第8章(11歳)

第49話 アリアのお誕生日パーティー

 アリアの十一歳の誕生日パーティーが開かれた。


 国境警備についていたクロヴィスもマルシャン邸に顔を見せる。が忙しいらしく、パーティーの途中から参加して、その日のうちに戻るという。


 大広間の絨毯に座り込み、大量にもらったプレゼントの開封に精を出していたアリアはクロヴィスの到着に飛びあがって喜んだ。しかし彼に抱きつく前に自制心が浮上して急ブレーキをかける。


「おにいさま」アリアの声は低い。

「どうしてこのあいだ嘘をついたの。アリアに会いに来て下さらなかったわ。半月は滞在するって約束したのに」


 クロヴィスを見ると脳髄反射で媚びを振りまくのが常となっていたアリアだったが、ここは彼女のプライドが勝ちを得たかたちだ。


 クロヴィスは旅行後、マルシャン邸に滞在せず、そのまま国境警備に行ってしまった。仕事とはいえ、計画的なスケジュールを組めば邸に滞在できたはずである。


 もし時間に余裕がなくなったのだとしたら、随行したコルファとなるべく長く過ごすために、自分を無下に扱ったのだと、アリアは疑念に目つきが鋭くなっていく。いうなら「わたしよりコルファをとったのね」ジェラシーである。


 もちろんアリア自身はクロヴィスを慕っているわけじゃない。ただこれは命にかかわることなのだ。クロヴィスを自分に惹きつけておかないと、のちのちあっさり処刑されないのだから。


 それを阻止すべく、いままで苦労してきたのである。なのに、その計画を邪魔する存在が現れた。永遠のしもべだと思っていたコルファがまさかの寝返りである。


 クロヴィスをめぐってコルファと争うことになるとは思わなかったが、人生とは予想がつかないから人生なのだ。


 アリアはコルファの目を自分に再び戻し、彼を通してクロヴィスを攻略してやろうと考えたものの、コルファに色仕掛けする自分も、媚びをうる自分も受け入れがたく、むしろコルファと疎遠になってしまった。最近ではふたりで遊ぶことも少なくなっている。


 これに歓喜したのは忠実なメイド、スージーだ。


 アリアお嬢さまをすっかり小僧にとられたと思っていたスージーは、アリアが外で遊ぶよりも刺繍や編み物に興味を持ちはじめたことに狂気乱舞した。


 お嬢さまもお年頃になったのね、などとのたまったが、アリア自身はべつにそういうことじゃない、なんなら中身はずっとお年頃である。


 だから、たまに外に出たがるが、スージーを従えてのピクニックや庭の散策なので、コルファの出る幕はなく、彼は放置されている。


 コルファはアリアの急変に戸惑ったが、持ち前のポジティブさで「いまは倦怠期なんだ」と納得していた。あの年頃の女の子は扱いがむずかしいと騎士団連中から聞きかじっていたので、いまは鍛錬の時と、コルファは武芸に励むことで、のちのちアリアを驚かそうと企んでいる。


 そういうわけで、アリアの綿密な死刑回避計画に陰りが出ている昨今。


 彼女にしてみると、忠実なしもべコルファは騎士団に入るべくアリアと遊ぶより鍛錬にいそしみ、ひいてはクロヴィスの従卒になりたいと彼に夢中だ。


 冷血叔父クロヴィスを攻略しようと数年媚びまくってきたのに、結果は姪よりもコルファのような少年を囲う始末、アリアなど二の次とくる。


 スージーだけはいまも忠実で、小説にあったバウスとは彼女で決まりだろうと思いはじめていた。アリアのばあやだったバウス夫人はスージーに場を譲り、アリアの十一歳の誕生日を機に引退することになったからだ。


 これはアリアが自ら小説の筋書きを変えた結果なのか、本来の筋書きのままなのかわからないが、アリアが味方だと確信できるのはスージーだけなのはたしかだ。その点だけは良い兆しかもしれない。


 しかしクロヴィス攻略と等しく重要な、婚約者の第六王子ロザリオとの初対面は失敗に終わった。アリアは小説よりもインパクトのある印象を彼に与えたにちがいない。のちに彼はグレイスに「彼女はわたしのことを見下し、罵倒してきた」と述べるだろう。


 全体として運気が下降気味なときに迎えた誕生日である。

 

