第4話 ヒーローの一日①





 微睡んだ意識の中でアラームが響き、やがて意識がハッキリしてきた。

 喧しく無機質に響くスマートフォンのアラームを止めて、また今日も俺の1日が始まる。



 ベットから身を起こして、部屋を出て洗面所に行き、顔を洗う。その後、さっぱりした顔でリビングに行くと、すでに父さんがテーブルで新聞を広げていた。


「おはよう」

「おはよぉ……」

「今日、夕方から雨が降るらしいから、折り畳み傘でも持ってけ」

「うぅーい……」


 父さんの話を聞き流しながら睡眠で固まった身体をほぐした後、母さんが台所から持ってきてくれた朝食を食べる。


「優人、あなた今日は部活だったわよね?」

「うん」

「じゃあ、帰りは少し遅くなるのね?」

「……うん、多分」

「多分って何よ?」


 だって、“予期せぬ事件”があったら帰るのもっと遅くなるし……。


「行ってきまーす!」


 そんな会話をしながら、さっさと朝食を済ませ、自分の部屋で制服に着替えた後、俺は学校へ向かった。





 登校中、途中の通学路が同じこともあり、俺はよく沙織と会う。

 今日もいつものように、制服姿の沙織を見つけた。

 俺は声をかけようと背後から歩み寄ったが、彼女の“話し声”に一瞬足を止めた。


「まぁ別に……ミーもそんな…………宿………人に……」


 沙織は誰かと話しているように何か言っているが、彼女の周りには今、話し相手と思われる相手はいない。

 事情を知らない者から見れば、完璧に不審者の言動だ。


「ひとりでブツブツなに言ってんだよ?」

「うわぁ!」


 俺が背後から話しかけると、沙織はビクッと身体をはね上げて驚いた。


「優人ぉ、ビックリさせないでよ! もう!」

「悪かったよ」


 ビックリさせるつもりは、まったくなかったんだけど……。


「そんで、なに話してた?」

「えっ!」

「なにか話してたろ、悩み事でもあるのか?」

「えっ……あ、あぁーそうそう!」


 ……下手な言い方。


「実は、そのぉ……物理の宿題やってなくてさ。当てられたらイヤだなって思っててさ」

「朝から5限目の授業の心配かよ。どんだけイヤなんだよ」

「だって、東山先生の授業、難しいんだもん。まいっちゃうよ」

「いや、あの先生の授業って、かなり分かりやすい方だと思うぞ?」

「でも私には難しい!」

「……沙織にとって難しくない授業ってあるのか?」

「ない!」


 言い切ったな。


「あっ! いや、ある。体育!」

「そ、そーかぁ……うーん……」


 なんだろう、俺の思ってた回答と違う……。

 まぁ、沙織が勉強苦手なのは今に始まったことではないので、とりあえず置いておくとして……。




 沙織の独り言……勿論これは沙織が心の病気を患っているわけでもないし、まして沙織がなにか悩みを抱えているわけでもない。


 もっと言うなら“独り言”ですらない。


 沙織のこの“会話”には、ちゃんと話し相手がいる。だが、この話し相手は魔法少女以外の人には目に見えない存在なのだ。


 魔法少女の使い魔、あるいはパートナー的なマスコットといえば、わかるかな?


 玲さんの報告によると、その使い魔たちが沙織達に助けを求め、ハデスを倒すため魔法少女になるよう、お願いし、力を与えたらしい。実際に見たわけではないが、外見は『ネコと子熊を足して2で割って、ピクシー要素を足した感じ』とのこと。

 種族名は“ニャピー”。自称『妖精界の住人』で、故郷の星をハデスに侵略され、なんとか地球に逃げてきたらしい。逃げてきたのはマーとミーとム―って名前の3人(匹?)。今はそれぞれ綾辻さんと沙織、秋月の元で暮らしている。


