第28-5話 有馬和樹 「ドラゴンVS釣り人」
赤みがかった鱗と羽を持つドラゴンだった。
大きい。長さはトレーラー三台に匹敵する!
ハビスゲアルが中央のトレーラーに移り、一番前に歩み出た。呪文を唱え、両手のひらを空に向ける。透明な壁みたいなものが一瞬見えた。
ドラゴンがトレーラーめがけて急降下してきた! がばっと口が開き、咆哮をとともに炎が吐き出される。
これが噂の「ドラゴンブレス」か! ハビスゲアルの結界で防いだが、その熱気たるや凄まじい。里で倒したサラマンダーより強力だ。
『駒沢くんは、ゴーレムで原始人をお願い。ドラゴンは……』
「俺だな」
呼ばれる前に三号車の魚住将吾が答えた。
「爆釣!」
魚住が右手に何かを持ったようだ。
「アプローチ!」
空に向かってルアーを投げるような動作をした。魚住のスキルは、魚住と狙った獲物にしか見えない。
ドラゴンは上でぐるぐる旋回している。
「嘘だろ、食いつかねえ!」
魚住が叫んだ。
それまでしゃべらなかったドクが、そっと自分の耳を触った。音声オンのスイッチだ。
『魚住くん、ファンタジーでドラゴンは食事をしないって記述がよくある』
魚住は通話を忘れて直接ドクに叫んだ。
「まじかよ! ドク、ドラゴンがかかりそうな餌は?」
『可能性高そうなのは……エメラルド』
「オッケー、サンキュー!」
魚住はすごい勢いでリールを巻く動作をした。ルアーを一度巻き取ったのか、それを変えるような仕草をする。それから狙いを定め、もう一投!
ばくっ! とドラゴンが食べた。ぐいっと首を振る。それに引っ張られたのか、なんと魚住の体が浮いた。あわてて三号車の連中が身体を押さえる。
『二号車の中に縄があるわ。魚住くんの腰と手すりを誰か結んであげて!』
誰かが素早くハシゴを下りていった。
『ももちゃん入電、召喚士がどこにいるか、わかる?』
『司教っぽいのは、あちこちにいる。でも、どれが召喚士かは、わからない』
シュルル! と玉井鈴香のボールが飛んだ。ドラゴンの胴体に当たるが、びくともしない。なるほど、竜の鱗ってやつは頑丈だ!
魚住はリールを巻いたり、逆に泳がせたりとドラゴンを上手く翻弄していた。
姫野はどう出るのか? 姫野を見ると、自分の表計算スキルを見ているようだった。それと、さりげなく人差し指で耳をさわり、小さく口を動かしている。
索敵と通信の役目をする遠藤ももと、こっそり話しているのかも。作戦を指揮するなら、あって当然だ。ずいぶんと軍師っぽくなったな。
『全員に通信、もう二体くる!』
遠藤の焦る声。
『空から来る! あれは……猫?』
『猫じゃない、ガーゴイルだ』
ドクが指摘をする間に、小さな羽を生やした化け猫のような物が急降下してきた!
ジャムさんが急いで矢を放つ。一体はそれをかわして上昇した。もう一体を迎え撃つためヴァゼル伯爵が飛び出す。
ガキッ! という音がして、伯爵の短剣による一撃を歯で挟んだ。逆手の短剣もかわす。ガーゴイル、なかなか素早い!
『右、真横、魔法使い!』
遠藤の鋭い声。真横の屋上に派手なフードの男がいた。火の玉が飛んでくる。
「ケルファー!」
友松あやの掃除スキルで火の玉は消えた。
『左は弓兵!』
今度は左か。ハビスゲアルが左の三号車に移った。弓兵は五人。すでに矢を引き絞っている。間に合わない!
「せーの!」
工作班の茂木あつし、渡辺裕翔のかけ声がしたと思ったら、三号車の左の壁がバタン! と上がった。跳ね上げ式ゲートのように板が上がり、腰の高さほどの壁になる。
「伏せろ!」
おれは思わず叫んだ。全員が伏せる。カカカッ!と木の板に矢が突き立つ音がした。
『茂木でい。三号車の左は二重になっていて、外側が跳ね上がり盾になる。しかし二号車の右は出入り用の扉なんで動かねえ』
そういやそうだ。作田は二号車の扉から入っていった。
『二号は、屋根の床に板があるんで立ててくだせえ』
二号車の上にいた人が端に寄った。長い大きな板がある。横に立てると、前後の両端に止める金具があるようだった。
バチン! と金具がはまり板が手すりに固定される。これで右も左も腰の高さほどの壁ができた。すげえな、工作班!
