第一章 スルト村編

17話 父の条件Ⅰ

 今年で四度目か…今年こそ四人に勝って、冒険者として旅に出て見せる!


 三年前、数えて十二の歳に俺は冒険者になりたいと、父上と母上に申し出た。だが父上に猛反対され、それでも引き下がらない俺に、父上は条件を出された。


 四人抜き。


 父上とその友人三人と勝負し、すべてに勝つ事を条件に冒険者となる事を許された。その年に早速父の友人であり、俺の狩猟の師匠でもあるエドガーさんに勝負を申し出た。父から事情を聞いていたのか『じゃあやるか』と、軽く勝負を受け入れてくれたエドガーさんに、俺は彼が油断していると思い勝利を確信したものだ。


 武器は無し。二〇分以内に村周辺の森にいるエドガーさんの身体に触れられたら勝ちだという条件を出された。


 そんな事でいいのかと思ったが…甘すぎた。


 結果は惨敗。見つける事すらできなかったのだ。『時間切れまで遠くへ逃げるなんて卑怯です!』と叫ぶ俺に、エドガーさんは後ろから声を上げ、慌てて振り向く俺に向かって、


「ジン坊よ、俺に卑怯な手を使わせたら大したもんだ。がっはっは!」


 と、大笑いされた。


 普通に後ろにいたのだ。俺は追いかけているつもりが、追いかけられていた。情けなくなり泣きそうになったが、その場で『どうすればエドガーさんを捕まえられますか?』と聞き、教えを請うた。


「そ、それを俺に聞くのか。この度胸と言うか素直さと言うか…」


 と、なにやら小言を言っていたようだが、そんなものは気にしない。なにせこの人は俺の頼みを断ったことが無い。いつも『しゃーねぇなぁ』と言いながらも頼みを聞いてくれる、いい人なのだ。


 エドガーさんに負けた次の日には、オプトさんに勝負を申し込んだ。四人抜きしなければならないので、エドガーさんに負けた時点で今年はもう諦めるしかないのだが、来年の勝負の為に勝負内容を知っておきたかった。


 オプトさんは『それってアリなのか』と、父に聞いていたが、思い知らせてやってくれと言われたらしく、渋々ながらも勝負してくれた。


 勝負の内容は、半径二メートルの円にお互い立ち、どちらかが円から出る、もしくは一矢でも当てたら勝ちというものだった。お互いの円の距離は五〇メートル。オプトさんは俺の弓の師匠だが、弓には自信があった。最近やっと大人と同じサイズの半弓を引くことが出来るようになり、楽しくて一層鍛錬に励んだのだ。


 開始の合図とともに、最近やっと出来るようになった三連射を浴びせる。これで円は飽和状態になるので、もう勝ちは決まったも同然だ。避ければ円から出るし、そうしなければ当たる。そう思った瞬間、


 ―――カンカンカンッ


「なっ!?―――うっ!」


 三射とも撃ち落されると同時に、腹部に鈍痛が走る。


 四射目が全く見えなかった。それに矢先は粘土だったはずで、こんなダメージを与えられる訳が無い。


 するとオプトさんが駆け寄ってきて、


「すまんジン! やり過ぎた!」


 謝りながらオロオロしている。そんなオプトさんの姿を見て、俺は自分の未熟さが恥ずかしくなった。


 だが、恥じている場合ではない。この人に勝たなければならない。


「絶対に、ごほっ!…許しません!」


 怒りを目の当たりにし、オプトさんはショックを受けているようだったが、続けざまに言ってやる。


「許して欲しいのでしたら、オプトさんにどうすれば勝てるか教えて下さい! お願いします!」


 命令なのかお願いなのか。


 深々と頭を下げる俺を見て、勝負の行方を見ていた野次馬からどっと笑いが起る。同じく見ていた父上は頭を抱えていた。


「ぐっ…このしたたかさと礼儀正しさ。だっ誰だ! こんな敵わねぇ奴に育てたのは! わかったよジン、教えてやるからそんな目で見るな!」


 俺は拳を握る。オプトさんは母上によく似ている俺に、下から見上げられるのが苦手のようだ。だが、俺の頼みを断ったことが無い。エドガーさんと同じで、いい人なのだ。

 

 皆に笑われるのも俺が弱いから。


 しかし、これでオプトさんにも勝てるようになるはずだ!



◇ ◇ ◇ ◇



 こうして俺は、来年の勝負に向けて一年間ひたすら鍛錬に励んだ。


 仕事の狩猟もこなしながら、エドガーさんを見つける方法、オプトさんに勝つ方法を本人達から学び、根本的に俺に足りないものがそれで分かった。


 それは魔法。


 二人とも魔法で身体を強化し、さらに武器を強化していた。終始使っていた訳ではないと言っていたが、決定打になったのは間違いない。


 エドガーさんには探知魔法サーチという魔法と、ついでだと言って通信魔法トランスミヨンの魔法陣、オプトさんには身体強化魔法と、強化魔法を遠距離武器に込める方法を教わった。俺は飲み込みが早かったらしく、二人は目をいていたが、俺にはなぜそれが出来たのかが分かっていた。


 それは俺が八歳の時。


 母上が村の怪我人を不思議な力で治しているのを見た。俺はその日の夜に母上に不思議な力の使い方の教えを乞うたが、『ジンにはちょっと早いかしら』と言って、手を握り、不思議な力を使ってくれた。


「どうかしらジン?」


「あたたかいです」


「そうね。これが皆を元気にする力よ。ジンも大きくなったらきっと出来るようになるわ。だからこの暖かさを覚えておいてね」


「はいっ! 母上!」


 このような出来事があり、その日から母上の言いつけ通りに、毎日寝る前にあの暖かさを思い出すという習慣が出来たのだ。


 それが今、功を奏したのだろう。探知魔法サーチや身体強化魔法を発動する時、あの暖かさを思い出してみたらすぐに出来たのだ。その暖かさ、つまり”魔力”を体内にとどめれば身体強化魔法に、魔力を自分を中心に広げるのが探知魔法サーチ


 エドガーさん曰く、どう広げるのかはイメージ次第だという。彼は自分を中心に球体をイメージしているらしい。最初はごく至近距離にしか出来なかったが、『今は出来ただけですげぇよ』と言って頭をガシガシ撫でられた。


 全て、この時の為に母上は助言してくれていた。そう思えてならなかった。


 家に帰ったら、母上にお伝えしなければっ。

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