第31話 疑いの目
これはつい数日前、学校の屋上での出来事。
「水樹!」
「……秋月」
勢いよく扉を開けて出てきた秋月は、すでにその場にいた俺を見て目を大きくした。走ってきたのか息も少し荒い。
「どうして水樹がここに……?」
本来、屋上には鍵が掛かっていて生徒は立ち入り禁止だ。だから今、俺がここにいるのを秋月が不審に思うのは当然のことだろう。
秋月の問いに、俺は口を閉ざした。幸い、これまでのガーディアンズでの経験が活きたのか、なんとか動揺を表に出すことはなかった。けど代わりに、その場に不自然な沈黙が流れる。
風の音がやけにはっきり聴こえ、ひとつに束ねた秋月の黄色い長髪も、風でひらひらとなびいていた。
俺の返答が遅れるほど、彼女の疑いは高まっていくだろう。
「……えっと、あー、ちょっとバイト先に電話したくてね。廊下や教室で話すのもアレだから、なんとなく屋上まで来たんだよね」
俺はできるだけ自然な仕草でズボンのポケットに入れていた携帯電話を取り出して秋月に見せた。もちろん電話というのは、咄嗟に思い付いたそれっぽい嘘だ。
『探知するモノはラッキーベルでもなければ、私が探すわけでもないけれどね』
なぜ秋月がここへ来たのか。
去り際、ヒューニが言っていたことをヒントにすれば、おのずと答えが導かれる。
おそらく秋月は……正しくは、彼女のお付きのニャピーが、だけど……先ほどまでこの場にいたヒューニの気配を察知したのだろう。
敵の気配を感じて、その現場に俺がいたとなれば、当然キューティズは俺に何があるのかと勘繰り始める。
ヒューニの狙いは、キューティズの誰かをここにおびき寄せ、俺を疑うように仕向けることだったのだ。
まったく、面倒なことをしてくれたものだ。
しかし、この程度で慌てる俺じゃない。
色々と探られて困るのは、お互い様だ。
「お前こそ、どうしてここに?」
「えっ! いや、えっと、それはその……」
俺が訊くと、秋月はしどろもどろし始めた。
「ちょっと気になることがあってさ、水樹はここで何か変なもの見なかった?」
「ん、見なかったけど?」
我ながら、よくこんなにすんなりと嘘がつけるものだ。
「……そう」
「よく分からないけど俺は教室に戻るから、それじゃ」
秋月の隣を横切り、俺はいそいそと屋上の階段を降りて行く。
背後で秋月は疑いのこもった眼で見ていたけど、俺はなにも気づかないフリをした。
***
そんなこんなあったわけだが、放っておけばそのうちなんとかなるだろうと思っていたけど、これは俺の楽観が過ぎたらしい。
それからというもの、秋月は事あるごとに俺へ疑いの目を向けるようになった。
登校時にたまたま鉢合わせた時や廊下ですれ違った時、食堂で昼飯を食べている時など、クラスは違えど、秋月は沙織と仲良いので何かと俺と顔を合わせることが多かった。
別にやましいことをしている訳でもないので普段通り振る舞えば良いだけなのだが、流石に教室の外から顔をのぞかせて睨まれていることに気づいた時は、顔が引きつった。
「……優人、麻里奈に何かしたの?」
「なにもしてないよ」
ふと休み時間に机をはさんで話していた沙織が訊ねてきた。
蝉のノーライフが現れた翌日、そして屋上でのやり取りから今日で一週間。あまり勘の良くない沙織も、秋月が毎度俺を睨んでいることに気がついたらしい。
「じゃあ、なんで麻里奈に睨まれてんの?」
「こっちが聞きたいよ」
ごめん嘘。聞かなくても分かってる。
「まさか、優人……麻里奈の“恥ずかしいところ”でも見ちゃったんじゃ!」
「なんだよ、恥ずかしいところって?」
「例えば、何もないところで転びそうになったところとか」
普通に恥ずかしいところだった。
「もしくは、名前を呼ばれて自分かと思って振り向いたら別の人だったとか」
「あー、あるある」
