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「よもやこんなことが起きるとはな……」


 メルクトリが大の字で天上を見上げている。体はうっすらと半透明に。ハヌマリルよろしくHPが尽きて消えかけといったところか。彼も直に消滅するだろう。


「聞きたいことは山ほどある。だけど先に教えてくれ、どうしてこんな真似をしたんだ。言っちゃ悪いけど……電脳世界の支配者とか馬鹿らしくないか」


 メルクトリはカカと大笑した。


「のうアルトよ、お前は弱小プレイヤーを見た時に何か思うことはないか」


「いや特に……強いて言えば何か手伝ってあげようとかくらいだけど」


 メルクトリは「ふむ」と相槌を打つ。頭を左右に振っているあたり、納得のいく答えではなかったようだ。


「現世でもこっちでも、弱いやつというのは無駄に数が多いだけよ」


 突然ぶっきらぼうに言い出すものだから俺には何の話か分からなかった。


「いきなりなんだ。別にそんなことはないだろ」


「いいやある。少なくとも長年に渡る業務経験から分かったのだ。弱小プレイヤーに限って何の努力もせん、そのくせ声ばかりが大きく、自分の望み通りならないとすぐ〝お問い合わせ〟だ。何々が強すぎる、このジョブをもっと強くしろ、弱くしろ、ドロップ率を上げろ、課金アイテムを減らせ……そういう奴らをもうウンザリというほど見てきた」


 過去を回想するかのようにメルクトリはしみじみと目を眇めた。


「調査したところ、文句の発端は決まって低から中Lvの冒険者だ。つまり弱いやつというのは数と文句ばかりが多いものなのだ」


「それで? まさか弱者が嫌いだから全員ぶっ殺しますなんて言わないだろうな」


「ガハハ、何を言っておるか。俺たちは殺戮者になりたいわけではない。現にレイド戦では潔く引いたであろう。モンスターによる襲撃も最低限しか行っておらん。その気になれば俺が止めれる」


「じゃあどうして。何のためにこの世界を治めようとしたんだよ」


「言ったであろう、俺は傲慢ごうまんな弱者が嫌いなのだ。ならばその傲慢ごうまんさを取り払ってやればいいだけのこと」


「えっと……つまり……」

 まだ漠然ばくぜんとしていて掴めない。答えあぐねいているとメルクトリが破顔した。


「運営とプレイヤーはなあ、立場で言えば圧倒的にプレイヤーの方が強い。サーバーへのアクセス権限とかそういう強弱ではなく、社会的責任での話だな。どんな誹謗中傷が来ようとも運営は〝ありがとうございます〟と媚びを売るしかないのだ。たとえそれがクレームばかりつける無課金プレイヤーが相手でもな」


 ひと息ついてからメルクトリは続ける。


「言い返せない運営に弱者はより幅を利かせているわけだな。弱者であるにも関わらず、自分が強者だと思い上がっておるのだ。強いのはあくまで社会的立場だけだと言うのにな。だからこそ俺たちはこの世界を作った。ゲームの世界をゲームだと認識できなければ……クレームもクソもあるまい。真の強者による、真の統治が行えるというわけだ」


 ご大層に目論見もくろみを明かしたメルクトリだが、俺にはやっぱり理解もできないし、あわれみのあまり嘆息たんそくが込み上げてきた。ゲーム運営者らしいと言えばらしいのかもしれないが。


「大げさに言ってるけど要は〝もう我慢の限界だ、全員分からせてやる!〟みたいな感じだろ。暴言に暴行で返してたら世話ないぞ」


「そう言ってくれるな、しかし実際のところ悪くない世界だったであろう。交通事故も殺人もない、生活に困窮している者もいなければ、行き倒れる者もいない」


「誰かさんの企みで全部パアになっちまったけどな。あと俺は殺されかけたぞ、お前に」


 話を聞いているのかいないのか、メルクトリは涼し気な顔で沈黙している。都合が悪くなると無視とは相変わらずだ。


「さあて、そろそろあの世行きのようだ。体が透過してきたわい」


「待ってくれ、最後にもうひとつ――結局のところ魔王って誰なんだよ。お前を倒してもまだ元の世界には帰れないのか?」


 俺が問うと、メルクトリの面持ちはますますやにさがった。


「お前はほんとうに察しが悪いのぉ。なあにすぐに分かる」


「おい、俺は本気で聞いてるんだぞ」


「まったく……お前はここに来るまでの間、何か思うところはなかったのか。お前たちを送り込んだ奴のことを考えれば、ハッキリしそうなものだが」


 ここに送り込んだ奴と言うと――あの二人か。いや魔王はどちらか片方のはず。となると魔王と魔人が一体ずつ? いや違う、そう言えばあの男は――。


「せいぜい頑張りたまえよ、アルト。俺とてこんなところで眠るつもりはない。お前が倒してくれねば、ハヌマリルもろとも電脳世界に囚われてしまうのだからな」


 最後にそう言ってメルクトリは完全に消滅した。


 彼の言う通り、あの時の問答でおかしい点はいくつもあった。


 俺たちを魔人だと疑っているくせに、どうして馬鹿正直に相対するのか。殺してくださいと言っているようなものだろう。だがその不安は奴に無かった。何故なら、奴自身が魔人サイドだから。


 そしていざ教会へと来てみれば、待ってましたと言わんばかりに二人が居た。明らかな誘導だ。あらかじめメルクトリと談合していたに違いない。


 きっとこれ以上、俺に先を進ませてレベリングされるのが嫌だったんだろう。俺たちが強くなればなるほど、魔人側にとってそれは脅威なんだから。


「たぶんこれが最後の戦いだ。準備が済んだら、この世界を終わらせに行こう」

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