第2章 青龍と白虎と、ときどきオータム
第30話 ヴィランは魔法少女?
拝啓、この日本に住む誰かさん、お元気ですか。最近の高宮町は本格的な暑さを迎えておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
こちらは、それなりに元気に過ごしております。
高校生の身分でありながら、突然イカれた科学者によって人体改造され、水を操る能力を得た俺……水樹優人は、“
そんな高校生ヒーローの俺だけど、物心ついた頃から何かと一緒にいる幼馴染がいる。幸運なことに、運動神経の良い容姿端麗な女の子だ。
頭が悪くて子供っぽいのが、たまにきずだけど……。
そんな俺の幼馴染の少女……夏目沙織には秘密がある。
それは彼女が中学校からの友達である綾辻千春と秋月麻里奈と一緒に、ひょんなことから魔法少女していることだ。
彼女達はマジック少女戦士キューティズと名乗り、日夜、高宮町に現れるハデスという悪の軍団と戦っている。
ガーディアンズ、ないし俺は、陰ながら彼女たちを手助けしている。ハデスが現れれば彼女たちが戦っている間に周辺の市民を避難誘導するし、必要とあればハデスの手下であるノーライフをロケット弾で射撃する、ただしハデスは通常兵器では倒せないので、後方支援が主な活動だ。
そんなこんなで、幼馴染の俺達二人はお互いに自分の正体を隠しつつ、それぞれヒーローと魔法少女として人助けをしているわけだけども、実は最近、厄介事がひとつ増えまして……。
***
「がながながながながなぁぁーー!」
今日もまたノーライフが高宮町に現れる。今日現れたのは、セミを模したノーライフだった。体長2メートル、触覚をつければゴキブリの怪人みたいにも見える姿だ。そのノーライフは今、口から超音波を放って、周辺の建物や車を壊し回っている。現れた場所は、またしても駅前付近のオフィス街だ。時間が経つにつれ、被害もどんどん大きくなる。
毎年聞いているセミの鳴き声とは違い、このノーライフの鳴き声は風情の欠片もなく人間を不快にさせる。おそらく、この不快感も彼らのエネルギーとなるのだろう。
「がぁーな、がながながながな」
「あぁーー、もぉぉーー、うるさぁぁーーーい!」
駆けつけたキューティズの内の一人、その名もキューティ・サマーが耳を押さえながら叫ぶ。しかし、そんな彼女の叫びも、蝉型ノーライフであるアブラ・ケーセダインの鳴き声にかき消された。
「スプリング、あなたの武器で何とかならない?」
「えぇ、なにぃ?」
そばにいるキューティ・オータムが同じく一緒にいたキューティ・スプリングに訊ねるも、その声は届かない。
「がぁーな、がぁーな、がながながながなァァァァ」
今、戦況はキューティズがノーライフの騒音に苦しむ形で膠着していた。
そんな中、キューティズ達が戦っている場所のすぐ目の前にある建物の屋上では、一人の男性がポツンと立っていた。そのスーツを着た男がいるのは、転落防止用のフェンスの外側。あと一歩踏み出せば真下に真っ逆さまに落ちるであろうギリギリの場所だ。建物の高さは、高宮町にしては珍しく20階分の高さのある建物だ。地上にいるアブラ・ケーセダインの鳴き声も、この高さになるとわずかにしか聴こえない。
落ちれば命はない。そんな場所に立っているのにも関わらず、男の顔に恐怖や怯えといった感情もない。むしろ、何かの後押しがあれば、進んで落ちてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。
「……はぁ」
最後の目にする光景として、男は顔を上げて青空を眺める。
やがて何かを決心して片足を浮かせた。
「どうもぉ」
そんな男に、突然、誰かが声を掛けた。男は驚き、浮いた足を戻して声がした方へ顔をやる。すると、男の隣に、メディアでよく目にする青色のコスチュームを着たヒーローが立っていた。
「なっ!」
「どうしたんですか、こんな所で。落ちたら死んじゃいますよ?」
「別に良いんだよ。俺なんてどうなったって……!」
青色のヒーロー……まぁ、俺なんだけど、ハイドロードこと俺、水樹は、サラリーマンらしき男性が飛び降りないよう遠回しに引き留めるが、男は聞く耳を持たず顔を逸らした。