 つまり、さっきの沙織の独り言は魔法少女の使い魔、兼同居人であるニャピーのミーとの会話なのだ。

 俺はガーディアンズからの報告資料でそれを知っているから良いものの、はたから見ればただの怪しい人だ。

 沙織には、もう少し、その辺を気にしてほしいな、ホント……。







 朝のHR、一限目の古文、二限目の数学、三限目の英語、四限目の現代文と、今日も一日の時間割通り授業が行われていき、あっという間に時間は昼休みとなった。


「優人ぉー!」

「ぐへぇ!」


 葉山と一緒に昼ご飯を食堂で済まして教室に戻ると、教室に入った途端、沙織が情けない声で泣きついてきた。


「物理の宿題が終わんないよぉ。たすげてぇーー!」

「わかったわかった。わかったから手をはなせ! 首が絞まる!」


 襟元掴んでグワングワンゆすって、カツアゲか?


「あっ。宿題、俺もやってないや」


 席について沙織の宿題を手伝っていると、偶然通りかかった葉山が思い出したように言った。


「俺にも見せて水樹!」

「別に良いけど、丸写しして授業で当てられても知らねぇぞ?」

「当たらねぇだろ。確率で30分の1だぜ?」


 それはフラグか?

 今日の日付、葉山の出席番号と同じなんだけど……まぁいいか。



 こうして今日の残りの昼休みの時間は、次の物理の宿題を片付けることとなった。

 しかし途中、沙織に宿題の解法を教えながら横目で葉山が宿題を丸写ししているのを見ていると、ふと“仕事用”のケータイが鳴った。

 画面を見ると、玲さん名義で着信が入っていた。


「あれ、優人、ケータイ変えた?」

「いや、これはバイト用……ちょっと出てくるな」

「すぐ戻ってきてよぉ、まだ問題あるんだから!」

「少しは自分で解けよ……ったく」


 昼休み中は滅多に鳴らない電話を気にしながらも、俺は教室を出た。

 向かった先は、校舎の隅にある空き教室。休み時間中には滅多に人が来ない場所だ。


「はい、水樹です」

「こんにちわ、ハイドロード」


 電話に出ると、玲さんが俺のコードネームを呼んだ。

 どうやら本当に仕事があって電話してきたらしい。


「いま出て来れるかしら?」


 本当に突然だな……。

 俺は腕時計を見て、昼休みの残り時間を確認した。


「20分だけなら」

「“ファング”の助っ人を頼みたいのだけど」

「助っ人って……アイツ、高宮町こっちに来てるんですか?」

「今、隣町で戦闘中。場所については後で送るから手助けしてあげて」

「他に助っ人に行ける人は?」

「生憎、私たち一般エージェントじゃ力不足なの。すでに援護部隊の半数がやられて、救援要請が来てるわ」


 昼休みの残り時間は、あと20分。往復に5分掛かるとして、10分で片付けろってことか。

 無茶をおっしゃる。


「……了解!」


 電話を切って、送られてきた情報を確認した後、俺は全速力で指定された場所に向かった。




 ***





「困りましたね。仕事の邪魔をしてもらっては……。私はね、皆を幸せにするために、この仕事をしているんですよ。国民の皆が安心して暮らせる平等で差別のない世界を作るためにね」


 向かった先では、きっちりとしたスーツを着た男が傷ついて倒れている少女をゴミを見るかのような眼で見降ろしていた。すでに争った後なのか、周辺の建物や地面は壊れ、荒れていた。


 場所は大手会社の敷地内。確か有名な製薬会社だったと思う。玲さんからもらった情報によると、スーツを着た男は、この会社の社長さんだそうだ。

 なんでも巷で一般人が怪人に変身する事件が発生していて、その黒幕がこの会社にいると突き止めた“仮面ファイターファング”は、この男を追って会社に乗り込んだらしい。


 結果、いま目の前にある光景になってしまっているわけだが……。


「ふざけんなッ。お前は皆の幸せなんて考えちゃいねぇ……全部、自分のためだ。周りを奴隷みたい使い捨てて、王様気取りのただの勘違い野郎だ」

「ふん……まぁ、組織の狗になっている君に言ったところで無駄でしたね」


 少女の言葉を鼻で笑うと、男の身体が変化した。

 特撮モノで怪人のスーツをよく見るけど、男が変身した姿は、それよりもずっと禍々しい姿をしている。何をモチーフにしてるのかは分からないが、人が悪魔にとり憑かれたらあんな風になると言われたら納得してしまうような外見だ。



