第5話 ヒーローの一日②





「「オリャァァァ!」」


 勢いよく殴りかかったは良いが、怪人の男は俺とファングのファーストアタックを見事に両腕で受け止めた。両手が空いた隙を見抜き、すかさず俺達は相手の腹に蹴りを入れるが、怪人は何ともないようにその場に立っていた。


 頑丈だな、コイツ。

 ヒーローと呼ばれる超人二人からの足蹴りを無傷で耐えるなど、並みの強さじゃない……。


 それに動きもすばしっこい。追撃に俺とファングで絶え間なくパンチとキックを繰り出すも、怪人は綺麗にかわしていった。後ろに回り込み、ファングが前から、俺が後ろから攻撃したりしてみるも、怪人は後ろに目があるみたいに反応して攻撃をかわす。


「フン!」

「「ぐっ!」」


 しばらく2対1の攻防が続いたが、やがて、俺達は怪人からカウンターをもらってしまった。

 その攻撃も強力だ。ライフルの弾丸をものともしないハイドロードの特殊スーツにもかかわらず、殴った痛みがお腹にドスンと伝わってきた。


「弱いですね。その程度じゃ、私は倒せませんよ」

「チッ! この野郎ォ!」


 敵の煽りを受けて、ファングの奴がより怒りを露わにした。元々この男のやっていたことに相当イライラしてたみたいだが、今はマスクの上からでもその怒気を感じる。

 ファングは握った拳に力を込めて、再度相手に詰め寄った。


「フン、ハッ、タァ、ハァァ!」


 気合の含んだ声を洩らしながら、ファングは殴り掛かっていった。彼女の流れるような体術は、普段は力強く華麗で神秘的とすら感じるが、今の動きはどこか野性的で猛獣のようだ。


「ふふふっ……ぐッ!」


 怪人は嘲笑いながら攻撃をよけていたが、途中、ファングの連撃の一発がその顔にぶち当たった。その一撃によって敵は体勢を崩す。その隙を逃すまいと、ファングは次々と攻撃を繰り出した。


「グハッ、ウグッ……」


 ファングの攻撃に受け続け、怪人は後退りして膝をついた。息遣いもいつの間にか荒くなっており、雰囲気にも動揺が見え始めた。


「小癪なァ!」


 怪人は不穏なエネルギーを纏い、八つ当たりするみたいに辺りに飛散させた。

 そのエネルギーは衝撃波となって、辺りを破壊していく。俺とファングは距離を取ってなんとか身を守ったが、周辺のコンクリートやアスファルトは元々の形が残らないほど破壊された。やや遠くにあった建物の窓ガラスも割れ、地中にあった水道管も壊れて水が噴き出している。

 周りが荒れた光景になったのは少し気の毒だが、俺はこの光景の中で、ひとつ好機を見つけた。


「しめた!」


 俺はすぐに行動に移った。



 ここで、俺の“能力”について説明しよう。

 前に軽く説明したが、俺はとあるイカれ科学者によって身体を改造させられた。そしてその時、俺の身体は超人並みに強化されて、かつある“能力”を身につけた。

 その能力は主に2つ。

 1つ目は、水中で生命活動を維持する能力だ。これによって、俺は水中でも地上と同様に活動できるようになった。酸素ボンベなしで水中で呼吸できるし、体温を奪われ死にかけることもない。

 2つ目は、水の分子を自分の思うようにコントロールできる能力だ。これで俺は自分の意識の届く範囲にある水を自由自在に操作することができる。コップなどの入れ物に水を入れなくても、水の形を空中にとどめることはもちろん、その気になれば重力に逆らって何千リットルもある水の塊をダムの放水の如く、遠くへ飛ばすことも可能だ。


 これらの能力の原理は解らないが、改造後の身体検査の結果を聞いたところ、どうやら俺の細胞は、なにか“特殊な細胞”と結合しているらしい。

 ガーディアンズの調査によると、その“特殊な細胞”は『異界の生物』の細胞であり、それが身体に組み込まれたことで、俺の身体は水中の活動に特化するよう変化したとのことだ。おまけにその細胞は特殊なエネルギーを放出しており、そのエネルギーが液体……とりわけこの地球のH2Oエイチ・ツー・オーの分子を操る力を持っているらしい。


