第32話 ファングの恫喝
電柱に隠れていた秋月は、親友の幼馴染こと俺、水樹優人と、初めて見るジャージ少女の上地悠希のやり取りを凝視していた。
「何、あの子?」
《クラスの子じゃないのぉ?》
「いや違う。あんな子、見たことない……と思う」
パートナーのミーの問いに、秋月は自身のない言葉を付け足した。いくらなんでも学校の生徒全員の顔を知っているわけではないので、絶対に違うとは秋月も言い切れなかったようだ。
しかし制服を着ているわけでもないし、今は状況が状況だから、俺が見慣れないヤツと接触して不審に思うのは自然なことだろう。
「とりあえず、監視続行よ」
《おぉー》
手を突き上げるミーと共に、秋月は電柱の影から出て俺達の後を追った。
***
しばらく道沿いに歩き、やがて俺と悠希は駅前までやって来た。見慣れた駅前は相変わらず人通りが多い。ウチの学校の生徒もチラホラと見える。ここまで通って来た道が先日ヒューニと歩いた道と同じだったのは、十中八九偶然だろう。
「どこ行く気だよ? いい加減教えろよ」
「とりあえず、どこか人の少ない場所に行こうとしてたんだけどよぉ……なんか、“変なヤツ”がいてな」
「あぁ」
悠希は顔を俺に向けて視線を後ろへとやった。
やはり彼女も秋月の下手くそな尾行には気が付いていたようだ。
「誰なんだアレ? 知り合いか?」
「まぁーな」
「なんで付けられてんだよお前。何したんだ?」
「別に俺がどうこうしたわけじゃないけど……まぁ、その、色々あってさ……」
悠希は大きな舌打ちを鳴らす。
「適当に撒くぞ。部外者に聞かれると面倒くさい」
「……あぁ」
ここで姿をくらますのは、秋月に余計な疑いを増やすことになるだろうが、ガーディアンズ関係の話を聞かれるのはもっとまずい。
俺の平穏な学生生活的にも、コンプライアンス的にもな。
悠希と俺はわざと人の多い方へ歩を進めた。やがて適当な曲がり角を曲がると、全速力で走り出す。
途中でまた何度か曲がり角を曲がって、しばらく走り続けていると、もう秋月の姿は見えなくなった。
相手が素人とはいえ、尾行を撒くなんて初めてやったが案外うまくできるものだ。
「撒いたか?」
「みたいだな……ウッ!」
俺が肯定するや否や、悠希はまた俺の胸ぐらを掴み、すぐ近くにあった路地裏まで引き込んだ。幅にして1メートルもない狭い通りには、室外機や誰が捨ててるのか分からないポリバケツのゴミ箱が置かれている。周りに通行人もおらず、ドラマや映画で不良がケンカやいじめのシーンを撮るにはもってこいの場所だ。
そんな殺風景な場所で、俺は悠希に思いっきり背中を壁に叩きつけられた。
「なんだよいきなり!」
「お前、なにチンタラやってんだよ?」
まるで脅迫でもしているみたいに、悠希は鋭い目付きで俺を見る。
一般人なら怯えて漏らしてるんじゃないだろうか。これまでいくつもの修羅場を体験してきた俺でも、答え方を誤れば、ただじゃ済まないと予感させるほど、彼女の発する殺気は凄まじい。
悠希にしては“珍しい”。
「なんのことだ?」
「惚けんな! 長官と玲から話は聞いた。お前、ここ最近“アイツ”と繋がりのある仲間と接触してんだろ!」
悠希の言う“アイツ”とは雪井彰人のことだ。そして繋がりのある仲間というのは、ヒューニのことだろう。
彼女がこんなに荒れて、かつ名前を呼ぶのも嫌悪する人間は、他に心当たりがない。
ヒューニが最近、俺の周りに現れているのは長官と玲さんには報告済みだし、どこかしらから彼女の耳にも入ったんだろうなぁ……。
「いや、接触してるというより付きまとわれてるって言った方が正しいというかなんというか」
「どっちでも良い! なんでさっさと捕まえねぇんだよ、お前の実力なら簡単にとっ捕まえられるだろ?」
悠希の壁に押し付ける力が増していく。
いい加減、背中が痛くなってきた。
「いやいや、相手も結構めんどくさい能力持っててさ……。てか何でお前はそんな殺気立ってんだよ?」
「ンなもん、早くその仲間をとっちめてアイツの居場所を吐かせたいからに決まってンだろ!」
やっぱり……。
俺の予想した返答の一文字も違いがない。相違点をあげるとすれば、胸ぐらを掴む手の力が増した点くらいだな。
「そう簡単にいかないから、いまだに確保できてないんだけどなぁ」
雪井彰人の居場所は向こうの取引材料のひとつだ。にも関わらず、こちらが乱暴な手で無理矢理その情報を聞き出そうとすれば、永遠に“本当の事”を話してくれない可能性もある。
それに近接戦闘特化の悠希は、物理攻撃を無効化できるヒューニと相性が悪い。感情的に動けばやられてもおかしくない。
「なら教えろ、ソイツはどこにいる! お前がやらねぇならオレが捕まえてやる!」
「知らねぇよ、いつも向こうが勝手にやってくるんだ」
「じゃあ、お前を見張ってれば、いつか向こうからやって来るってことだな」
おいよせ、お前まで俺をストーカーする気か!
