第54話 アルティチウム合金




 邪魔にならないよう様子を伺いながら、俺は部屋の奥へと入っていく。

 ここはガーディアンズの研究開発室だ。周辺では白衣を着た研究員さん達が集中して何か作業している。普通の高校生ではまず手にしないであろう機械を扱いながら、黙々と薬品や何かの回路を研究員さん達が触る光景は、いかにも最先端といった感じだ。

 ここでガーディアンズの武器や機械、衣類、乗り物、治療薬などなどが開発されている。当然、機密性も高いため、ここまで来るのもそこそこ面倒くさい。


「和泉さん、います?」

「あぁ、いるよ。あっちだ」

「どうも」


 俺が訊ねると近くにいた研究員の一人が奥の方を指さして答えてくれた。俺は礼を言って、そのまま更に奥へと進む。

 すると、デスクに見知った研究員が作業していた。


「和泉さん」

「ん? なんだ君か」


 声をかけると、その研究員はこっちを見て、着けていた防護グラスを外した。


 この人は和泉さん。ガーディアンズ本部の研究員で、この研究開発室の室長補佐でもある。

 短めの頭髪に、そこそこ端正な顔立ち、研究員らしく清潔感のある風貌。年齢はおそらく三十代。研究員の中では若い方だが、年齢のわりに頭が良い。性格も落ち着いていて、俺が今まで見てきた科学者と呼ばれる人の中では、一番まともな男性だ。

 専門分野が無機化学らしいってのは何となく分かるが、研究している内容については高校生の俺には、周りの高そうな分析装置も含めて、専門的過ぎて全く理解できない。


「君がここに来るのは珍しいな。何か用か?」

「ロッドを取りに来ました。明智さんから、和泉さんが持っていると聞きましたので」

「あぁ、それならあそこだ。必要なことはもう済んだし、持っていっても構わないよ」

「どうも」


 俺はケースのような実験デスク……ドラフトチャンバーというらしい、その中に置かれたスネークロッドを見つけて手に取った。ざっと見た限りでは特に何か変わったところはない。


「一体、何に使ったんです?」

「アルティチウムの分析に少しね」


 肩にのせるようにして持ちながら訊ねると、作業デスクに置かれたマグカップを手に取った。

 スネークロッドの元になっている、アルティチウムという元素はかなり希少で、チタンより丈夫で軽く、ダイヤモンド並みに傷つけにくい特性を持っている。だがその分、加工がとても難しいようで、実用法などは、まだ研究段階のものが多い。スネークロッドも、大昔に『玄武』の松風さんの祖父が知り合いから譲り受けたとかで、どうやって作ったのかは謎とのことだ。

 なので、俺が使っていない時には今回のようにサンプルとして研究室に持っていかれて調べられることが偶にある。


「これから出動か?」

「えぇ、蜂の巣駆除に工場まで」

「そうか。刺されないように気を付けるんだな」


 実は、もうすでに刺されてます。


「では、お邪魔しました」

「……あぁ、そうだ。ちょっと待った」


 その場を後にしようとする俺の後ろ姿を一瞥しながらマグカップに入ったコーヒーを飲んでいると、ふと和泉さんが思い出したように声を上げて、俺を呼び止めた。


「実は研究の過程で面白いものが完成してね。君の戦闘にも恩恵のあるものだろうし、良かったら持って行ってくれ」

「何ですか?」


 和泉さんは部屋のすみにある収納棚から、何かを取り出してデスクに置いた。

 それは、何の装飾もない四角い金属の塊を薄い紙で包んだもので、見た感じは手の平サイズの鉄板って感じだ。厚さは二センチないくらい、ちょうど俺のスマートフォンと同じくらいの大きさだ。

 包んでいる紙は、もしかしてオブラートか?


