の勝手な予想ですが、ジン君は年の割にのではと思います。おそらく貨幣価値を知ってしまうと、子供ながらに自分の出来る事が数値化できてしまう。それも大人顔負けに。それをご両親は避けていたのではないかと思います」


「う~む、ロンとジェシカはこういう所も苦労していたのかもな…」


大金貨これが三〇枚となると、母上に頂いた分の殆どが無くなってしまいますので、よく考えることにします」


「そうですね、それがよいでしょう」


 その後エドワードさんに貨幣の種類、帝国周辺の物価などを記した紙を頂いた。そこには宿の代金だとか、一般的な食事にかける金額など、諸々書かれていた。


「これはありがたいです! エドワードさんありがとうございます!」


「いいえ、これくらいはなんでもありません。さぁジン君、門の前で立ち話が過ぎましたね。君の活躍を期待していますよ」


「行って来い。また会う事もあるだろう。その時はまた手合わせだ!」


「はい。ボルツさん、エドワードさんお世話になりました。どうかお二方共お元気で! ありがとうございました!」


 深々と頭を下げ、騎士団を後にした。

 

 そして、冒険者ギルドへ向かう。





―――コーデリアの紹介状―――


この手紙の持ち主である、ジン・リカルドは義理の息子であります。


齢15ながら一角ひとかどの才覚を備えております。

 

ジン・リカルドを丁重に扱い、指南役ボルツ・ガットラム氏にお引き合わせいただくようお願いしたく存じます。


さもなくば即座にマイルズへ舞い戻り、ぞんざいに扱った者は不幸と相成りますので、その旨お含み下さいますようお願いする所存でございます。


ハッシュ・ティズウェル男爵夫人

コーデリア・レイムヘイト・ティズウェル

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