第51話 大魔術師の妖精ショー

 大魔術師と紹介されたアスバークは、白髪の長い髪を横にたらして三つ編みにし、その先を赤いリボンで結んでいた。顔立ちは少女のようで、年頃は十三、四くらい、黒いローブはサイズが大きいようで、袖は腕まくりしてある。


(あの子は)


 アリアはすくみあがる恐怖にからだを固くした。


 彼を見たことがある。以前、クロヴィスが通っていた寄宿学校に侵入したとき、声をかけてきた少年だ。だが奇妙なことに、あれから五年以上経過しているにもかかわらず、少年は以前のまま、ひとつも年齢を重ねていない。


「まあ、本当にアスバークさまなのですか?」


 伯爵夫人イゼルダが驚きの声をあげる。少年は再びぺこりと頭を下げ、「そうですよ、夫人。ぼくがあのアスバークです」とにっこりする。


「しかし、なぜ?」


 マルシャン伯爵が問うようにクロヴィスに視線を向ける。クロヴィスは「途中で会ったんだ」と肩をすくめる。


「そうなんですよ、マルシャン卿。弟君が街のゴロツキどもにからまれていたぼくを救いだしてくださったんです」


「ゴロツキ?」


 ますます当惑する伯爵に、アスバークはくすくす笑いながら説明する。


 それによると、アリアの誕生パーティーに出席するため、クロヴィスは国境からマルシャン領に帰郷する途中、アリアのプレゼントを用意しようと王都に立ちよったのだが、そこで暴徒にからまれている少年を見つけたという。


「ぼくが困っていると、颯爽と弟君が現れましてね。あっという間にゴロツキどもを蹴散らしてくれましたよ」


 助け出した少年は、クロヴィスに礼を述べたのだが、そのとき身分も明かした。自分はあの大魔術師アスバークなのだと。


 それだけでも驚いたクロヴィスだったが、さらに少年は「姪御殿のパーティーに行かれるのなら、ぼくがちょいと余興のひとつもしてさしあげましょう」と提案してきた。


 大魔術師の術を間近で見る機会などめったにない。喜んだクロヴィスは、ぜひにと頼み、アリアへのプレゼントにしたのだ、とのことである。


「そういうわけでして。心優しい弟君と愛らしいご息女に喜んでいただきたく、こうして足を運ばせていただきましたよ」


「それはそれは」


 伯爵はそう応じたが、まだ戸惑いが抜けていないようすだった。しかし、アスバークが指をくるくるっと回すと、伯爵はパッと笑顔になり、「それは素晴らしい」と声を上げる。


 それまで、突然の大魔術師の登場に言葉をなくしていた客たちも、伯爵の声に歓声と拍手を鳴らした。伯爵夫人イゼルダもアリアに「よかったわね」と顔中をきらきらさせて喜んでいる。


 アリアは隣で「本当にあのアスバーク? 大魔術師の? すっげー」と興奮しているコルファをしり目に、ぞくりと鳥肌を立てていた。


 アリアも大魔術師アスバークの存在は知っていた。小説には不思議と登場しなかった魔術師だが、この世界でアスバークの名を知らないものはいない。彼の功績はあらゆる書物に乗っていたし、他国にもその名をとどろかせている。


 魔力を持つものが減ったジャルディネイラにおいて、アスバークの存在だけが、この国がかつて魔術師によって建国された地であることを証明していた。そんな人物であるから、歳をとらない少年のままの姿をしていても、おかしくないのかもしれない。


 だが、この場の異様な雰囲気にアリアは警戒心を抱く。突如わく歓迎ムードに、アスバークは笑顔満面だが、その目は抜け目なく光っている。その視線が、ついとアリアに向いた。


 アスバークは斜めに見るようにしてアリアに微笑をよこした。そうして遠くへ視線を外したかと思うと、くくくっと笑って肩を揺らしている。


 アリアもその方向へ目を向けると、パーティー中は立ち入り禁止になっていたはずのオオカミ、ウルウルが大広間のすみに座っていた。


 アリアはウルウルを呼ぼうと手を伸ばしたが、白毛のオオカミはまっすぐに魔術師のそばへ行ってしまう。そして彼の足もとに座ると、「ふすっ」と鼻を鳴らしてアリアのほうはひとつも見ようとしなかった。