「俺なんて、生きてたってどうしようもねぇんだ!」
「いやいや、だからって死ぬこたぁないでしょう。なに、入った会社がブラック企業だった? それとも職場の人間関係が上手くいってないんですか? いずれにしても死ぬことないって」
我ながらありきたりな説得の言い分だな……。
「スーパーヒーローのアンタに何が分かるんだよ! どうせアンタなんて皆からチヤホヤされて、さぞ良い気分だろ。俺みたいに一生懸命やっても、なにもできないクズの気持ちなんて分かんねぇーだろ!」
拗らせてるなぁ、この人。
「そうそう。何やってもダメな人はダメなんだから、死んだ方が世のためよ」
「わぁ!」
また突然、誰かの声がした。男が驚き、振り返ると男の隣に……俺が立っている位置の反対側に、どこから沸いてきたのか、黒いドレスを着た少女が立っていた。
「出たなヒューニ。何しに来たんだよ?」
「別にぃ。ただスーパーヒーローが自殺志願者を説得するなんて、面白そうな光景が見えたから、見物に来ただけよ」
「嘘つけ。思いっきり背中押しに来ただろ!」
黒衣の少女はクスクス笑いながら、見下した眼で男と俺を見る。
この少女の名前はヒューニ。キューティズ達の敵であるハデスと手を組んでいる魔法少女だ。彼女の正体や目的、どうしてハデスと手を組んでいるのかは、まったくの不明。そして、なぜか本人は自分が魔法少女と扱われるのを嫌っている。
美人な外見と性格の悪さ以外は、謎に包まれた少女だ。
出会った当初に本人から手を組まないかと誘われ、ここ最近、なにかと彼女に絡まれている俺は、彼女が現れたことに多少の不快感を覚えた。
「とにかく、俺はもう死ぬんだ! ほっといてくれ!」
「いや、だから死ぬことないだろ?」
「私は邪魔しないから。お好きにどうぞ」
ヒューニが案内人が行き先を示すように手を下に向けて男性を促す。
「おまえ、マジやめろや!」
「良いじゃない。来世はきっと良いことあるわよ。もしかしたら神様からチート能力を貰って、異世界でハーレムできるかもしれないわよ」
「適当いうな」
なに、そのご都合主義。
「……あのさ、何があったか知らないけど、どうせ死ぬなら、死ぬ前に話くらい聞かせてくれよ」
話してるうちに気が変わるかもしれないしな……。
俺が訊ねると男は顔を俯かせた。
「…………彼女にフラれたんだ」
「「はっ?」」
おぅ、思ったよりも軽い内容だった……!
あまりの内容に、ヒューニも若干呆れてる。
「出会ってから一目惚れして、一年間ずっとアプローチしてようやく付き合ったんだ」
「めちゃくちゃ頑張れてるじゃん。なにもできないクズじゃないじゃん」
「一年も片想いとか、痛々しいわね」
俺が励ますのと対称的に、ヒューニは冷める言葉を投げつける。
「俺は結婚を前提に彼女と付き合ってたけど、そんな彼女から、昨日別れて欲しいって。別の好きな人ができたって……」
あぁ、それはキツイ。
「でもそれって、貴方は何も悪くないだろ」
「一方通行の愛ほど惨めなものってないわよねぇ」
「この経験をバネにすれば、もっと良い男になれるって。その女の人が別れなきゃ良かったって後悔するくらい良い男になれば良いさ。貴方ならなれるさ!」
「確かな保証は無いけどね」
「人間は逆境を乗り越えて成長していくんだ。ここで死なずに前へ進めば、またひとつ強くなれるって」
「そしてまた新たな逆境の苦しみがやって来るのね」
「なんにせよ、だからって死ぬことないって、きっとまた素敵な出会いがあるって!」
「ありがちの薄っぺらい言葉ね」
「だからってネガティブな言葉が正しいわけじゃないからな?」
さっきから男は、俺やヒューニが話すたびに目線を行ったり来たりさせている。まるでネットの近くでテニスの試合を見ている観客みたいだ。
「もういい!」
やがて男は大きな声で俺たちの会話を遮る。
「もうッほっといてくれ!」
「あぁーあ、貴方が追い詰めるから」
「お前だろ」
その場に頭を抱えてうずくまった男に、ヒューニが俺に責任をなすりつけるような眼で見てきたので、当然の如く俺は反論した。
「……はぁ、もういいや」
「あらぁ、説得するの辞めちゃうのかしら?」
「そうじゃねぇーよ!」
ヒーローが市民を見殺しにできるか!
