第41話 楽しい旅行でした。じゃ、ねーよ!
クロヴィスとコルファは秋が深まる前に旅立ち、ひと冬をヨークトルで過ごした。その後、大陸をぐるりと回って近隣国にもより、ジャルディネイラに春を知らせるブルーの花が咲き始めた頃、マルシャン邸にコルファだけが戻って来た。
「クロヴィスさまは、港から直で国境警備に向かいました。ちょっと長居しすぎたんですよね。でもたくさんお土産を買ってきましたよ」
コルファはにんまり笑う。彼はまた背が伸びたようで、遠目には青年に見える。ただ顔はにきびができていたし、締まりのない口はあどけなく、歯には矯正器具がついていた。
「クロヴィスさまが『その歯を全部抜いて入れ歯にしろ』とおっしゃるので、カーマインさまが歯医者を紹介してくださったんです。違和感ありますけどね、これをつけていると歯並びが良くなるみたいで」
コルファは船や汽車に乗り、外国を見て回った優越感からなのか、年上の使用人たちにも饒舌に旅の思い出を語った。うらやましがる者も多かったが、古参の者は、あのクロヴィスさまについてよく無事に戻ったな、と感心する。
「クロヴィスさまはご立派な方だよ。どこへいっても人気者でね。おれも鼻高々だった。ご婦人たちは競ってクロヴィスさまの気を惹こうとするんだけど、クロヴィスさまは『お前といるほうがいい』ってさ」
ほおー、と聞き手たち。コルファはむふっと自慢げに胸をそらせた。
クロヴィスとしては、化粧くさい令嬢の相手をするより、蹴とばしても笑っているようなコルファといるほうが楽だという程度の意味だったが、コルファは都合のいいように解釈している。
クロヴィスは当初の目論見どおり、秘密裏にコルファを処分するつもりだったが、カーマインに相談したところ、「アリアちゃんに恨まれるぞ」と説得されてしまったため、魚の餌にするのは踏みとどまっていた。
どうやったら自分に疑いがかからずにコルファを亡き者にできるのか、クロヴィスはずっと考えている。が、いまのところいい案が思いつかず、コルファはまだ生きている。
「あの方はおれと相性がいいんだよね。いずれ、おれはあの方の従卒になろうと思うんだ。うんと鍛えて、外国語もマスターする」
コルファの夢はでかい。
お前はわたしの護衛じゃなかったのかよ、とアリアはコルファが口を開くたびにぶっ叩いてやりたくなった。
アリアも、最初はコルファの旅行話に興味深げに耳を傾けたが、だんだん憎たらしさのほうが勝ってきて、どうしてクロヴィスはこいつを海に沈めてこなかったのかと苦々しく思った。
アリアだって旅行したかったし、カーマインにも会いたかった。
カーマインの婚約者がどんな女性なのか、アリアは聞きたかったが、コルファは自分が話したいことばかり口にして、たまにアリアの質問に答えたかと思えば、「えっと、美しい人だったよ」とか「髪の色は茶色だったかな」と、つまらない返答ばかりする。しかも次のときには、「髪の色は黒だった」といい出す始末なので参考にならない。
「おにいさまは、どうして戻って来ないのよ」
半月は邸に滞在する約束だったのに、クロヴィスはそのまま国境警備についてしまった。ちょっとくらい立ち寄る余裕もなかったのだろうか。コルファから「クロヴィスさまからだよ」とお土産のブローチやオルゴール、ウルウルによさそうな首輪をもらったが、ひとつも嬉しくない。
「あたしはおにいさまに会いたかったの!」
アリアはすっかりふてくされてしまった。
自分の崇拝者であったはずのコルファは「クロヴィスさま、クロヴィスさま」と浮かれてばかりいるし、遊ぶ約束をしたクロヴィスは邸に顔も見せに来ない。さっさと職務につくなんて真面目野郎かっ。
アリアは部屋に閉じこもると、枕を何度も殴りつけた。悔し涙まで出てくる。クロヴィスをコルファに奪われた気持ち、いや、コルファをクロヴィスに奪われた気持ちか、いやいや、どちらも違うが、とにかく悔しいのだ。許せない。
