第8話 夜の学校に潜入!




 途中、コンビニで500mLペットボトルの水を買って、俺は夜の高宮第一高校に忍び込んだ。

 夜の学校は静かだった。聴こえる音といえば、自分の足音と周辺の車道を走る自動車の音くらいだ。

 当然、校舎は電気がついておらず真っ暗だ。こうも明かりがないと、いつも見慣れているはずの学校がなんだか違って見える。


 えっ? 学校の校舎に鍵は掛かってなかったのかって?

 掛かってましたよ。けどそんなの、操った水を鍵穴に通して水圧で開けてやりましたよ。

 校舎に入った後は、沙織たちが来ることを考えて、また鍵をかけました。


 そのあとは誰かに見つかってはマズいので職員室や事務室も覗いてみたが、校舎内に残業している先生や事務員さんはいなかった。どうやらウチの学校はブラックな職場ではないらしい。

 今の高宮第一高校はまったくの無人である。

 職員室や事務室を覗くついでに学校の中をいくつか見て回ったが、俺が見た限り不審な点は見つからなかった。


 学校を一通り見て回った後、俺は屋上で沙織達が来るのを待った。





 ***




 しばらく屋上でストレッチや筋トレをして暇をつぶしていると、綾辻さんと沙織、秋月がやってきた。


「いやぁぁ、帰るぅ帰るぅぅ、かぁぁ、えぇぇ、るぅぅぅぅ!」

「まったく、いい加減諦めなさいよ」


 沙織の悲鳴のおかげで三人が学校に来たのはすぐに分かった。屋上から校門の前に目を向けると、沙織が秋月の腕にしがみつき、病院に行くのを嫌がる子供のようになっていた。


「沙織ちゃん、怖いのはわかるけど夜だからもっと静かにね」


 流石、綾辻さん。しっかりしてる。

 いくら学校の前とはいえ、周辺に住宅がないわけではない。アレでは近所迷惑も良いところだろう。


「だってだってだってぇぇぇぇ!」


 涙目の沙織に、綾辻さんは苦笑して、秋月は大きなため息をついた。

 その光景は同級生というより、泣きじゃくる妹に呆れる姉と、それを優しく見守る母親のようだ。


 ちなみに今、俺を含めた非魔法少女にはこの場に三人の姿しか見えないが、実は沙織達と一緒に学校に着ている者たちがいる。


《沙織は何を怖がってるの?》

《さぁ、ボクにもよくわからない》

《人間はよくわからないものに怯えるのねぇ》


 名前はマーとミーとムー。沙織たちに魔法少女の力を授けた、魔法少女の使い魔的な生き物だ。

 3匹の自称『妖精界の住人』は、パートナーである沙織たちの周辺を浮遊しながら彼女たちのやり取りを見ていた。

 彼女ら“ニャピー”という種族の世界には、お化けや幽霊といった怪異の存在がないため、なぜ沙織が怖がっているのかイマイチ理解できないようだ。


 ビクビクしている沙織を引っ張りながら、綾辻さんたちはそんなに高くもない校門をよじ登って敷地内に侵入して、校舎へ向かう。

 学校内の電気はすべて消灯しているため、敷地に入れば街灯の明かりも届かず真っ暗になる。


「マーちゃん、何かわかる?」

《ううん、今のところハデスやノーライフの気配は感じないわ》


 綾辻さんがパートナーのマーと共に先頭に立って、スマートフォンのライトで先を照らす。


「なんで真夜中の学校に忍び込まなきゃなんないのぉ!」

《沙織が人影の話をしたからじゃないかな?》

「私が見たんじゃないもん! 葉山から聞いただけだもん!」


 その後ろを沙織が歩く。沙織のパートナーであるミーは、放課後からずっとこんな調子の沙織にすっかり慣れてしまったようで、もうあまり気にしなくなってしまったようだ。


「高校生にもなって、居もしないお化けなんか怖がってるんじゃないわよ」

《ふふっ。なんだか今の沙織さん、とても可愛らしいわぁ》


 最後尾で、ムーを肩に乗せた秋月が前を歩く沙織を細い目で見ながら歩いていた。パートナーであるムーはどこぞのお嬢様のように上品に笑っている。


 やがて彼女達は昇降口までやってきた。

 綾辻さんが扉に手をかけるが、そこでふと何かに気がついた顔になった。


「あ、ダメ。閉まってる」

「夜なんだから当然でしょ?」


 思い出したような顔で「ありゃりゃ」と呟く綾辻さんに対して、秋月は顔色ひとつ変えず言った。


「じっじゃあ、今日は諦めて帰ろう!」

《沙織はただ帰りたいだけじゃないかな?》


 沙織のヤツ、あきらめが悪い……。

 隙あらば帰ろうと言い出す沙織に、秋月はため息をこぼす。


「まったく……みんな、ついてきて」


 そう言って、秋月は昇降口の横を行き、校舎に沿って歩き出した。

 綾辻さんたちは「なんだろう」と不思議に思いながら、沙織は嫌々といった様子で彼女の後に続く。

 やがて秋月は図書室がある校舎の外側まで行くと、いくつかある窓のひとつに手をつけた。その窓はクレセントの鍵に止められることなくスーっと開く。


「下校する前に開けといたのよ」

「さすが麻里奈ちゃん!」