「この人をこんな風にしてる元凶を断つ」
そう言って、俺は予め用意していた飲料水の入ったペットボトルを取り出す。
「あら、準備が良いわね」
「最近、誰かさんに付きまとわれてるから用心してんだよ」
俺は取り出したペットボトルのキャップを開けて、真下へ投げ落とした。
地上では、いまだに騒音を上げるノーライフと、それに苦しむキューティズが戦っていた。
「がぁーな、がながながながな!」
「うるさぁぁーーーい!」
「鼓膜が破れるぅぅ!」
「ッッ!」
三人は耳を塞ぎ騒音に耐える。サマーとスプリングは目を閉じながらひたすら耐えるが、オータムはしっかりと相手を見据え、逆転の策を考えていた。
しかし、そんな最中、ノーライフの頭上に透明な物体が降ってきた。言わずもがな、俺が投げ落とした水の入ったペットボトルだ。
「がながながなっ……がな?」
上から落ちてきたそれはノーライフの頭に直撃する。その衝撃に気を取られた瞬間、ペットボトルに入った水がスライムのように変形してノーライフの顔に張り付いた。
「がなぁぁーー!」
ノーライフは騒音を鳴らすのをやめて、悲鳴を上げて水中で溺れているみたいに藻掻き始めた。
「えっ?」
「なに、どうしたの?」
急に騒音が止んだことに、スプリングとオータムは戸惑いを見せる。
「よく分からないけど、チャンスだよ!」
「えっ! あっうん、そうだね!」
勝機を見つけたと、サマーは攻撃するよう二人を促し、スプリングが頷いた。
そして三人は揃って自身の武器を手にして構えを取る。
「スプリング・ウィンド・チャージ!」
「サマー・シャイン・チャージ!」
「オータム・メイプル・チャージ!」
桃、青、黄色の三色の魔力がそれぞれの武器に収束していき、強力なパワーを生んだ。やがて、スプリングが銃の引き金を引き、サマーが杖を掲げ、オータムが剣を振るった。
「ストームフォース・ソニック!」
「サンフォース・ストライク!」
「アースフォース・スラッシュ!」
射撃、魔法、斬撃から生じた魔力の光が、ノーライフをのみ込む。
「がなぁぁーー!」
断末魔の叫び声をあげて、光に包まれたノーライフは浄化されていき、やがて姿を消した。
光が消えると、そこには音波によって破壊された跡だけが残った。
「ふぅぅ、勝てた」
「やったぁーー!」
脅威が去り、また今日も街の平和を守れたことに、サマーとスプリングは腕を上げたりガッツポーズをしたりと、それぞれ喜びをあらわにする。
だが、ただ一人、オータムの表情は晴れなかった。
「なんで、敵は攻撃をやめたの?」
「あら、そういえば……」
「そうだね、なんでだろ?」
オータムが口にすると、二人も首を傾げた。
「一体、何があったの?」
すでにいなくなったオータムが彼女の足元に何かが転がってきた。見てみるとそれは、どこでも売っている飲料水のペットボトルだった。中身は空になっていて、ポイ捨てされただけのようにも見えるペットボトルだが、彼女にはそれが、ただそこに捨てられただけだとは思えなかった。
オータムは顔を上へ向け、そばの建物を見上げたが、その屋上にいる者を目にすることはできなかった。
地上にいたノーライフが倒されると、男にどことなく漂っていた陰鬱とした雰囲気が無くなった。
男も目を見開いて、自分は何をしていたのかと目をパチクリしている。そして、自分が屋上の柵の外にいると自覚すると、驚きをあらわにしながら後退りし、背中を柵に張り付けた。