「なーにがっ、楽しい旅行でした、だ! 裏切り者、寝返り野郎、お前なんかとは、もう遊んでやんないんだからね」
コルファがムカツク。にょきにょき身長ばかり伸びて。あんなんじゃ盾にもならない。もういい。あいつを当てにして将来の計画を立てるのは止めよう。
「クロヴィスだって、『また遊んでやる』っていったじゃないの。せっかく休暇中に『でれでれクロヴィス、アリアの虜だぞ♡作戦』を考えていたのに。あたしの美少女オーラで腰砕けにしてやろうと思ったのにいいいいいい」
アリアよりコルファが好きなのか。ああいう少年が好みなのか。そう思うとアリアはクロヴィス攻略方針を根本から考えなければいけない。
あのひょろながコルファが気に入っているのなら、コルファを通してクロヴィスを攻略する方法もある。コルファのお願いならなんでもきくようにすればいい。
となると、アリアはもう一度コルファをアリアの忠実なしもべにして、アリアのことはなんでもきくように仕向けなければいけない。
「大変だわ。あたし、いったいどこから手をつけたらいいのかしら」
コルファに好かれるために、アリアは何をすればいいのだろう。媚びを売るのか、あのコルファに? 美少女オーラで腰砕けにしてやる??
なんだかものすごくげんなりしてくる。コルファにしだれかかる自分を想像したアリアは、この計画はやめるべきだと悟った。
(そういえば、小説でアリアはコルファとは主従以上の関係を持っていたらしいのよね。それってつまり……)
その箇所を読んだありさは、からだを使ったのだろうと思った。気色の悪さの極みである。悪女アリアはそこまでやってでも、コルファを自分につなぎとめておきたかったのだろう、彼女の味方は少なかった。
大陸一の美女といわれた悪女も落ちるところまで落ちたというべきか、それをやってしまうからアリアは悪女だったというべきか。
とにかく自分もそうせねばならぬのかと思うと、アリアとしてはノーサンキューなのである。彼女は耐えてもほっぺにちゅーまでだ。それ以上はちょっと……
「パンツ見せるくらいだったらできるかな」
この世界での下着はありさ時代の感覚でいうとステテコ程度なので、べつに抵抗はない。ちょっとラブリーなステテコであるだけだ。しかし、やはり下着である。うん、ダメだ。お色気作戦は却下しましょう。
いかにしてコルファを自分のもとへ引き戻すのか。
アリアはのたうち回りながら苦悩していたわけだが、コルファはべつにアリアを裏切ってはいない。彼はいまでも「アリアを嫁にする!」と思っているのである。
コルファは旅行中に学んだことがある。それはクロヴィスさまに認められれば、『祝♡アリア嬢と結婚』の夢がぐっと近づくというを。
マルシャン家の当主はマルシャン伯爵だが、マルシャン伯爵は弟に弱いこともわかっている、すなわち、アリアとの結婚でいちばん障害として立ちはだかるのは、あの大天使クロヴィスさまなのだ。
マルシャン家門が所有する赤鷲の騎士団の次期団長は、当主の弟であるクロヴィスが有力だ。彼は士官学校も卒業したし、軍での地位も得ている。
数年後には、彼が団長になっているだろう――つまり、騎士団で実力をつけ、さらに団長に気に入られれば「よし。優秀なお前にはおれの姪を嫁にやろう」となる。
クロヴィスさまは自分を旅行に同行させた。クロヴィスさまも初の海外旅行だったときく。大事なご友人に会いに行く、大切な旅でもあった。
まちがいない。
これは「お前には期待している」というメッセージだ。厳しい方だが、それはアリアの夫にふさわしくなるよう鍛えてくれているから。応えましょう、その期待!
……という、ひどくおめでたい発想でもって、コルファは虎視眈々とアリアを狙っている。
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