「お前が俺を見張ることで敵の俺への接触自体が無くなるかもしれないけど、それでも良いなら好きにすれば?」
「…………チッ!」
掴んでいた手を荒々しく放しながら悠希は奥歯を噛みしめた。さらに、偶々そばに捨ててあったスチール缶を力任せに蹴りつける。缶はクシャリと形を変えて、左右の壁に乱反射しながら遥か彼方へ飛んでいった。
その苛立ちには事件の進展が無いのもあるのだろうが、彼女の性格を知る俺には“別の理由”もあって気を悪くしているのが分かった。
「……“イヤならやらなきゃ良いのに”」
「うるさい、お前が敵に誑かされてないか確認のためでもあったんだよ!」
それは……お疲れ様ですこと。
「まっ、そうと分かれば、大人しくこの件は俺に任せろ。相手が要求を聞けば社長の居場所を教えてやると言ってるし、上手くやればいずれ手かがりが掴めるさ」
「あぁ、それも知ってる。相手の要求は何なんだ?」
「それが分からないから、俺も慎重になってるだよ」
「適当に話し合わせりゃいいだろ。そして早くあのクソ社長の場所を聞き出せよ」
「無茶言うなよ」
口を尖らせて拗ねたように言う悠希に、俺はやれやれと頭を振った。
ここで突然、どこからか警報のような“アラーム”が聴こえてきた。
「ッ!」
悠希が真剣な顔になってポケットからなにかを取り出す。
その音の正体は、悠希の持っていたトランシーバーのような端末だった。普通のトランシーバーと違い、画面がスマートフォンのように広い。よく見ると、画面にはレーダー座標のような円形のマップが写っており、一ヶ所だけ赤い点が点滅していた。
「それは?」
「“変異者”だ!」
悠希は「クソッ!」と悪態をついて走り出した。
「あっおい!」
俺は一瞬戸惑いつつも、すぐに彼女の後を追う。
「おい、どういうことだ?」
「この近くに変異者がいる。この機械は変異者が一定の距離に現れると探知できる」
並走する俺に対して最低限の説明だけして、悠希は端末のマップを見て方角を確認しながら走った。
“変異者”とは、悠希の追っている雪井彰人が作った“マージセル”と呼ばれる細胞によって変異した怪人の名前だ。
どうやら悠希の持っている端末は変異者を探知するモノらしい。後日聞いた話によると、怪人になった変異者の身体からは特殊な波長の電磁波が出ているらしく、悠希の機械はその電磁波を受信して居場所を割り出せるようにガーディアンズが開発したとのことだ。
「それを使って、お前は今まで変異者と戦ってたのか?」
「あぁ、そうだ……てか分かったら、お前はもう帰れ。これはオレの仕事だ」
「アホ、自分の住む町に怪人がいると分かってじっとしてられるか!」
途中、道行く歩行者や障害物を避けながら、俺たち二人は現場へと走った。
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