第3話 エージェント
銀行強盗を拘束して、その後、近場で起こったコンビニ強盗2件と窃盗1件、計6人の犯罪者を制圧した。
日本の犯罪発生率は海外と比べて少なすぎるくらいだが、ここ最近の高宮町の犯罪発生率は異常だ。いずれも俺、あるいはガーディアンズのエージェントが対応しているおかげで大事にはなってないが、これも“ハデス”や“ノーライフ”の影響だろう……。
まぁ、とりあえず話を戻して……。
「クソがッ、覚えてやがれェ!」
「あっ、待って!」
今、俺の百数メートルくらい先では、ノーライフのシクルキが黒い次元の渦のようなものに吸い込まれていた。
それを追って、沙織……じゃなくて、キューティズ達が逃亡を阻止しようとしたが、どうすることもできず、渦が消えた空中を空振りするだけに終わった。
その光景が、俺が犯罪者たちを制圧した後、現場に到着して初めに目にした光景だった。大通りの向こうには、ピンクとブルーとイエローの少女三人と廃車にされた車の列が見える。
急いで来てみたが、どうやら遅かったらしい。
「遅かったじゃない、ハイドロード」
俺が肩を落として息を整えていると、ふと後ろから凛とした声が聞こえてきた。
振り返るとそこには黒髪ショートカットの女性が一人立っていた。警備隊とスパイの中間のような格好をしたその人の腰には、小さめのハンドガンが装備されている。身なりは地味だが、確実に一般人ではない。
まぁ実際、彼女は一般人ではない。ガーディアンズのエージェントだ。
名前は、
高宮町に現れるハデスについても、ガーディアンズは“一応”組織的に対応を行っている。だが対応といっても、ハデスに物理兵器は効果がなく謎も多すぎるため、現状、ガーディアンズがハデスやノーライフに対して行っていることは『魔法少女』であるキューティズの支援と、ノーライフのせいで邪心が増幅した人間が引き起こした犯罪の対応がほとんどだ。
玲さんはエージェントとして魔法少女の彼女達と連絡を取り合い、彼女たちのサポートとハデスの情報収集を行っている。ノーライフが出てきたときは、こうして現場に駆けつけ、逃げ遅れた市民の救助などもやっている。
「補習でも受けてたの?」
「補習受けるほど成績悪くないですよ」
「じゃあ、どこかで道草でも食ってた?」
「そこの突き当りにあるコンビニと20メートル先の銀行、200メートル先の裏通りで」
「そう、いっぱい道に雑草が生えてたのねぇ」
道草を食うって言うとサボってるみたいに聞こえますけど、むしろ、その“雑草”をむしるのが俺の仕事なんですが……?
「今日出たのは、またあのカマキリのヤツですか?」
「えぇ、相変わらず無駄に頑丈なうえ逃げ足の速いヤツでね、今日も逃げられたわ」
「そうですか……負傷者は?」
「ドライバーが数名。幸い、死亡者は出ていないわ」
「そうですか……」
良かったと思いつつも、怪我人が出たことに心にモヤっとした感覚が残る。
「気を落とさないで。キャプテンだって全員は救えないわ。死人が出てないだけラッキーよ」
「えぇ、そうですね」
ガーディアンズの見解では、ノーライフが人を殺しにかかるような行動を取ることは、まずない。ノーライフは人間の絶望や邪心を広めているため、その対象となる人間が減るのを良しとしていないとのことだ。だがこれは、あくまでハデスとノーライフが人を殺すことを優先していないということだけであって、人を殺さないという意味ではない。
ハデスやノーライフは人の命など欠片も気にしていないし、必要となればノーライフは人を殺すだろう。
それを阻止するために、
暗い気持ちを吐き出すように、俺は「ふーっ」と深呼吸した。
「帰るか……」
やることもなくなったので、俺は身をひるがえして帰路につく
「あなたは、いつ彼女に自分のことを伝えるつもり?」
だが、数歩足を進めた途端、玲さんが後ろからそう言葉を飛ばしてきた。俺は足を止め、玲さんに目をやった。
「幼馴染なんでしょ、彼女?」
「えぇ。でも自分から言おうとは思ってませんよ」
「どうして?」
「余計な混乱を与えたくないんです。なので、知らせるべき時がくるまでは黙ってようと思ってます」
「あなたが彼女の正体を知っていることも?」
「……えぇ」
キューティ・サマー……沙織は、ハイドロードのファンだし、もしも俺がハイドロードだって話したら、絶対にパニックになる。身体を改造されて、日夜、強盗やヤクザと戦ってるなんて話を聞いて、沙織が平然としていられるっていうなら別だが……。
それにハイドロードの正体を知ることで敵対する誰かに狙われ、危険にさらされる可能性もある。
逆も同様で、俺がキューティズの正体が沙織達……キューティ・スプリングが綾辻さんで、キューティ・サマーが沙織、キューティ・オータムが秋月であることを知っていると教えたら、沙織達はパニクるだろう。そして、どうしてそれを知っているのかという話になり、俺がハイドロードだという話につながりかねない。
俺がキューティズの正体を知ったのは、ガーディアンズが高宮町に現れたハデスと魔法少女について調査した報告書を見たからだからな。
「いつかちゃんと話せる時が来るといいわね」
玲さんのその言葉に、俺はイマイチ素直に頷けず、固い表情のままその場を去って家へ帰った。
***
「ただいまぁ」
「おう、おかえり!」
「……えっ?」
家に帰ると、父さんがリビングでくつろいでいた。
俺の父さんは警察官、それも刑事課強行犯係だ。なにかと時間外勤務の多い仕事なので、今みたいに陽が出ているうちに家にいるのは珍しい。
俺はビックリした顔で、夕方のニュースを見ながらビールを飲んでいる父さんを見る。
「珍しいね、こんな時間に家にいるなんて」
「十年に一度あるかないかのアフターファイブだ。オリンピックよりもめでたいぞ!」
そういってビールを傾ける顔は、本当に愉快そうだ。でも顎の無精髭とボサボサ髪のせいで不健康そうにも見える。見方を変えれば、世間的にはダンディなおじさんとも見えなくもないが、自分の父親として見ると、やはりどうしてもだらしなく見えてしまう。
「今のご時世に、ブラック過ぎじゃない?」
「一昔前と比べたらどうってことないさ。それに国民の命を守ってるんだ。仕方ないさ」
「イヤにならないの?」
「自分で決めたことだ」
父さんってそういう所“は”カッコいいよね?
