【Ⅲ】テイト
1:この目で
「ミディア、調子は?」
「うん、大丈夫。毎日ごめんね」
寝台のすぐ隣のテーブルの上には花瓶がある。そこへ、テイトは買ってきた花を活けた。ミディアが好きそうな淡い色の花を選んである。匂いもいい。白い花瓶にもよく合って、テイトは心中で自分を褒めた。
「退屈してない?」
「退屈は、ちょっとしてるかな。寝ていないと駄目なうえに両手が使えないと、本当にやることがなくって。でもこうしてテイトが会いに来てくれるから、何を話そうか考えていられるの。だから、辛くはないよ」
そう言って柔らかに笑うミディアだからこそ、早く彼女の現状をどうにかしたいとテイトは思う。
ミディアの両腕が動かなくなってしまったのは、無理やりに呪を使ったせいだった。三日前大型の黒獣が出没し、襲われた商人団が街に逃げ込んで来たのだが、黒獣は彼らを追い街の中にまで入ろうとしてきた。偶然通りかかったミディアは門番と商人を守ろうとして【結界の呪】を使い、門の封鎖が間に合うまでその結界に呪力を送り続けたという。一人で結界を張り続けるには門はあまりに大きく、そこに衝撃を与える黒獣もまた大き過ぎた。結果、ミディアは結界の強度を上げるために自らへの負荷を考えずに呪力を放出してしまい、腕の【呪力路】を壊してしまった。しかもその損傷は大変激しく、付近の筋まで傷めてしまったらしい。
ミディアが限界を超えてまで十数名の人間を守り通したことは、すばらしい。でもこうして自分の身を傷つけてしまったことについては、喜べない——どころか、とても悲しく思っているし、心配だった。
——筋は治せると思いますが、私には呪力路までは難しいです。
街にはたまたま巡礼途中の癒し手が居合わせており、テイトはすぐに彼女を探し当てたが、返ってきた答えは芳しいものではなかった。呪部門の先生を父に持つミディアにとって、呪が自由に使えなくなるという事態は辛かろう。そう考えたテイトは、彼女へ頼むことをしなかった。
「今日にはもう、例の黒獣討伐のために支部から実戦部隊の人たちが来てくれるんだって。癒し手の人も、一緒に来てくれるということだから」
支部の実戦部隊員に、優秀な癒し手がいるというのは有名な話だ。だがテイトは懐疑的だった。神僕でない者が癒し手になるなんて本来は不可能だ。正規の手段で癒し手になっていない者が、果たして優秀な癒し手たり得るのだろうか?
「難しい顔」
自分の眉間を指さしてふわりと笑うミディアに気づいて、テイトは苦笑いした。
「ごめん。でも、その人がミディアを任せられる人かどうか、ちゃんとこの目で見極めないと」
「失礼なことはしちゃ駄目よ」
「うん、分かってる」
呪力読みにはかなりの自信を持っている。呪の適性や潜在能力、扱う属性やその練度、さらには性格傾向まである程度読み取れるとテイトは自負していた。今回やって来る癒し手が信頼できない人間ならば、中央の大聖堂に赴き、ふさわしい癒し手を連れてくるまでだ。
ミディアが持ちかけた話題で会話に興じながら、テイトは自然と拳を握り締めていた。自分が癒しの呪を使えたならどんなに良かっただろう。できないことを考えていても仕方がないから、彼女のためにできる限りのことをしようと、もう一度指に力を籠める。
「ありがとう」
唐突に、恋人は言った。視線がテイトの拳に注がれていた。考えていたことを全て知られてしまったようだ。
「テイトが私のことを考えてくれているの、分かるわ。嬉しい」
「……ミディアも、ミディアのことを考えてね。こんな無茶な呪の使い方はもうしないで。一人で頑張らないで、今度からは僕を呼んで」
「うん、そうする。心配かけてごめんね」
こんなときでも、ミディアの笑みには一点の影もない。だからこんなにも好きで、いつだって力になりたかった。
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