第47話 ウルウルは「悪魔」と呼ばれるのが嫌いだ

 月は出ていなかった。


 しかし彼の周りだけは、ぽわりとやさしい光が灯り、彼自らが発光しているようだった。魔術だ。さほど難しい術ではないが、それでも集中力は必要とする。それを造作なく、呼吸ほどの意識もなくやってのけるのは、やはり彼が現世最強と呼ばれるゆえんだろう。


 王妃の庭に深夜、男がひそんでいるとなると問題になりそうだが、相手が魔術師アスバークとなると、誰も咎める者はいない。


 とはいえ、彼だって誰かに目撃されて、不審に思われるのは好まない。誰も来ない、見ない、とわかっていて、ここにいる。


 彼は探しものをしていた。もう十五分はこうしているのだが、目当てのものが見つかる気配はない。援軍を呼ぼうか、と彼が手を宙にあげたとき、


「なにをやっているんです?」


 その声にアスバークは「あー、お前か」と苦笑する。


 他の悪魔を呼ぼうとしていたが、こいつでもかまわない。ただやつにミスを知られるのは多少不満ではあるが仕方ない。困っているのは事実だ。アスバークはにこやかに振り返る。


 ウルウルが庭園に出現していた。今日は久しぶりにカラスになっていたのだが、アスバークはそれを見て、口をすぼめる。


「おい、なぜオオカミじゃないんだ。指示を無視するな」


 ウルウルは、ふんっといいたげな目をしたが、次の瞬間には白毛のオオカミに変身していた。


「ご指示はオオカミの姿でアリアを監視せよ、でしたからね」


 だからカラスになってもいいじゃないか、それに夜の白毛は目立つのだから、そうウルウルは反論したかったが、アスバークにむかって肩を(オオカミの姿だが)すくめてみせるだけ。口論は好まない。


「お前は本当にカラスが好きなんだなあ」


 ローブの袖についた葉をつまみ落としながら、アスバークは笑う。ウルウルは「飛びたいので」といつもの返しをよこした。


「青い鳥や白い鳩でもいいじゃないか。闇夜にカラスとは、いかにも悪魔らしい好みだな」


 と、アスバークは口にして、ウルウルがむっとしたのに気づいた。彼は悪魔呼びされるのが嫌いなのだ。案の定、ウルウルはそっぽを向きながら文句をいう。


「我々を『精霊』と呼ぶ国もあるのですがね」

「知っているよ」とアスバーク。にやっと笑いながらつづける。


「でもぼくは『精霊師』ではなく『魔術師』と呼ばれているからね。だからぼくが召喚したきみたちは『精霊』ではなく『悪魔』になるんだ。まあ呼び方にそうこだわるなよ。それより、実は――」


 探しものを見つける手伝いを頼もうとしたアスバークだが、今日のウルウルはご機嫌ななめらしく、「悪魔は好かないんですがね」と珍しくしつこい。


「わかったよ。以後気をつける。失言だった。実は困っていてね。そちらに気をとられていて配慮をかいたのだ。にしても、なぜそうも荒ぶっているんだ。飼い主ともめたかね?」


 ここでいう飼い主とは召喚者のアスバークではなく、アリアであることはウルウルにもわかった。しかし、「はて、飼い主とは?」とすっとぼける。


 アスバークは「アリア嬢だよ。今日は特別な日だったろう。第六王子の印象をきみに話したかね?」と話を振ったが、ウルウルは「目新しい情報はありませんよ」とつっぱねた。


 アスバークはやれやれと首を振る。それから悪魔の不機嫌な理由を知るため、ウルウルの記憶を探ろうと目を凝らしたのだが、魔力でガードされてしまった。


「やめていただけますかね。頭の中をのぞかれるのはムズムズしますんでね」


「わかったよ。本当に機嫌が悪いのだな。カラスになりたきゃなるといいさ。好きなだけ空を飛べよ」


 だがウルウルは「それはご指示ですかね。指示なら従わないわけにはいかない身なのですが?」と嫌味ったらしい。


 ウルウルに反抗心が芽生えた理由は、些細なきっかけからだった。さっきアスバークが「悪魔」と呼んだからだ。それにむかっ腹が立ってならない。


 いや、今日はずっとムカムカしていた。アリアが昨晩から神経質になっているのが気に入らなかった。第六王子に会うことに神経をとがらせていてウルウルの頭をなでる手はぞんざい、今朝もずっと心ここにあらずだった。