 有名人の登場に周りが興奮しているなか、その彼を招いた当の本人であるクロヴィスは仏頂面で腕組みしていた。彼も違和感のようなものをかんじていたのだが、秩序だって考えようとすると頭にもやがかかってイライラする。


 それもそのはずで、アスバークは魔術を用いて人心を惑わしていた。強力なものではないが、クロヴィスもわずかに術の影響を受けている。


 冷静になって考えれば、国王にも影響力を持つという偉大な魔術師が、ひとりで王都を散策していること自体あり得ない。まして街のゴロツキにからまれて対処に困るなど複数の悪魔を支配下においている魔術師に起こり得るだろうか。


 これらはすべてアスバークの自作自演だった。


 ゴロツキも悪魔が人間に化けたもの。クロヴィスが通りかかるのを見計らい、アスバークの脚本どおりに動いただけだ。


 悪魔たちは昨夜みっちりしごかれたおかげで、周りが震えあがるほど恐ろしいゴロツキに変身したし、助けを呼びにいったお嬢さん役の悪魔も、「士官さま、お助けください。子どもが瀕死の状態ですわ」と取り乱して、ばっちりクロヴィスを呼びよせてくれた。


 軍の制服を着ているときに、そう大きな声で呼びとめられ、ぐいぐい手を引いてくる相手を無下にも出来ず、クロヴィスはうんざりしながらアスバークの茶番に乗ってしまったのだが、あれよあれよと術の影響もあり、いつの間にか、アスバークを伴って帰郷していた。


 そうしてアスバークはマルシャン邸に訪問する理由を得たのである。しかしクロヴィスは元来、自尊心が強いためか、術の影響を受けても、魔術師に対して不信感は抱いているようだ。


 彼は無礼承知の鋭い視線でアスバークを見やると、


「それで、約束のショーはしていただけるんですよね」


 と催促した。アスバークは「もちろん」と明るく応じると、「ご覧に入れますのは、世にも珍しい妖精のエティです」そう指を鳴らした。


 すると彼の頭上にぽんっと音を立てて何かが出現した。


「ハロハロー。あたちエティよ」


 妖精だ。手の平サイズで背に透明な羽がついている。ふわふわとした赤毛、顔には蝶をモチーフにした仮面をつけていた。その下からクリクリと好奇心に満ちた緑色の目がのぞいている。


 手に籐かごを持ち、もこもこの白い毛皮のワンピースを着ている妖精は、「ぶーん」と声をあげながら、客たちの頭上を飛び回りはじめた。


「まあ、妖精なの!」「幻術かしら」「本物?」「もっと近くに来て」


 わあわあとにぎやかになる広間。妖精エティは高速で「ぶいーん」と飛んだあと、今日の主役であるアリアの顔の横まで飛んできて、「ぴぴっ」と急ブレーキした。


「おめでとー、おめでとー。たんじょび、ハッピー、ちゃんちゃんピー」


 籐かごの中にはバラの花びらが入っていたらしく、それをアリアに向かって、ばんばんと降らせてくる。アリアは「あ、ありがとう」と答えたが笑顔が引きつる。


 妖精エティはかごの中の花びらがなくなると、「パッピィィ、もっとー」とアスバークのもとへ飛び戻った。アスバークが手をふわりと軽く動かくすと、広間の天井からピンク色の花びらがたくさん舞い降りはじめた。


 花びらは髪や手にふれると溶け消えていく。


 客たちは、降り注ぐ花びらの雪に魅了された。アリアもぽかんと天井を見上げていたのだが、誰かが近づいてきた気配にふと気を引かれる。と、真横にアスバークがいて、アリアのひたいを、とん、と指でついた。


 ぐらっと視界が回った。気が遠のく。アリアがアスバークの腕のなかに倒れ込むと同時に、それに気づいた母イゼルダの悲鳴があがる。


「アリア!」


 ざわりとどよめきが起こり、花びらの雪がやんでいた。

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