「アルティチウムととある元素を混ぜた合金だ。もともとはアルティチウムの特性を知るために作ったんだが、調べたところ、この合金はその一方の元素の特性を強めることが分かったんだ」

「その元素って?」

「ナトリウムだよ」


 和泉さんはズズッとコーヒーを飲む。


「高校生の君でもその性質は知っているだろう?」

「まぁ、黄色に燃えることとかなら……」


 あとは、ナイフで切りやすいとか、灯油に浸けて保存するくらいかな。

 塩化ナトリウムや水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどなど、単語だけなら高校化学だけでなく理科の教科書から何度も目にする。


「加工の難しいアルティチウムと、様々な触媒を試しながら反応性の高い元素を合わせたらどうなるのかという実験の中でできたものでね、同じアルカリ金属のリチウムやカリウムでは何もなかったのに、何故かナトリウムだけにこの特性が見られた」

「へぇ、どうしてですか?」

「分からない。それを調べるのが今後の僕の仕事だね」


 俺は「ふーん」と頷き、デスクに置かれた金属板を手に取った。

 硬さや重さはそれなり。オブラートに包まれているとはいえ触った感じは鉄を触るのと変わらない。


「特性を強めるって言いましたけど、具体的にどんな?」

「水に浸るとクーロン爆発する」

「えっ!」


 思わずビックリして落としかけたが、俺は何とか落とす前に金属板を掴み取った。

 そんなものを、まるで適当にお菓子をあげるような感覚で渡さないで欲しい。


「安心しろ。単純なナトリウムと違って、ただ単に水へ浸けても反応はしない。実験でも確認済みだ。その合金が反応を起こすのは、水中で9.17気圧以上の圧力が掛かった時だけだ」

「条件が限定的なうえに、妙に刻みますね」

「無機物とはそんなものさ」


 そうなのか?


「9.17気圧以上って具体的に、どのくらいの圧力なんですか?」

「水深9メートルくらいの所で掛かる圧力だな」


 それなら、まぁ大丈夫……なのか?


「爆発の威力は?」

「その大きさなら、TNT換算でいうとおよそ2から3倍くらい、プラスチック爆弾なら1.5倍かな」

「数で言われてもイメージできないんですけど?」

「それ一発で、大型バス1台が吹っ飛ぶ」


 あぁ、なんかリアルだなぁ。


「おまけに、爆発すれば水酸化ナトリウムとアルティチウムの破片が周囲に飛び散る」

「よく分かりませんけど、いずれにしても、そんな物騒なもの、気軽に渡さないでくださいよ」

「確かに、これを応用すれば機雷などに利用できるだろうが、地上で使うには特性的にもコスト的にもまだまだ改良点が多い。けど、水を操れる君ならうまく使いこなせると思ってね。君専用の爆弾だと思って、使ってみてくれ」


 いや、使ってみてくれって簡単に言いますけど……俺、一応まだ高校生なのですが?

 成人もしてない少年に爆弾を渡すって、どうな神経してるんですか?


「ついでに、使った後には感想を聞かせてくれると助かる」


 ついでじゃなくて、それが目的でしょ?

 実戦で使った実験サンプルが欲しいだけだろ。


「……はぁぁ。分かりましたよ」


 説明は終わりだと言うように和泉さんはまたコーヒーに口をつける。俺はため息つきつつ合金を懐にしまう。

 作戦の黒塗り部分しかり、この仕事が世間の常識や倫理で考えていてはやっていけないというのは、今に理解したことじゃない。


「ん?」


 ふと仕事用の携帯電話が鳴る。


「玲さん?」


 俺は画面の名前を確認した後、通話ボタンを押した。


「もしもし」

『今どこ?』

「研究室ですけど」

『そう。今からあの子達を屋上に連れていくわ。鉢合わせるとマズいだろうから、貴方は先に行って変身してなさい』

「了解」


 それだけ話して、俺達は通話を切った。


「行くのか?」

「えぇ。じゃあ、失礼します」

「あぁ、いってらっしゃい。気を付けてな」


 和泉さんに見送られ、俺はスネークロッドを持って屋上のヘリポートへ向かった。





 ***




 屋上に出ると、俺は建物の高さのわりに穏やかな風を感じながら、ヘリポートに上がった。

 ガーディアンズ本部の屋上にあるヘリポートは、大型輸送ヘリコプターも着陸できるように作られているため、そこそこ広い。

 そこにはもうすでに、これから一緒に出動するエージェント三十人が待機していた。皆、黒色を基調としたヘルメットや防弾チョッキを着用し、今は武器や道具の整理をしている。


「よぉ、水樹」

「雨宮さん、どうもです」


 エージェントの中の一人が、俺に来たことに気づいて手を上げた。

 名前は雨宮賢吾。コードネームはエージェント・ファイブ。ガーディアンズ本部の実働部隊の隊員。

 彫りの深い顔に、強い目力。年は三十路半ば。防弾チョッキを着ていても分かる筋肉質な体は、いかにも兵士といった感じだ。妻子持ちで、七歳の娘さんと四歳の息子さんについて同僚に話しているのをよく見る。


