7話 神獣飛来


――――ズドォォォン!! 


 轟音と共に大地震に見まがうほどの揺れがスルト村を襲う。土壁で出来ている家の壁を覆う木板の隙間から、パラパラと砂が零れ落ちる。


 村ごと踏み付けられていない事から、かの化け物は村近辺に着地したようだ。


 ロンはジェシカに覆いかぶさりながら、拳を握りしめていた。


「大丈夫か、ジェシカ」

「え、ええ…平気よ」

「少し様子を見てくる」


 そう言ってロンが村の広場に出るべく、用心しながらドアを開けようとしたその時、


「(人間。出てこい)」


 頭の中に低く重い声が響いた。


「なっ!?」


通信魔法トランスミヨンだと!?)


 ロンは通信魔法トランスミヨンを使う魔物など聞いたことが無いし、そもそも魔法陣を掛けられていない。


 頭の中で響く声に驚き、ジェシカに目をやる。ジェシカにも声が聞こえているらしく、ロンの顔を見て頷いている。ロンは急ぎドアを開け、声の主を確認すべく広場に出た。


「(出て来たという事は、聞こえておるという事だな)」


 目の前にいるのは一山もあろうかという、青い炎を纏った巨大な鳥。その全景は到底確認できない。村は青く燃える炎に照らされ、辺りは凛然りんぜんとした雰囲気が漂っている。


 ロンは震える身体に活を入れ、その大いなる存在に話しかけた。


「この声はお主か!?」


「(左様。勇ある人間はお主だけか)」


 声の主がロンとの会話を成立させている事を聞いた村人たちは、窓から外を伺っている。皆も声は聞こえているらしい。だが、その存在を目の当たりにし、一様に驚愕する。


「あんな化け物どうしようもない…」

「早く逃げよう!」

「逃げるったって、何処へ逃げるんだ!」


 混乱する村人をよそに声の主は続ける。


「(ああ、そうか)」


 言葉と共に、スルスルと声の主が大きさを変え小さくなってゆく。やがて、十メートル程の大きさになると、ロンはようやくその姿形を把握することができた。


 青い炎に熱は無く、むしろ涼やかな空気が辺りを包んでいた。


「(これで多少は怯えずに済むか。まず言っておく、我はお主らに危害は加えん。勇ある者は我が前に出でよ)」


 確かに大きさからくる威圧感は減ったが、その存在感が薄れる事は無い。だが、危害を加えないという言葉にロンの心に少しだけ余裕が出来た。ふとエドガーの存在を思い出し、仰向けに倒れているエドガーを発見する。


「エドガー! おい! エドガーしっかりしろ!」


「うっ…」


 気を失っているだけのようだ。ロンがエドガーの無事を確認すると、後ろからオプトと村長のティムルが出て来た。ティムルはこの村の年長者で、長く村長を務めている。老齢に差し掛かり若干脚が悪い。


 杖を突きながらゆっくりと歩を進めて来た。村長のティムルが出てきたおかげで少しは安心したのか、パタパタと家から出てくるものが増えてきた。


「…っ、オレはどうなって…どわぁぁぁぁ!」


 エドガーは、目の前の存在が着地した時の衝撃と恐怖で気絶していた。無理もない。目を覚ましたエドガーの悲鳴が村に響き渡る。


「落ち着けエドガー! お前は気絶していただけだ! まだ何もされていない、話が通じる相手だ!」


「うっ、そうなのか…だがこれは…」


 改めて目の前の存在を目の当たりにし、エドガーは驚きと恐怖を隠せない。そんな彼を横目に、オプトに支えられるティムルが前に出て、声の主に向かって声をあげる。かたわらのオプトはガタガタと震えていた。


「大いなる存在よ。私はこの集落の長でございます」


「(うむ。我は神の使いとしてここに参った。貴様ら人間に頼みがある)」


 神の使いと言われ、村中の者は耳を疑わざるを得ない。その役目を負うのは、神話の中にたびたび登場する”神獣”ではないか。


 神獣は、アルバート帝国の主教である『八神教はっしんきょう』の神々の内の一神ひとがみが眷属にあたると言われているが、当然その存在を目にした者はいない。


 しかし、この存在を目の当たりにすると、疑うという思考が誰もできなかった。


 皆が一様に動揺する中、村長のティムルは杖を置きひざまづいた。それを見て、ロン、エドガー、オプトを含め、外に出ている村人も全員慌てて跪く。


 村長ティムルは『恐れながら』、と神獣に返答する。


神代かみよより御座おはす神獣様とお見受けいたします。我々弱き人にございますれば、神命に添えましょうか」


 ティムルがそういうと、神獣の前に小さな光が浮かび上がる。その光にロン、エドガー、オプトの3人が警戒するが、神獣の次の言葉で警戒は霧散する。


「(小さな光これは力なき人間の子である。をお前たち人間の手で、産み育てて欲しいのだ)」


 神獣の口から、いや、頭の中に飛ばされた言葉に、誰しもが驚愕する。


 正に”神の子”ではないか。こんな辺境の何もない村に、いかなる理由で子を授けると言うのか。


 相手が人間なら、すかさず理由と対価を求めるだろう。


 しかし、『なぜ』とは到底聞き返せる相手ではない。二つ返事でたまわったとしても、下手をすれば、大災厄を抱えるようなものではないか。到底それに準ずる対価など存在しない。


 村の者全員が逡巡しゅんじゅんし、絶句した。


「そ、それは……」


 ティムルを始め全員が答えにきゅうする。断って神獣の気に障れば、一瞬で村は消滅する。目の前の存在は簡単にそれが出来てしまう、という事は火を見るよりも明らかだ。


 しかしここで、神獣は目の前の人間達の戸惑いを感じ取り、言葉をつむいだ。


「(構わぬ。出来ぬのなら、の地へゆくだけの事)」


 翼を広げ、あっさりと飛び立とうとする神獣。その姿を見上げ、その場の全員が胸を撫で下した。



 助かった。と――――



 だが次の瞬間、誰もが予想しない人間が声を上げた。


「お待ちください、神獣様!」


 全員が声の主へ振り向いた。


「その子は私が産み育てます!」


 声の主は、ジェシカだった。

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