第1章 謎の少女現る
第7話 夜の学校に怪しい影?
昼休みの食堂、大きなフロアに設置されたテーブルにはたくさんの生徒が座って昼ご飯を食べている。食堂とあって、その多くは学食や購買のパンを食べているが、中には家から持ってきた弁当を食べている生徒もいる。
生徒の過ごし方は様々だ。思い思いにおしゃべりしたり、ひとり黙々と食べたり、読書をしながら食事をする生徒なんかもいる。
そんな賑やかな食堂で、俺と沙織と葉山も昼ご飯を食べていた。
「はぁぁぁ」
ふと、学食の炒飯セットを食べていた沙織がスプーンを置いて憂鬱そうに息を吐いた。ちなみに、俺は学食のB定食(サバ味噌)、葉山はカツカレーだ。
「デカいため息だなぁ夏目ちゃん。何かあった?」
「うん、ちょっとね……」
答えを濁す沙織に、葉山は不思議そうに首を捻る。
今朝から沙織はこんな感じだ。授業中もたまにうつむいて小さくため息をついていた。
葉山は俺の方を見て『お前なにか知ってる?』と眼で訊いてくる。俺は一緒に登校した時に理由を聞いたけど、正直あまり大したことじゃない。
「今日の夜、テレビでホラー番組があるからイヤなんだと」
「あっちょっ、優人、言わないでよぉ!」
「ホラー番組……あぁ、そういえばそんな特番あったなぁ。たしか」
俺が定食のサバ味噌をほぐしながら言うと、沙織は少し恥ずかしそうにして声を上げる。葉山は思い出したように言い、カレーを口に含む。
「でも、それと夏目ちゃんが元気ないのと何が関係あんの? イヤなら見なきゃ良いじゃん」
「私が見たくなくても
沙織は今にも泣きそうな顔で頭を抱える。そんな彼女の様子を見て、俺と葉山は「あはははぁ」と苦笑いした。
「美佳ちゃんって、たしか?」
「沙織の妹だよ」
美佳は俺達のふたつ下、つまり現在中学3年生の沙織の妹だ。沙織に似て顔立ちは良いが、ホラーが大の苦手な沙織に対して美佳はホラー映画が好きといったように、性格や趣味嗜好は少し対称的なところがある。
「優人は美佳ちゃんとも仲良いのか?」
「まぁ、それなりにな」
小学生くらいまで俺と沙織はお互いの家で遊ぶことが多かった。美佳とは沙織の家で一緒に遊ぶこともあれば、俺の家で遊ぶときに美佳が沙織についてくることもよくあった。
そして当時、一人っ子ということもあって兄妹(あるいは姉弟)に憧れていた俺は、美佳を本当の妹のように可愛がった。勘違いでなければ、美佳もけっこう懐いてくれていたように思う。
「最近会ってないけど、美佳ちゃん元気?」
「うん。今年は受験だけど、まだ部活頑張ってるよ」
「そっか。どこ志望?」
「高宮第一だって。美佳の偏差値なら愛星学院も狙えるらしいけど、本人が
「ふーん」
俺が相槌を打つ横で、葉山が「へぇ、美佳ちゃん頭良いんだなぁ」と呟く。
愛星学院は2つ隣の町にある進学校で、高宮第一高校よりランクが上の高校だ。略称は
けど愛星に入学すると長距離通学は避けられないため、愛星を受けられる学力がある受験生が高宮第一を第一志望にするのはそう珍しいことではない。俺と沙織の中学でも、愛星に行けるが
話がそれたな。
話題を戻そう。
「美佳ちゃんがホラー好きで沙織が苦手なのは知ってるけど、今夜のことを今心配しても仕方なくないか?」
「そうなんだけどさぁ……夜眠れなくなるからイヤなんだよぉ」
子供か!
小学生の時もそんなこと言ってたけど、まだなおってなかったんだな。
「はぁぁ……美佳のヤツも、何が面白くてホラー番組なんて見るんだろう」
「さぁ。俺はマンガ読む感覚で見ちゃうけど、普通は怖いもの見たさじゃない?」
そんなことを言いながら、葉山はサクッと音を鳴らしてカツカレーのカツを食べる。
「そういえば、ホラーで思い出したけど、優人と夏目ちゃんは“あの噂”知ってる?」
「うわさ?」
「噂って?」
俺と沙織は揃って首を傾けた。
ホラーと聞いて思い出す噂とか、あまり良い予感がしないけど……?
「軽音部の先輩から聞いたんだけどさ、ここ最近、高宮第一の夜の校舎で人影が目撃されてるんだって」
「人影?」
俺はサバ味噌を食う手を止めて、葉山の話を聞くことにした。沙織は何かイヤな予感を察知したのか、ピクッと背筋を伸ばす。
「なんでも、たまたま学校の近くを通った先輩が夜の暗い校舎に入って行く人影を見たらしいぜ。しかも、その人影は校舎の扉を開けることなく、校舎の中に入っていったらしい」
「“開けることなく”?」
「そうそう、スーッとすり抜けるみたいに消えたんだって」
嘘くせぇ。
「他にも、明かりのない校舎の廊下を歩く影を見たとか屋上に人がいるのを見たとかいう話もあるらしいぜ」
「みみみ、見間違いじゃないのぉ!」
おぅ、怖がってる怖がってる……。
葉山の嘘くさい話にも、沙織は顔を青くしていた。
「ウソかホントかは分かんねぇけどさ、本当だとしたら一体何だろうなぁって思うじゃん?」
「本当だったら、普通に不法侵入だろ」
後者の話は特にな……。
「でも魔法少女だっているんだぜ? 幽霊とか妖怪とかがいてもおかしくないじゃん?」
「それは……まぁ、そうかもなぁ」
そう言われると、うわさが全部ウソだとは言い切れない。
幽霊かどうかはさておき、人影の正体がハデスやノーライフで、何か企んでる可能性は十分に考えられる。その場合、どうしてなんの被害も出てないのかとか、なんで夜に出るのかとか、いろいろ気になるけど……。
「ま、魔法少女はいるけど、ゆゆゆ、幽霊はいないんじゃないかなぁ……!」
沙織さん? 貴女どんだけ怖がってるの?