 それが帰宅後は、母親にべったりになっていた。風呂にもいっしょに入り、ベッドでもくっついて眠っている。ウルウルはイゼルダの寝室には立ち入り禁止になっていたので、誰もいないアリアの部屋で寝るしかない。


 第六王子の印象を語ってもらえるだろうと予想して待機していたのに、アリアは母親といる。明日になれば何か話すかもしれないが、ひとりの夜が長く感じたので、ウルウルは予定外だがアスバークのようすを見に行こうと思った。


 で、いつもの地下室にいったが彼の姿はない。アスバークのオーラを探って辿り着いてみると彼は王妃の庭にいた。ここは今日、アリアが第六王子と初めて顔合わせした場所だ。そこでいったいこの魔術師は何をやっているのか?


 今日、何か計画を練っているとは、ウルウルは耳にしていなかった。何かたくらんでいたのかもしれないが、自分は知らない。その時点で、ウルウルは少しばかりかちんときた。勝手な指示ばかり出されて、詳しい計画を知らされないのは不満だ。


 いつもなら、こちら側の世界で何が起こっていようと関心を持たないウルウルだが、最近はずっと召喚されっぱなしで魔力が枯渇気味だ。労わりがほしい頃合いに、誰もかれもが自分を軽んじているようにかんじて、彼は不機嫌になっていた。


 そこに「悪魔発言」が飛び出したので、ぴっきーん、とウルウルは頭にきて、ついアスバークと口論しそうになる。そんなことしても面倒なだけなのに。


 所詮、召喚する側とされる側は対等にはなれない。召喚者の指示は絶対で、自分たちはそれを破ることはできないのだから。もし破ったら契約違反で消滅してしまう。消滅すると本来いる自分たちの世界に戻ることもできない。


 いちばんは誰にも召喚されないことだが、魔術師たちが存在する以上、彼らは引っ張り出され酷使される運命なのだ。


 その点、魔術師のなかでアスバークは話のわかる相手なので、ウルウルは良い主人に恵まれたことになるのだが、やっぱり今日のように不満が爆発することもある。


「ウルウル。空を飛べというのは指示じゃない。が、飛ぶなとも指示しない。だから好きにしたまえ」


 反抗期の悪魔にあきれたのか、アスバークはそうため息交じりにいうと、また何かを探しはじめた。茂みをのぞき、手をつっこんでは、ぼそぼそと文句をつぶやいている。


「ったく。どこにいるんだ?」


 ウルウルはカラスではなく巨大な黒鳥に変身して、王城の周りを旋回してやろうかと思った。が、魔力をむだに消費するのはバカらしいと思い、オオカミ姿のままで、主人アスバークが何やらごそごそやっているのをながめることにした。


 と、耳元に羽音がして鼻先を小さな虫がくすぐって飛んでいった。鼻がむずついたので前足でこすったあと、くしゃみをする。アスバークが「寒いのか?」と声をかけてきたが、顔は茂みに向けたままだ。


「おかまいなく」と答えたウルウルだが、また耳元を何かが飛び、笑い声のような羽音がしたので、思いきって、ばんっ、とそいつを地面に叩きつけて捕まえた。


 するとオオカミの肉球の下で、「キュウっ」と何かが鳴いた。ばっと勢いよくアスバークが振り返る。


「おい。その足の下にいるのはエティじゃないだろうな!」

「は? エティとは何です。新種の虫ですか」

「ぼくの妖精だよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る