 ガーディアンズのファイルでは、この2つの能力をそれぞれ『水中活性すいちゅうかっせい』と『水操作みずそうさ』と呼称している。そしてこの能力が、俺が“ハイドロード”と呼ばれる由縁である。



 話を戻そう。

 俺は壊れた水道管から吹き出ている水に意識を飛ばして、怪人へ向けて流れるように操作した。俺の意識に従って水道管から流れ出る水流は水神の蛇の如く怪人を飲み込んだ。


「ぬぅアァァァァ!」


 洗濯機の中の布のように水流に揉まれながら、怪人は俺が操る水の塊の中で必死に藻掻いている。普通の人間なら溺死してもおかしくないが、怪人の頑丈さのせいで、あまり手応えがない。

 やがて俺の集中力が切れて、水の塊は地面に落ちてはじけ飛んだ。


「お、おのれ……!」


 水が弾けた中心で倒れていた怪人が、地の底から出てきたような低い声をあげて、のっそりと起き上がる。


「くそっ、しぶといヤツだな」

「“核”を壊せ!」

「なに?」

「アイツの力の源は『マージセル』っていう、アイツの身体に埋め込まれてる細胞だ。その細胞の“核”を壊せばアイツを倒せる」

「ンなこと言われたって、アイツの身体のどこにそんなのが……」


 途端、どこからか車の激しい走行音が聴こえてきた。音がした方を見ると、黒いセダンが会社の敷地に乗り込んできていた。

 車はF1さながらの走行をしながら俺たちの所まで来ると、急ブレーキで停止した。


「ハイドロード!」

「玲さん?」


 止まった車の運転席から玲さんが出てきた。玲さんは俺の名前を呼ぶと、車の中から見覚えのある“武器”を取り出した。


「これ、本部から持ってきてあげたわよ!」


 そう言って玲さんは、俺の武器……“スネークロッド”を投げ渡してくれた。


「ありがとうございます!」


 俺はスネークロッドを受け取って、手に馴染ませるように振り回す。



 スネークロッドは、ガーディアンズが俺専用に用意してくれた武器だ。俺のコスチュームと併せて青い蛇のようなデザインをしている。長さは1メートルと70センチ。アルティチウムという世界一の強度がある物質を素材しているため、10トン以上の力を加えてもまったく変形しない頑丈さを持っている。なのに重さは同じ形の木製の棒とあまり変わらない。


 まぁ、一般人を装う高校生が、そんなものをいつも持ち歩いてるわけにはいかないので、普段はガーディアンズの本部に置いてある。

 どうやら今回は、玲さんが気をまわして、わざわざ持ってきてくれたみたいだ。


 えっ? 『どうしてスーパーヒーローの武器を一般のエージェントが持ち出せるのか、どんな管理をしてるんだ』って?

 だってスネークロッドは、雑にいえば、ただの壊れにくい棒だよ?

 そんな厳重に管理されてないよ。



「ハイドロード、とにかく攻撃を続けろ。身体のダメージが許容量を越えれば、拒絶反応で“マージセル”が出てくるはずだ!」

「わかった!」


 俺は得物をいつでも振れる位置に構えて、ファングと共に走り出す。


「糞ガキがァァァ!」


 水流に揉みくちゃにされて堪忍袋の緒が切れたのか、さっきまであった紳士的な態度はすっかり消え、怪人は怒声をあげて俺達を迎え撃つ。

 ファングは拳で殴り、俺はロッドで殴る。同じ組織に属し、かつ過去にキギサラ人という異世界人の侵攻を阻止するため肩を並べて戦った仲とあって、俺とファングは息の合った攻撃を繰り出すことができた。