手に持ってるスプーンがマナーモードみたいに震えてるけど、大丈夫?
「どうだろうなぁ。この学校の歴史も古いからさぁ、ひょっとしたら昔亡くなった先生や生徒の幽霊が」
「あぁぁあぁぁあぁぁ、聴こえなーい聴こえなーい!」
沙織は話題から逃げるように耳をふさいだ。その様子は小動物のようで少し可愛い。
そんな沙織を見て、ふと俺の心にちょっとした悪戯心が沸いた。
「そういえば、俺も先輩から聞いたけど、うちの美術部には夜中に笑う絵画あるらしいよ」
「聴こえな―い!」
「あと、夜の音楽室ではピアノがひとりでに鳴るとかも聞いたなぁ」
「聴こえませーん!」
「テストの赤点を5つ以上とった生徒は、東山先生の7教科特別補習があるって」
「きーこーえーなーいーっ!」
「……今度キャロルの特製イチゴパフェでも奢ろうか?」
「えっホント! ありがとう優人!」
なんでや!
***
その日の夕方、陽が沈む直前といった感じに空が群青色に染まってきた頃。
葉山とクラスメイトの
数学の宿題にあった加法定理の問題を解いていると、バイト用のケータイが鳴った。
着信画面を見ると、玲さんからの電話だった。
「もしもし」
「こんばんわ、ハイドロード」
「どうしました、またノーライフでも出ましたか?」
「いいえ。確かにあの娘たち関係のことだけど、今回は少し違うわ」
「……えっ?」
てっきりすぐに出動するもんだと思って電話に出てすぐ椅子から立ち上がったけど、予想してた返答と違い、俺は思わず動きを止める。
「あなたの学校、夜中に不審者が出るんだって?」
「……えぇ」
まさか今日の昼休みの話題が玲さんから出てくるとは思わなかった。口調からして、沙織が玲さんに話したんだろう。
となると、俺にその噂について調べて来いとか、ガーディアンズから任務がきたのかな……。
「その正体を確かめるために、今夜あの娘たち学校に忍び込むみたいよ」
えっ!
「今夜ですか!」
「えぇ、さっきスプリングの子から連絡がきたわ。その不審者がハデスの可能性もあるから今夜調べてくるって」
そういえば今日、沙織は綾辻さんと秋月と一緒に帰っていた。おそらくその時に沙織が綾辻さん達に“噂”の話をして、そんな話になったんだろうなぁ。
それにしても今夜って……。
急すぎ。
「噂の正体がハデスやノーライフなら良いですけど、ただの不法侵入者だったらマズくないですか?」
もし噂の正体がハデスやノーライフなら沙織達で対処できるけど、普通に不法侵入している犯罪者なら女子高生三人で行くなら危険だ。
犯罪者といえど、ハデスやノーライフ以外の相手に沙織達が魔法少女の力を素直に使うとは思えない。
というか、もしその正体がハデスや不審者じゃなくて、残業してる先生とかだったら、どうするつもりなんだろう?
「だから今あなたに電話してるのよ。いつものようにあの娘たちをサポートしてあげて」
「良いですけど、玲さんは?」
「それが生憎、私いま本部にいるからそっちに行けないの」
それは、なんと間の悪い……。
まぁでも、仕方ないか。
「分かりました。とりあえずやれることをやってみます」
「えぇ、頼んだわ……あぁそれと」
電話を切ろうとした瞬間、玲さんの話が続いたので俺は慌ててケータイを耳につける。
「近々“四神会議”があるみたいよ」
四神会議……ガーディアンズの長官と四神のヒーロー、あと数人のエージェントや技術者が本部の会議室に集まっていろいろ話し合う不定期会議だ。たまに政治家や官僚も参加したりもする。
俺が四神会議で青龍として参加するのは今回で2度目だ。前の会議はキギサラ人が侵攻してくる直前に行われた。
「何かあったんですか?」
「多分、ファングが追ってた敵についてだと思うわ」
「敵って、この前の?」
「えぇ、ファングとあなたが戦った雪井製薬会社の社長のこと」
「見つかったんですか?」
「さぁ。けど何か進展があったのは確かね」
進展ね……。
ちゃんと捕まえられたのか、はたまた別の問題が生じたか……。
「あとで
「はい、ありがとうございます」
今度こそ話を終え、俺は「それじゃ」と電話を切った。
四神会議の内容は気になるところだが、今は沙織達のことが先だ。
「……よし、行くか」
変身ツールの腕時計を身につけ、俺は家を抜け出して学校へと向かった。
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