おまけⅡ第8話 根岸光平 「副将戦」

 自分ですべて倒すつもりだった。


 なのに、両者反則負け。申し訳ない事、この上ない。中堅が両方とも消えたので、自動的に次は副将同士の対戦になる。


 向こうの副将はどんなやつだろう? そう思って上級生グループを見たら、でっかい男が出てきた。こっちの相撲部、小暮元太もデカイが、さらにデカイ。それに体の厚みがある。デブではなく筋肉だ。


 その大男が小暮元太を見つめた。小暮はその大男を気にしながら、俺らの所に来た。


「あの人、中学の大会で見た気がする」


 マジか! 相撲経験者か。


 飯塚が、納得したようにうなずいた。


「なるほど、どうりでガタイがいいわけだ。当時は強かったか?」


 小暮は思い出そうと眉を寄せた。


「たのんだぞ、村上」


 上級生の一人が大男をそう呼んだ。その声を聞いた小暮が顔をあげる。


「やっぱりそうか。個人戦でベスト8の人だ」

「それ全国大会か?」


 小暮がうなずく。


「その時のゲンタの成績は?」

「予選落ちだよ。決勝トーナメントにも進めてない」

 

 飯塚は腕を組んでうなった。


「まずいな。逆にケンカのほうが良かったか。本格的に相撲となると、特殊すぎる。有馬も負けるぞ」


 有馬は何も言わず、ふたりの話を聞いていた。


「とにかく、がんばってみるよ」


 小暮が土俵へ歩き出そうとした時、有馬が口を開いた。


「待てゲンタ」


 小暮が振り返った。


「おれが行く」

「和樹、話、聞いてたか?」

「勝てる気しないヤツが行っても、勝てん」


 小暮が顔をしかめた。そう思っていたようだ。


「勝つ作戦がないなら、おれが行く」

「作戦・・・・・・」

「気合いで、とかはダメだ。どの世界も上級者は、そんな所はとっくに通り過ぎてる」


 小暮が真剣に考え始めた。


「・・・・・・立会い。最初のそれにすべての力をかけてみる」

「かわされる可能性は?」

「ないと思う・・・・・・いや、ない。上級生のプライドがあるから、いなすことはしない」


 有馬が笑った。


「文字通り、ぶちかましだな。いんじゃないか」

「うん」

「いいぜ。うしろには、おれがいるからな。安心して、ぶちかましてこい!」

「行ってきます!」


 俺は行司がいない事に気づいた。


「はっけよいって誰が言う?」

「要らない。本来、相撲はお互いの呼吸が合った所でスタートするんだ」


 小暮が土俵に歩いて行った。


「和樹、お前は勝つ秘策でもあったのか?」

「ない!」

「ないんかい!」

「そこは気合いだ!」

「自分でアカン言うたやん!」

「・・・・・・まあ、いいか。そんなとこだろうと思ったよ」


 ええんか飯塚! なんだか、このふたりに付き合うと疲れるわ。


 上級生の村上は土俵の手前で待っていた。


 小暮元太は土俵の前で一度止まった。自分の頬を両手で張る。それはすごい音がするほどで、小暮の頬は赤くなった。


 村上のほうは特に気合いを入れるでもなく、すっと土俵に入り、すぐに仕切り線に構えた。こっちの小暮も遅れてしゃがむ。ふたりとも片方の拳を仕切り線につけた。残りの拳をゆっくり地面に下ろす。始まるか。