 そして殴るだけでなく、ファングは剛法の体術を、俺はロッドの突きや足蹴りをまぜながら、相手に攻撃し続けた。

 怪人に反撃の手を与えず、そのまま二人の攻撃で“マージセル”が出てくるまでダメージを与え続ける戦法だ。

 ちなみに、これは俺の個人的な感想だが、棒術は自分の持っている所からの棒のリーチと地面との距離を計り間違えない限り、スムーズに振り続けられる。そして、振り回した両端で攻撃が可能なので、拳で殴ったり刀を振り回すよりも攻撃回数は多い。


「リャっ! ウリャ! ソリャ!」

「ハっ! フっ! タァ!」

「ふん……ぐっ、ガバッ!」


 怪人は途中まで俺達の攻撃を受け流したり、後ろにさがって避けたりしていたが、怒りで周りが見えなくなってきたのか、やがてまともに攻撃を受けるようになってきた。

 動きに余裕がなくなってきた相手を追い込むのは、意外と容易い。


「「ハァァァ!」」

「グッッ、ウゥゥアァァァ!」


 ファングの回し蹴りと俺のロッド突きが同時に直撃しする。すると怪人が後退りして痛みに悶える。やがて、何かの発作が起きたように胸を押さえ苦しみ始めた。


「ウゥーーッ、ヌァァァ!」

「見えた!」


 怪人の押さえる手の中に腫瘍のような肉の塊があった。心臓のように脈を打って動いているその塊は、怪人の身体から今にも抜き出るように浮き出ていた。


「あれが“マージセル”か!」


 あの塊を破壊すれば、怪人を無力化できるのか……。


「ファイターキック!」


 ファングの声に反応して、彼女のコスチュームの脚足部に装着された機械が作動した。


 この技の原理について俺はよく知らないが、バックルから出力された信号を元に身体の生体エネルギーを足先へ収束して、キックとして撃ち放つ技らしい。

 なんでも、ガーディアンズの開発部と悠希が一週間考えて編み出した技だとか……。


 まぁ、そんな解説は今この場では置いておくとして……。


「援護するぜ!」


 ファングが技を繰り出そうと理解した俺は、先ほどの攻撃で周辺に散った水を再度操り、縄状に形を作った。そして“水の縄”で怪人の手首を縛り、“マージセル”を押さえていた腕を広げる。

 怪人は振りほどこうと抵抗したが、水で形作られたモノを力で引きちぎることはできない。

 俺はそのまま水の縄で怪人の腕を広げて、“マージセル”が前につき出すような体勢を取らせた。


「よし、今だ!」

「うん!」


 ファングはネコ科の動物が地を跳ねるように飛び上がり、そのまま身体を回して怪人の“マージセル”を狙ってキックを放った。彼女の足に集中していたエネルギーは、キックが打ち込まれると同時に放出され、爆発でも起こったかのように、怪人を吹き飛ばした。


「ヌァァァァッ!」


 キックの影響で怪人の生体エネルギーが爆ぜる。爆発の中、怪人は雄叫びじみた悲鳴をあげ、胸部にある“マージセル”は破壊されて塵となって消滅した。



 爆発がおさまると、ボロボロのスーツを着た男が横たわっていた。


「……やったか?」


 ファングさん、それはフラグか?

 まぁでも、“マージセル”は破壊されてるし、大丈夫とは思うけど……。


「ぬぁぁ!」


 なんて思っていると、男が気絶から目覚めたみたいに身を震わして起き上がった。

 てか、さっきから目の前の相手を男とか怪人としか呼んでなかったが、この人の名前は何なんだ?

 ここの会社の名前は、たしか雪井製薬会社とかいう名前だったけど、ひょっとしてこの男が雪井さんか?