 ここから盛り返して未来を輝かしいものにしたいが、現在のアリアはやや精神的にお疲れなのだ。よってクロヴィスに対しても、へんなところで肝が据わってきている。怒るなら怒れ、殺すなら殺せ、とアリアはでんとかまえて叔父と向き合った。


 久しぶりに会ったのに、じっとりした恨みがましい眼差しを向けてくる姪に、さすがのクロヴィスも狼狽した。ちゃっかり抱きつかれる仕様で広げていた手のやり場にこまり、肩を凝ったふりで間の悪さをごまかす。


「やけに愛想がないな。来るんじゃなかった」


 悪態をつけばアリアが「そんなことないわ」とあわてて抱きついてくるかと思ったが、この日のアリアは媚び力が低下しているのだ。じっとり目のまま無言で立っている姿は呪い人形のようにおっかない。


「あっ、クロヴィスさまあ!」


 どんよりしつつあった空気を晴らす元気の良い声がして、コルファが駆けよってきた。へらへらと尾を振る大型犬のように、コルファはクロヴィスにすりよっていく。アリアの目がさらに険しくなった。


「お会いしたかったです、クロヴィスさま。何か召し上がりますか? ローストビーフなんていかがです?」


「おにいさま、プレゼントはないの?」


 呪い人形アリアがしゃべった。


 しかし、その図々しい発言に、クロヴィスは面食らう。ちゃんとプレゼントは用意してきていたが、素直に渡すには彼のキャラ設定というものが邪魔をして、「ないね」などと返事をしてしまう。


 コルファが「お忙しいのですねえ」とプレゼントを選ぶ時間がなかったのだろう、とクロヴィスの代わりに弁解しはじめたが、アリアもクロヴィスも聞いちゃいなかった。


(プレゼントがないですって? 自分に会えたことがプレゼントとでもいうつもりだったのかしら。ハッ、とんだ俺さま野郎だわね!)


(なんだチビのくせに生意気な。すっかりがめつくなってるじゃないか)


 クロヴィスだって旅行後マルシャン邸に立ち寄れなかったのを気にしていた。アリアに直接みやげを渡したかったし、ちょっかいも出したかったのだ。


 でも着任早々、仕事をすっぽかすわけにもいかない。新人だがすでに部下がいる立場だ。それに兄のマルシャン伯爵に迷惑をかけるのもいやだし、そんなのかっこわるいと思うくらいには、クロヴィスだって成長している。


 クロヴィスとしては、自分に会えなくてがっかりしたアリアが、こうして誕生日にはちゃんと顔を見せたことで狂喜乱舞すると思っていた。


 だが、どうだ。ひとつも可愛げがない。


 ちょっと前までは、あほみたいに「おにいちゃま、おにいちゃま」とキャンキャン騒いでいたくせに、いまは呪い人形みたいに突っ立って「プレゼントは?」と物をせびってくる。


 アリアはぷいっと向きを変え、再びプレゼントの開封に取りかかりはじめた。クロヴィスはその姿にむっとして、


「まだぬいぐるみに興味があるのか。子どもだな」


 と大きな声で発言した。ちょうどアリアが開封した袋にくまのぬいぐるみが入っていたのだ。アリアはぴくっと反応したが、


「そうよ。くまちゃん大好きだもの」


 ぎゅっとくまを抱く。くまは水兵の格好をしていた。誰からのプレゼントかカードを確かめると、『スヴェン・スチュアート』とある。


「あ、スヴェンからだわ。さすがあたしの好みをわかってる!」


 べつに好みじゃなかったが、嫌いでもないのだ。アリアは思いっきり喜びを爆発させて、くまをぐりぐりなで回した。


「スヴェンね」とクロヴィス。

「あいつ船酔いするのにまだ海軍にいるんだぜ。今頃、海の上さ」


 だからあいつは今日ここに来ていないのだ。でもおれはこうしてパーティーに足を運んでいる、感謝しなさい、といいたげな口ぶりのクロヴィスだったが、アリアは無視した。


「お次は……あら、これは?」


 アリアが次に手にしたのは汚れの目立つ雑紙にくるまった下手くそな絵だった。鉛筆で描いたのか黒の濃淡はあるものの、何を描いているのか、そもそもどちらが上下なのかもわからない。だが熱の入りようは伝わってくる不気味な絵である。


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