その間に左の弓兵には、ハビじいの火の玉が飛んだ。
右の司教には、ジャムさんの矢が突き立つ。
『魔法使いが増えてきたわ! 中央をあやちゃん、右に伯爵、左をハビスゲアルさんで防御して!』
魔法を跳ね返せるのは、この三人だけだ。ガーゴイルを追っていたヴァゼル伯爵が戻ってきた。
『進藤くん、前進!』
トレーラーがガタガタッと揺れ、ゆっくりと動き出す。
次々に弓兵と魔法使いが現れた。矢と魔法がトレーラーを襲う。魔法の防御でハビスゲアルさんと伯爵は手一杯。
ジャムさんの矢と玉井鈴香の遠投ボールで一人ずつ倒すが、こちらのほうが分が悪そうだった。
『右に弓兵、みんな伏せて!』
『上からガーゴイルもだ!』
姫野の声にプリンスの声がかぶる。
ジャムさんが屈んだ状態で矢を射るが、ガーゴイルは軽くかわした。
くそっ、どちらかというと、ドラゴンよりガーゴイルのほうが釣りやすそうだ。だが魚住は、まだドラゴンと格闘している。
……いや、待てよ。
おれは耳に手を当てた。
『玉井!』
『なー……に!』
「に!」と力が入ったのは、ボールを投げるとこだったんだろう。右の弓兵が一人倒れた。
『パン持ってるか?』
『ええっ?』
『パンだよ、パン、土田のパン』
『あるけど』
よし! いけるかも。
『パンの中にボール入れて、投げれるか?』
『はぁ?』
『食いついたところで、黒宮が冷凍スキルをかける!』
なるほど! という声がトレーラーのあちこちから聞こえた。
『待ってね。ギュウギュウに固めないと無理』
『了解』
その間に、こっちの用意だ。
「黒宮!」
空調のスキルを持った黒宮和夏が、真ん中の一号車に移ってくる。ゲスオも立ち上がった。そうだ、冷凍庫にスキルをかける時は、ゲスオのブーストをかけてたっけ。
「黒宮、距離あるけどいけるか?」
「いける……と思う」
「オッケー。じゃ、ゲスオ」
「ふふふ、前から、やってみたかった事があるでござる」
ゲスオが不気味に笑って眼鏡を上げた。
「お茶目な落書き! 絶対零度を追加!」
ゲスオが黒松にタッチした。絶対零度?
『キング、できた。いつでも』
玉井から通信が入った。
「黒宮、チャンスは一瞬、ガーゴイルがボールを咥えた瞬間だ」
黒宮は力強く、うなずいた。
『よし、玉井、山なりで投げてくれ』
『了解! いくよ、3、2、1』
思ったより遠くの建物から、山なりのボールが発射された。二匹のガーゴイルが旋回する場所に飛んでいく。
一匹のガーゴイルが気づき、ボールを追っかけた。犬が空中でエサをキャッチするように、ガーゴイルはボールをパクッと咥える。
「今だっ!」
「黒くまくん!」
バギッ! とガーゴイルの頭部が一気に氷の塊になった。そのまま墜落して建物の上に落ちる。ガラガラ! と大きな音を立てて建物が崩れた。
「よっし! 土田、お前も役に立ったぜ!」
空に向かってパン職人の名を叫んだ。
「しかし、なんだ? さっきの」
おれは誰にでもなくつぶやいた。ガーゴイルの頭部が一瞬で凍ったように見えた。凍ったというより、氷の塊に包まれた。
「絶対零度、真空の宇宙とおなじだよ」
隅っこにしゃがんでいるドクが言った。みんなの邪魔にならないように隅で小さくしているらしい。
「温度は−273.15℃ 一瞬だったとしても周りの空気中にある水分が凍るから、ああなる」
まじか。絶対零度、怖っ!
「ゲスオ、すげえアイデアだ」
「い、いや、拙者、アニメの魔法で響きが、かっこ良かっただけでござる……」
それもまじか。
『右前方、2時の方角。弓兵八名』
また弓兵か。いやいや、これも待てよと。
『玉井、今度は、普通にボールで投げてくれ』
『いいよ。カウントダウンいる?』
『いる!』
おれは、もう一度、黒宮に振り返った。
「今度は、玉井のボールに空中でかけてみて!」
『いくよ、3、2、1、レーザービーム!』
シュルシュルと風切る音。王都の空を白球が横切る。
「黒くまくん!」
ボン! と小さなボールは大きな氷の塊に変わった。それが弓兵の集団にぶつかり、屋根ごと吹き飛ばす。
「すご……」
トレーラー上の誰かがつぶやいた。予想以上だ。これで弾丸ボールは、ロケット弾並みの威力に変わった。
『和夏ちゃん、すごい! ガンガン投げるね』
『うん!』
喜ぶ二人に、遠藤の声が割って入った。
『一難去って、また一難。もう一匹来るよ』
ガーゴイルの片割れ、さっき逃げたと思ったら戻ってきたか。玉井ってパンまだあるのかな? そう思って空を見上げる。
くそっ、その考えは甘かった! ドラゴンだ。二匹目は青っぽい。
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