「大丈夫かい?」
「えっ……あっ、はい!」
「もう死のうとするなよ」
「は、はい!」
「よし。じゃあ、もう帰りなさい」
俺の指示を聞いて、男はコクコクと勢いよく頷いて柵を越えていき、逃げるように屋上を後にした。
「ほら、お前も用が済んだならとっとと帰れ」
「あら、私を捕まえなくても良いのかしら?」
「何の準備もなくお前を確保できるとは思ってない。悪事を働くってなら相手になるけどな」
「はぁ、つまんないわねぇ」
ヒューニは大きく肩を落としてため息をつく。
「まぁいいわ。今日はたまたま通りかかっただけだし、大人しく帰るとするわ」
おうおう帰れ帰れ。
正直なところ、ここでヒューニと戦っても勝算が少ない。手持ちの水も今使ったばかりだし、スネークロッドも無い。使えるものは自身の体術だけだ。それだけで、彼女の大鎌と影の魔法と戦うのは、かなりキツい。
彼女が帰るというなら、俺にとっても都合が良い。
しかしそんな俺の心情とは反対に、ふとヒューニは思い出したようなか表情を浮かべてこっちを見た。
「そういえば、“例の件”について考えは変わった?」
「変わらねぇーよ。お前もしつこいな」
ヒューニは何を考えているのか、先日から何かと自分と手を組むように俺を誘ってくる。
“例の件”とは、つまりそれだろう。
だが俺と彼女は間接的にとはいえ敵対している上、目的や手段を一切明かさずに取引を求めてくるので、俺はその申し出を断り続けている。
一応、手を貸せば、とある事件の黒幕の居場所を教えてくれるとは言っているが、その情報も本当かどうか怪しいものだ。
「ふーん、まぁ良いけどね……困るのはあなたのお仲間の“白いの”だし」
俺の返答に、ヒューニは一瞬目を細めて不服そうな顔をしたが、すぐに口元を歪ませて見下すような笑みに変わった。
「……そういえば、あなた最近、あの“黄色いの”とも面白いことになってたわね」
「誰のせいだ! 誰の!」
彼女の言う“白いの”とは、俺と同じ組織に属している『白虎』のファングのこと、そして“黄色いの”とは、今地上にいるキューティ・オータムのことだ。
少しわけあって、俺はここ最近キューティ・オータムである秋月から疑いの目を向けられている。別にやましいことが無いとはいえ、正体を隠してハイドロードとして活動している俺としては、監視のような眼を向けられるのは正直鬱陶しい。
その原因を作ったのは、目の前にいるヒューニだ。
俺のイヤそうな顔を見ると、ヒューニは満足げにクスクス笑う。
流石は人の不幸や反感を喜ぶ捻くれ者だ。会ったばかりの当初は無表情な顔を見ることが多かったが、今では人を小馬鹿にした顔をよく見ることの方が多くなった。それだけ俺が彼女の前で
「フフッ、じゃあねバイバイ!」
そう言いながら、手をひらひら振るヒューニの体が影で黒く染まる。この転移魔法のビジュアルも、今ではすっかり見慣れてしまった。
ものの一分もしない内に、ヒト型の影は消えてなくなった。
「…………はぁ」
彼女が影の中に消えていくのを見送った俺は、肩の力を抜いて一人大きなため息をつくのだった。
そして俺は、数日前の屋上での出来事を思い出す。
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