 倒れた少女を踏み潰すそうと、男は大きく足を上げた。そしてここが俺が最初に目にした光景だ。


「それでは、お嬢さん……さよなら」

「そうはさせるかドロップキーーック!」


 俺はダッシュした勢いを利用して、怪人に跳び蹴りをかました。

 怪人は倒れはしなかったが、その場から離れるくらいには飛んでいった。


「なんですか貴方は?」

「ゆ、ゆーとぉ……」


 怪人は不快そうな声で言いながら、俺を見る。

 倒れた少女は顔を上げて俺の名前を呟く。スポーツアスリートみたいな白黒ジャージを着て、腰部には象徴的なベルトをつけている。


「よっ、調子悪そうだな」

「うるさい、ちょっと油断しただけだ……」


 俺が気安く話しかけると、少女は悔しげに言葉を返す。だが、その表情には微かに安堵の色が見える。

 青少年みたいな容姿と声だが、これでも華の女子高生だ。年齢は俺と同じである。


「お仲間の登場というわけですか。それもまた社会人にもなっていない青年とは……。あなた方の組織も本当にクズですね」


 否定はしないけど、クズは言い過ぎじゃない?


「つくづく、この国は老いぼれの都合の良いようにできていると感じますね……貴方は、そう思いませんか?」


 それも否定しないが、だから何よ?

 この場において何か関係ある?


「私はね、そんな国の腐った基盤を変えたいのですよ。若者が搾取され、老いぼれがふんぞり返るこの国を……この力でね!」


 男は怪人になった姿を示すように、自分の胸に手をやった。


「だったら出馬して議員にでもなれ。民間人を巻き込むな」

「大義のための小さな犠牲です」

「その犠牲を守るために、俺たち守護神ガーディアンズはあるんですよ」

「それは建前でしょう。芯にあるのは、老いぼれ共が自分達の地位を維持するためですよ」


 ……半分くらい、言いがかりじゃね?


「優人、ソイツに何を言っても無駄だ」


 俺と男が言い合ってる内に、倒れていた少女が立ち上がっていた。


「やれるか?」

「当然!」


 力強く頷いて、少女はベルトのバックルを起動させた後、格闘技の型のように身体を動かす。その活気ある動作は、見るものに虎のような力強さを感じさせる。


「変身!」


 直後、バックルのシステムが反応する。ナノテクノロジーでできたパワードスーツを身に纏い、少女は“仮面ファイターファング”となった。

 彼女の名前は、上地かみじ悠希ゆうき。ガーディアンズで『白虎』の称号を持つ彼女のコードネームは“仮面ファイターファング”。空手や柔道、ボクシング、カポエラ、ムエタイなどなど、世界中のありとあらゆる格闘技の達人である。一応、棒術や剣術もマスターしており、武器を扱えないこともないようだが、本人曰く武器で戦うのはあまり好きじゃないらしい。


 ちなみに、この変身ポーズ、ただ単にノリでやってるわけでなく、音声認証とモーション認証による装着者の識別を行っているのだ。これによって、ファングのスーツは、システムに登録された者でないと変身できない仕様になっている。


 俺のスーツも、製作者が同じとあって原理は一緒だ。俺の場合は、“変身”というより“装着”って感じだけど……。

 悠希の変身アイテムはベルトのバックルだが、俺のは腕時計だ。腕時計のスイッチを押して盤面を触れると、装着システムが起動する仕組みになっている。


「それじゃあ、俺も……」


 俺がシステムを起動すると、特殊素材でできたスーツが侵食するように制服ごと俺の身体を覆い、アーマーやマスクとなって装着された。

 ハイドロードのスーツを身に纏った俺の横にファングが立つ。


「5分で片付けるぞ。こちとら昼休みを抜けて来たんだ」

「授業なんて、サボれよ」

「イヤだよ」


 そう軽口を言いながら、俺とファングは怪人へと立ち向かった。





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