3:朝日に照らされて

 連れてこられた宿の一室でベッドに横になり、あたしはぼんやりと天井を見つめていた。白軍はさっきの男を捕まえに行ってしまった。そういえば、名前を聞きそびれた。


 瞼が重くて、目が腫れているのが分かる。人前で泣いたのは、随分久しぶりだった。それも、あんなに声を上げて泣いてしまうなんて。白軍は、結局泣き止むまで胸を貸してくれていた。あたしとそう変わらない年だろうに、出来た人だな、と思う。


 白軍は来いと言ってくれたが、この後どこに連れて行ってくれるのだろう。さっきの男に、「エルティまで来てもらう」と言っていたから、北支部の人なのだろうか。支部を頼れば、ユイカも見つかるかもしれない。そう信じたいだけかもしれないけれど。


 朝になったら呼びに来るから、それまで寝ていても大丈夫だと言われていた。でも、眠る気にはなれなかった。一人でいると、どうしてもあの瞬間のことを思い出す。なぜ、もっと頑張れなかったのだろう。どうしてユイカがさらわれるのを許してしまったのだろう。これからユイカはどんな目に遭うのか。あたしはこんなところで寝そべっていていいのか。いいはずがないけれど、それなら、何ができるだろう? 行き先が貴族のところだろう、ということくらいで、どこに向かえばいいのかも分からない。男たちを追おうにも、気を失っている間にかなりの時間が経ってしまっているのは明らかで、手掛かりをどう探していいかも分からない。こうしている間にも、ユイカは。ぎり、と奥歯を強く噛み締める。居ても立っても居られない気持ちでいるのに、何もできない自分が呪わしくてどうにかなりそうだった。


 こんこん、と扉が音を立てる。はっとした。考えるのをやめて、身体を起こす。扉に寄って、すぐに開けた。さっきの白軍が立っていた。


「遅くにごめんな。明かりが漏れてたから。これ、ユウラのだよな?」


 左手に、花を入れた籠を持っている。あそこに散らばっていた花を集めてくれたのだろう。差し出されたので、頷いて受け取った。どこまでも優しい。


「明日、エルティに向けて発とうと思ってるけど、行けそうか?」


 あたしが眠れていないのを知っての言葉だろう。それにも、頷いておく。馬車なら一日かからない道のりだったはずだ。一日眠れなくても大丈夫だろう。


「……あの。聞きたいことがあって」


 白軍が頷いてくれたので、あたしは扉を大きく開いた。


「もう遅いから……他の人の迷惑になるのもよくないし、よかったら」


 部屋の中に来るよう勧めてみると、白軍は一瞬考えてから、「じゃあ」と応じて進み出た。椅子がちょうど二つあったので、机を挟んで向かい合い、座る。


「あなたは、北支部の人?」


「ああ、そういえば名乗ってなかったな。北支部実戦部隊在籍で、名前はセト。任務帰りで、ここで一泊してからエルティに帰るつもりだった。オレ以外にも三人いる」


「なら、これからエルティに連れて行ってくれるの?」


「ユウラがよければ、そのつもり」


「……でも、あたし、エルティに知り合いはいないわ」


「どこか他に行きたいところがあるなら行けるよう手配するし、エルティに留まりたいなら、当てはいくつかある。ユウラはどうしたい?」


「当て?」


「働きたいなら、知り合いが宿をやっているからそこを紹介するし、支部も人手不足だから、そっちも紹介できる。あ、もちろん事務な? オレが紹介できるのはそれくらいだけど、探せばもっと働き口はあると思う。働くのはって話なら、保護施設もあるし」


 黙ったあたしを、白軍——セトもまた黙って見つめた。返事を待ってくれるつもりらしい。


「……どうしてそんなに親切にしてくれるの?」


「支部の人間なら、誰でも同じことをすると思う、し」


 セトはあたしを見て、少し微笑んだ。


「あんなに泣いてるところを見たら、放っておけない」


 顔が赤くなるのが分かった。恥ずかしい姿を見せてしまったと、今更ながらに思う。


「普段は泣かないの。ちょっと、色々あって」


「落ち着いたならよかった」


「セトさんは」


「セトでいい。年も近いだろうし」


「……幾つ?」


「十五。ユウラは?」


「あたしは、十四」


「一歳差なんて、同い年みたいなものだよな」


 村にも同年代の人は何人かいたが、目の前のこの人は比較にならないほど大人に見えた。確かに容姿の話をするのなら年相応だけれど、表情や雰囲気が、とても大人びていると感じる。


「セトは強いのね。白軍の兵の人たちは皆そうなの?」


「ああいうのを取り締まれないといけないから、そのための訓練は皆してる」


「そう」


「兵に興味があるのか?」


「少し」


 強くなれば、ユイカを取り戻しにいけるだろうか。槍なら昔父さんに少しだけ手ほどきを受けたけれど、白軍のように黒獣を倒したり犯罪者を捕まえたりできる腕は当然ない。


「それもそれで、もちろん歓迎するけど。急ぐことでもないし、とりあえず一度エルティに来てから考えろよ」


「うん」


 焦る気持ちがなくなったわけではなかったけれど、誰かと話していた方が落ち着けるのはそうらしい。それに、がむしゃらに独りで何かをしようとするよりは、道が拓けたような気もした。


 結局夜明け方まで話に付き合ってくれたセトにまた感謝を重ねながら、朝日を見つめる。光に照らされると、上を向けている自分を自覚して、あたしは少しほっとした。

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