 文芸部、兼図書委員の秋月なら、事前に図書室の窓の鍵を開けておくぐらいは簡単にできたのだろう。

 彼女たちは図書室の窓から校舎内に侵入した。


「わぁぁ、夜の図書室ってなんか新鮮。知ってる場所なのに、なんだか違う場所みたい!」

「うぅぅ、暗いぃ……」

「とりあえず、その辺から見て回りましょ」


 三人は図書室から出て、秋月を先頭に校舎内を見て回り始めた。

 図書室の周辺は特別教室が建物の縦と横に並んでいる。秋月は図書室の隣にあるコンピュータ室のドアに手をかけるが、ドアには鍵がかかっていて開けることはできない。


「……やっぱり、中には入れないわね」


 そう言って秋月は、部屋の窓からスマホのライトを照らして室内を見る。


「ここから見える限り変わったところはないけど……ムー、何か感じる?」

《どれどれぇ……いいえ、大丈夫みたいよぉ》

「そう。ちなみに、ムーたちの力でドアのカギを開けたりできないかしら?」

《うぅーん……それはちょっと無理かしらねぇ》


 ムーは苦笑いしながら顔を傾けた。


「外から確認していくしかなさそうねぇ」


 三人は廊下を歩き、続けて、その他の教室を見て回った。

 外からでは十分に教室の中を確認することはできなかったようだが、どの場所からもマー達“ニャピー”はハデスやノーライフの存在を感じなかったようである。


 ちなみに、“ニャピー”という種族は空気中に含まれる魔力を肌で感じることができるらしく、ハデスやノーライフが放つ邪悪な魔力が近くに流れていれば、すぐに分かるらしい。

 その魔力の実態や魔法少女の魔法については、“守護神ガーディアンズ”でも研究中だけど、科学を使った検証では不明な点が多くあり、今のところ良い結果は得られていない。


 特別教室を確かめ終えた後、沙織達は一般の教室も見て回った。1年生のフロアから3年生のフロアへ、そして自分たちが普段使っている2年生のフロアの教室と、順番に確認したが、どの教室もなんの異変も見つからなかった。


「うーん……大体の場所を見て回ったけど、何もないわね」

「人影どころか、物音ひとつしないねぇ」


 秋月は顔をしかめ、綾辻さんは再度辺りに目をやる。


(やっぱり、ただの作り話だったのかなぁ)


 最初はあんなに怖がっていた沙織も、校舎内を歩いているうちに恐怖心に慣れて、今は比較的落ち着いている。

 三人とも事の真相がただのデマであるような気がしてきていた。



 しかしふと、沙織は背後に気配を感じて、後ろを振り向いた。

 すると、廊下の先にある暗闇の中で、“何かの影”が動いたのが見えた。


「キャーーっ!」


 沙織は目を見開き、反射的に悲鳴を上げる。

 彼女の声を聴いて、綾辻さんたちは思わずビクッと身を震わす。


「ちょ、ちょっと急に大声ださないでよ! ビックリするじゃない!」

「ど、どうしたの沙織ちゃん?」

「い、いま、何かいた!」

「何かって何よ?」

「わかんないよぉ!」


 せっかく落ち着いていた恐怖心が膨れ上がり、沙織の目がどんどん潤んでいく。


《ミー、ムー、何か感じた?》

《ううん、ボクには何も感じなかったけど》

《私もよぉ》

「とりあえず、見に行きましょう!」

「やだぁぁ!」


 秋月とムーが先頭を進み、沙織は綾辻さんとマーとミーに引かれながら、小走りで廊下を行く。

 やがて秋月達が階段のある曲がり角に差し掛かると、また“何かの影”が踊り場を横切った。


「今のはっ!」

《えぇ、今度は私も見えたわぁ!》

「追いかけるわよ!」

「あっ、待って麻里奈ちゃん!」


 秋月とムーは目にした影を追って、駆け足になって階段を上がる。綾辻さんも彼女たちを追って足を速めたが、怯えている沙織の腕を引いている分、足が遅い。

 時折、前を走る秋月の後姿を見失ったものの、こだまする秋月の足音を聴きながら綾辻さんは走った。



 やがて渡り廊下の前で、秋月は足を止めていた。


「どうしたの麻里奈ちゃん?」


 追いついた綾辻さんが訊ねると、秋月は渡り廊下の先にある扉をライトで照らした。


「追っかけてた影が体育館あそこに入っていったの」

「えっ!」


 高宮第一高校の体育館は食堂の上にあって、出入口は渡り廊下の先にある扉ひとつしかない。周りに設置されている窓も落下防止のため鉄格子がついている。よって、体育館から出ようと思ったら入った同じ扉から出るしかない。

 つまり、この先、秋月たちの見た何ものかが中で待ち受けているということだ。

 まるで罠に嵌めようとしているような思惑を、秋月は感じ取っていた。


「千春、沙織、気をつけて。すぐに変身できるように!」

「うん!」

「うへぇぇ!」


 それぞれのパートナーであるニャビーと共に、秋月たちは警戒しながら、ゆっくりと体育館の中へ入っていった。





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