 いや、小暮のほうが嫌った! 小暮は立ち上がり、いったん間を置いた。俺は息を止めていたことに気づき、大きく息を吐いた。


「なんや、緊張するな」

「ああ、思えば、選手同士による本物の相撲を生で見るの初めてだ」


 飯塚が言った。言われてみればそうかも。


 小暮が学生服の上着を脱ぎ始めた。どこへ置こうか迷っているみたいだったので、俺が近寄って受け取る。小暮はさらにシャツも脱ぎ始めた。


「裸になるんか?」

「上半身は服がないほうがいい気がして。そでを捕まれる」


 なるほどな。シャツまで持つとなると、上着がクシャクシャになりそうだ。俺は小暮の上着を肩に羽織った。


 有馬たちの元まで戻ると、飯塚が言った。


「コウがゲンタの上着を羽織ると、マントだな」


 ほんとそんな感じ。小暮の上着はバカみたいに大きい。


 土俵上のふたりが視線を合わす。構えると村上はすぐに両拳を地面に付けた。「いつでも来い」そんな意味合いか?


 ゲンタがドン! と拳をつける。ふたりがぶつかった! ぶつかった所でピタリと止まった。


「互角か」


 横の有馬がぼそっとつぶやいた。


 ふたりは互いのベルトを掴んだ体勢になった。それでも大きな動きはない。


「ゲンタの足」


 飯塚が言った。小暮の足を見る。ジリジリとゆっくり幅を広げていた。


 ふたりがお互いの肩にアゴを乗せ、ほぼ同時に大きく息をついた。そうか、組み合った状態でも押し続けているのか。


 村上のほうが先に息を止め、右手のベルトを掴みなおし投げようとした。小暮の体勢が崩れる!


 両者の体が開いた。小暮が右に大きく傾く。投げられそうになった瞬間、左の足で相手の右足をすくい上げた。両者が同時につんのめる。どっちも手をつかない。そのまま顔から地面に倒れた!


 俺、有馬、飯塚が駆け寄った。ふたりは仰向けになって息を整えようとしていた。どちらもぜいぜい息をしている。短時間だが、使う体力すごいな!


「どっちだった?」


 小暮が聞いてきた。ほぼ同時に見えた。有馬も飯塚も、どっちだとは言わなかった。


「俺の方だろう」


 上級生の村上が起き上がった。


「この学生服、買ってもらったばかりでな。思わず最後に手をついた」


 村上は立ち上がった。


「センパイ」


 まだ仰向けの小暮が口を開いた。


「相撲、一緒にしましょうよ」


 村上は一瞬、複雑な顔をして去っていった。


「まあ、色々あるのかもしれへんな」


 俺みたいに超貧乏かもしれない。


「よし、一名ゲット!」

「有馬、ほんま、お前な」

「コウ、言っとくぞ。こいつは空気読めないんじゃない。読む気がない」


 さすが友達、よく分析できてるわ。


「あれ? 何してんの?」


 空き地の入口で声がした。歳は俺らと同じふうだが、私服だった。


「金子・・・・・・」


 上級生の坂田がつぶやいた。俺らの集団からノロさんが駆けてくる。


「あ、あの金子くんは、去年に退学になった人なんだ」


 たしかに、危なそうな雰囲気をしている。それに紫と黒のサマーセーターに下がジャージ。素晴らしきヤンキーセンス。それに前歯がなかった。


「坂田、なにしてんだ?」

「ちょっと下級生と話を。か、金子くんは?」

「俺か? 松月堂のイチゴ大福買いにな。くそっ、売れ切れてやがった!」


 意外。買い物はシンナーじゃなかった。前歯は単に虫歯か。


 金子と呼ばれた上級生、いや元上級生は、この時始めて2年F組の面々に気づいた。


「おお? 下のモン多くね?」


 俺はひとつ勉強になった。空気を読まないヤツにも色々いる。こいつはひたすら嫌悪感が強い。有馬にそれがないのは、なんでだろう。


 小暮がひと息ついたようで、立ち上がった。それを見た金子が目を丸くする。


「おお? こいつ裸?」


 場の雰囲気にたまらず坂田が入った。


「ちょっと相撲やってたんだ」

「へー」


 金子は地面を見た。おい、坂田、それ、アカンパターンや。


「俺にもやらせろよ!」


 ほらな。


 


 


 

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