「今回も、よろしくな」

「えぇ、こちらこそ」


 そういって賢吾さんは笑顔で俺の左肩をポンポンと叩く。本人は軽くやってるのだろうが、叩かれた方としてはそこそこ力強さを感じる。

 まぁ、これは賢吾さんなりの挨拶みたいなものだ。

 今日みたいな作戦では、俺と賢吾さんのチームはよく組むことがある。研修の時にも色々と面倒を見てもらい実戦の動き方や戦い方について教えてもらった。


「雨宮さんはどこの班に?」

ブルーだ。足引っ張んなよ」

「そっちこそ、間違えて俺の背中撃たないで下さいよ?」

「おっ、なんだぁ、言うようになったなぁオイ」


 ケラケラと笑う雨宮さんにつられて、俺も頬を緩ませた。周りにいる他のエージェント達も、クスクスと笑っている。


「けどお前、作戦報告の時に聞いたが、今回の敵に撃たれたって?」

「えぇ、まぁ。でもなんとか、この通り大丈夫でしたよ」

「おいおい、弛んでんじゃねぇのか? よくまぁ、さっきの軽口が叩けたもんだ」

「仲間を守るために仕方なく受けただけですよ」

「あー確か、その仲間ってのの一人がお前の彼女なんだっけか? そうかぁ、それなら仕方ねぇよなぁ。よっ、まさしく愛する彼女を守るヒーロー、カッコイイ!」

「からかわないでください。彼女じゃないです」

「まーたまたぁ、ハイドロードちゃんたら恥ずかしがっちゃってぇ」


 ニヤニヤと笑う雨宮さんを、頬を赤くした俺は奥歯を噛みながら睨み付ける。仕返しにスネークロッドの先で小突いてやろうとしてみたが、雨宮さんは横にズレたり後ろにさがったりして、うまく避ける。

 何回か突いてみたが、結果、俺は反撃できず、周りのエージェント達を愉快にさせただけに終わった。

 雨宮さんの避ける動きが無駄なくやけに様になっているのもあって、なんか更にムカつく。


「まぁ、冗談は置いといて、今回の作戦にはその娘達も一緒なんだろ? その子が死なないよう、しっかり守ってやんな」

「……言われなくても、そのつもりですよ」


 口を尖らせながら、俺は雨宮さんへスネークロッドを放り投げた。雨宮さんがそれを受け取ったのを見ながら、俺は腕時計のスイッチを押して盤面に触れ、装着システムを起動させる。

 システムが起動すると、俺の身体がダークブルーのスーツに覆われ、その上からアーマーやマスクが装着される。

 装着システムが実行を終え、俺はハイドロードに変身した。


「ヒュぅぅ、相変わらずクールだねぇ。俺にも一着くれねぇかなぁ」


 そう言って雨宮さんはスネークロッドを投げ返す。


「瞬間着脱機能くらいなら、申請すればエージェントの装備にもつけてくれるでしょう」

「バカ野郎。自分オリジナルのデザインってのがミソなんじゃねぇーか。それに平のエージェントが申請しても、承認が通んねぇーんだよ。そんな機能を装備につける予算の余裕があるなら弾薬や燃料に回すってね」


 確かに。エージェントは俺や悠希よりも何かと金を使う。

 成果や利益の見込みも無しに予算は出ないのか……。


「一般エージェントは万年予算不足だぁ」

「待遇に不満が? でもその分、バイトの俺より良い給料ちゃんと貰ってんでしょう。何なら変わりましょうか?」

「……いや、それは遠慮しとく。俺にはヒーローより平社員の兵士の方が性に合ってる」

「はいはい、そうですかぁ」


 思った通りの返答に、俺は適当に頷いた。




 ***




 しばらく雨宮さんや他のエージェント達と雑談していると、ファングが沙織達を連れてやってきた。


「……あれ?」

「あの子達が例の魔法少女達か。あん?」


 この場にやってきた面々に違和感を覚え、俺と雨宮さんは揃って首を傾けた。


「おい、エージェント・ゼロはどうした?」


 雨宮さんがファングに訊ねる横で、俺は目を凝らすため手で擦ろうとしたが、自身のマスクに阻まれて、一人やきもきしていた。


 雨宮さんには“見えていない”のか?





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