「おのれェ……よくも、よくもォォォ!」


 おぅ、目が血走ってる……。

 そんなホラー映画に出てくるような眼でこっち見んなよ。


「この借りは、いつか必ず返しますからね」

「おい、待てッ!」


 後退りして逃げようとしている男を捕らえるためファングが後を追おうと走り出す。だが途端、どこかから放たれたエネルギー弾がファングを襲った。

 幸い、瞬時に襲撃を察知したファングに、そのエネルギー弾は当たらなかったが、着弾して生じた爆煙によって男は姿を消す。

 そばでその光景を見ていた俺は、すぐエネルギー弾が飛んできた方に目を向ける。すると、そこには建物の影に消える何者かの姿があった。

 やがて煙が晴れたときには、もう男はその場にいなかった。


「くそッ、逃げやがった!」

「仲間がいたのか……!」


 ファングは悔しげに地面を蹴る。

 彼女の蹴ったアスファルトには大きなヒビが入っていた。




 ***




 戦闘が終わり、俺とファングは変身を解除した。俺達のコスチュームは身につけた時の動きを逆再生するように、それぞれの変身ツールに格納される。


「大丈夫、二人とも」


 近くで見ていた玲さんが駆け寄ってきた。


「すみません玲さん。逃げられました」

「仕方ないわ……それよりも、来てくれてありがとう。助かったわ」

「いえいえ」


 仕事ですから。


「……ふん、別に来てくれなくても良かったのにさ」

「やられそうになってたのに、なに言ってんだか」

「ウッ」


 俺が呆れた目で見ると、ファング……じゃなくて悠希はバツの悪そうな顔をした。


「ま、まぁ助けられたのは事実だしぃ一応礼は言っとくぜ」

「ツンデレか!」

「るせぇ!」


 ボロボロの身なりで、悠希が赤くなった顔を隠すようにそっぽ向く。

 コイツの性格が負けず嫌いで少しひねくれてるってことは理解してる。同い年かつ同じガーディアンズの四神ということもあって、ガーディアンズメンバーの中では一番付き合いも長いしな。


「二人ともお疲れ様。あの男の追跡とこの場の後片付けは私たちが引き受けるから、あなた達は撤収して良いわよ」

「お願いします」

「…………チッ」


 俺は小さく頭を下げてこの場を去ろうとするが、悠希は不服そうに舌打ちをした。


「アイツ、次は絶対倒してやっかんな!」

「お前、一体アイツとの間に何があったんだ?」


 訊いてみたけど、悠希は何も答えず握った拳をバチバチ叩くだけだった。

 暗に、『自分一人で片を付けるから手を出すな』ってことだろう。


「まぁいいや」


 さて急いで帰りますか……ってェ!


「げっ、やべっ昼休み終わってる!」


 時間の確認に腕時計を見たら、すでに5限目の開始時間を過ぎていた。

 現時点で遅刻確定だ。


「フケればいいじゃん」

「だから、イヤだって!」


 悠希がサラッとそんなことを言ってくるけど、ヒーロー活動中心に考えている悠希と違って、俺はあまり学業をおろそかにしたくないのだ。それに、サボったらサボったで言い訳を考えるの面倒くさい。

 でもまぁ、ヒーローとしては悠希の考え方の方が正しいんだろうけど……。


「……じゃあ俺、帰りますから!」


 そう言って俺は、全速力でダッシュした。超人的な身体能力を駆使して裏道や建物の屋上を通れば、この場所と学校まで5分くらいだったけど、来た道をそのまま戻れば帰る時間は、もっと短縮できるだろう。


「今度メシ奢ってやっからなァ!」


 走り始め、後ろから聴こえてきた悠希の言葉に、俺は前を向いたまま手を振って答えたのだった。




 ***




 ちょうどその頃、高宮第一高校2年C組では……。


「つまり、この充分時間が経った時刻のコンデンサAに溜まった電荷がコンデンサBにも流れていくというわけだ。そして、このコンデンサBの電位差Vbを求めるのが宿題の1問目だったんだが……じゃあ、葉山」

「えっ! あっはい!」

「この問1の答えは何だ?」

「え、えーと……Vbイコール5分の1Vです」

「おっ、正解だ。じゃあ、解法の説明も頼む」

「えっ!」


 葉山は見事にフラグを回収していた。





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