「ママぁ、もう一本!」
顔真っ赤にして母さんにビールをねだる様は、完全に飲んだくれだけど……。
良い匂いが漂ってくる台所の方からは「はいはい」と母さんの呆れたような声が聞こえた。
『引き続きニュースをお伝えします。今日、午後四時半頃、高宮町の銀行で三人の男が「金を出せ」と銀行員を脅し、現金を持ち去ろうとする事件が発生しました。幸い怪我人はおらず、容疑者の三人は駆けつけた“男性”によって取り押さえられました』
テレビのニュースでは女性キャスターのアナウンスと共に、銀行の監視カメラの映像が流れている。その映像には“ハイドロード”が強盗犯を倒し、銀行員と共に強盗三人をガンテープで拘束する様子が映っていた。
「またか、ここ最近ずっとだ」
父さんは辟易としたようにため息をつく。
「……やっぱり
「あぁ。幸い、ガーディアンズのおかげで市民に被害が少ないのは良いが、後始末がな……調書を取っても、理由と言えば『むしゃくしゃしてやった』とか勝手なことばかり……」
ハデスやノーライフについて、情報の一部には緘口令が敷かれている。なので警察を含め一般人はノーライフが周りの人間の邪心を増長させる存在ということを知らない。これは『もしその事が知れたら、そもそも悪いことを企んでいた犯人が自らの犯罪の要因をノーライフのせいにする可能性があり、正しく裁けないから』とのことらしい。
「お前も気をつけろ。このところの高宮町は何か変だ。ガーディアンズや魔法少女なんてのがいるとはいえ、アイツらだって、いつも助けてくれるわけじゃねぇからな」
「わかってるよ」
そんなことを言ってると、台所から母さんがビールを持ってやってきた。
顔の整った落ち着いた雰囲気の女性。母さんを言葉で表すと、そんな感じだ。父さんとは同い年らしいが、父さんがあんな見た目なので母さんは年のわりに、よく若く見られる。
「おかえりぃ。はやく着替えちゃって。もうすぐ晩御飯できるから」
「はいはーい」
俺は二階の自分の部屋へ向かい、階段を昇る。
『“ハイドロード”が高宮町での活躍や目撃証言が多いことから、一部ではハイドロードが高宮町に住んでいるのではと憶測が広がっています』
「ハイドロードか……気にいらないな」
「あら、どうして?」
「ハイドロード、あと仮面ファイターもだが、正義の味方なら正体を明かすべきだ。ちゃんとした信念があって犯罪者と戦ってるなら、なぜ身元を隠す? とても信用できん。まだ、キャプテンとマスターの方がマシだ」
プシュっとプルタブを開ける音を鳴らして、トクトクと父さんはグラスにビールを注ぐ。
「それに、あの二人はおそらく高校生か大学生くらいの青少年だ。体形を見れば分かる」
「まぁ言われてみれば、そんな感じよね。けど、それがどうしたのよ?」
「そんな若者が、何かあったときに、ちゃんと責任を取れるのか? 人命に関わることをするってのは、それだけ責任も大きいってのに……」
ゴクゴクとビールを飲み干す音が聴こえる。
「それに……」
そこで父さんの話が少し止まる。
その間、ゆっくりとグラスをコトッと置く小さな音が聴こえた。
「それに、そんな若者に犯罪者を相手にさせてると思うと、日本の警察官として、自分が情けない……」
父さんの声が、憤りから落ち込んだものに変わった。
「……仕方ないわ。あなたはただの警察官。あの人はスーパーヒーロー。同じ“正義の味方”でも、できることが違うわ。それでも、あなたの仕事は、確かに私たちの平和を守ってるんだから、もっと自信を持って」
「……あぁ」
一段目の階段に片足を置いたまま、俺はそんな父さんと母さんの会話を複雑な心境で聞くのだった。
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