俺が共感しながらコクコクと頷いてる最中にも、沙織は「それとも……」とあるあるネタを考え出す。
「おーい、授業はじめるぞー!」
そんな感じで話が逸れていき、次の担当科目の先生が教室に入ってくると同時に休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
沙織は話すのをやめて、いそいそと自分の鞄から教科書とノートを取り出す。
教室の扉へ目を向けると、すでに秋月の姿はない。流石に、授業が始まる頃には彼女も自分の教室へ戻っていた。
そして時は進み、放課後。
「じゃあ優人、お先にぃ!」
「おぉー」
「また明日な」
「おぉ、葉山も部活がんばれよぉ」
いつぞやと同じように、沙織と葉山は部活へ行き、俺は一人で帰路につく。
「はぁぁ」
ずっと座ったままで凝り固まった身体を背伸びでほぐしながら、俺は教室を出た。
「さーて……ん?」
家に帰ったら何をしようか……などとのんびりしたことを考える暇も無く、教室を出てすぐに“違和感”を覚えた。
俺は歩く動作をそのままに曲がり角を曲がった際に視線だけで後方に目をやる。すると下校する生徒達に混じってこちらを見ている“黄色髪の少女”の姿があった。
(ついに尾行までやるようになったか……)
廊下を歩き、階段を降り、靴を履き替えて昇降口を出る。俺の後をつけてくるのは、言わずもがな秋月だ。どうやら休み時間だけでは飽き足らず、放課後も俺を監視するようだ。
しかし魔法少女とはいえ追跡の動きは素人同然で、周りの生徒も不審な目で彼女を見ていた。
「……むぅぅ」
背後に意識を向けながら、正門を抜けてしばらく適当に歩いてみたが、やはり秋月も付いて来ている。今も電柱に隠れて目を細めてこっちを睨んでいた。
《ねぇ、いつまであの子の監視を続けるのかしら?》
「水樹が何か尻尾を出すまでよ」
《何もなかったらどうするの?》
「ハデスの気配がしたと思ったら、その場にたどり着く直前に気配が消えて、現場に着いてみたら奴らの姿は無く、代わりに水樹がいた。何もないと考える方が不自然だわ」
《それは、そうかもしれないけど……》
「別に水樹がハデスの仲間だなんて思ってない。けど、もしハデスが水樹を何かに利用しようとしてるなら止めなきゃ」
何やら、独り言まで聞こえる。
多分、ニャピーと話しているんだろうけど、人を尾行しながらブツブツ何か呟くのは、完全に不審者の言動だ。
「ったく。このまま家まで付いてくる気かな、秋月の奴は……」
俺は大きなため息をつく。
別に家まで尾行されるのは……正直、面倒だが……この際、仕方ない。けど、このまま何日も尾行されると、いずれハイドロードとしての支障が出るだろう。
「よぉ、優人」
そう、例えば今みたいに、ガーディアンズの人間に話しかけられてる所でも秋月に見られたら……。
「…………えっ?」
突然自分へ掛けられた声に、俺は足を止めた。
前方には見慣れた白黒ジャージを着た“少女”が一人。
「ちょっと付き合え」
彼女はズンズンと詰め寄って鋭い眼で俺を睨みつける。
噂をすればなんとやらとよく言うけど、何というタイミングの悪さ……。
少女は間合いを詰めると、俺の胸ぐらを掴む。反射的に俺は両手を上げて抵抗しない意思を示した。
一見したら高校生がヤンキー少女にカツアゲされている光景だ。後ろにいる秋月もさぞかしあらぬ誤解することだろう。
「えっ何いきなり? それになんでお前が高宮町に?」
「お前に訊きたいことがある。イヤとは言わせないぞ」
「えっ! あっいや別にイヤとは言わないけどさ、今はちょっと」
「いいから来い!」
「あ、あぁ、分かったよ。分かったからとりあえず放してくれ」
掴まれた手を振りほどき、俺は渋々“上地悠希”に付いて行くのだった。
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