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TAティーエーってなんなのかしら。聞き覚えのない言葉だけど」


 コトハが言った。


「タイムアタックの略称だよ。ダンジョンなどをどれだけ早く攻略できるか、タイムを競う時に用いられるんだ。基本的にタイムは早ければ早いほどいい。それだけ動きやルートに無駄がない、洗練せんれんされてるって証拠だからな」


「――よく知っているじゃないか。二次職にしては上出来だ」


 カーリグルが嫌味ったらしい拍手を送ってきた。


「だがただのダンジョンやマップでTAとは面白みに欠ける。ここはID〝セレヌス山脈〟で競おうじゃないか。もちろん君が怖気おじけづいていなければの話だが」


 不敵な笑みを浮かべてカーリグルは言った。


 彼が口にしたIDは、通常のIDとは異なる性質を持っている。本来ダンジョンにはボスがつきものだが、セレヌス山脈ではボスがいない。MAPもかなり特徴的で、崖をひたすら上に登っていく造りとなっている。きちんと整備された道なんてどこにもない。


 ダンジョン攻略の条件は、山頂に辿り着くこと。空中には冒険者を邪魔しようとデバフ持ちのMOBが多数いる。つまり〝早さ勝負〟という意味では、セレヌス山脈がおあつらえ向きのIDだということだ。


 いかにMOBの攻撃を躱し、崖を昇っていくかが勝利の鍵だ。


「勝てる勝負で怖気づくなんてとんでもない。フリーウィンを頂くとしよう」


 呟いた瞬間に、カーリグルの面貌めんぼういかめしさを増す。


「ほざけド三流。僕から言わせてもらえばむしろ君にはハンデが必要だと思うね。格下の君に勝っても、僕の品性が問われるだけだ」


「今さら品性を気にするのか? なら散り様がみにくくならないよう、綺麗な言い訳でも考えておくんだな。お前はハンデ無しの俺に負けるんだから」


「君は――」


 カーリグルはインベントリから直剣を取り出した。顔には青筋あおすじが立っている。


「ね、ねえちょっと!」


 俺の胸倉むなぐらを掴みかかるカーリグルに、コトハが割って入る。


 まさに一触即発の状況下で、それでも彼はそれ以上のことはしてこなかった。決闘申請もしてこない。


「そうかそうか、つまり君はそういう奴だったんだな。……いいだろう、なら正々堂々と競い合おうじゃないか! どちらが先にIDから帰ってくるか本当に見ものだ!」


 怒声を飛ばすとカーリグルは退しりぞいた。そして虚空こくうへと姿を消していく。ギルドハウスに帰還きかんしたんだろう。今頃はID前へとワープしているはず。


「おにいちゃんだいじょうぶなの? そこのIDはまだ行ったことないと思うの。初見なのにTAで勝負するから、リズは心配だよ」


 彼女が俺の手を取って言った。


「われも同じなのだ。アルトくんのことだから大丈夫だとは思うが……」


「ククク、お兄さまならきっとやりげてみせるだろう。しかれども一抹いちまつの不安はぬぐえぬ」


 フィイとペルもまた曇った顔つきをしていた。


「問題ないさ。勝ち方は知ってる」


「知ってるってアルトは初見じゃないの?」


「コトハなら分かるだろ、今まで散々IDを攻略してきたんだから。今回も今まで通り、最高効率の最高速度でやるだけさ。たとえLvがあっても勝てる方法があそこにはある」


 きっぱりと言い切ると、彼女たちからの異論は止まった。不安が晴れたように満面を笑みで彩っている。


「あのねお兄さん、わたしたちもてたいんだけどついてっちゃダメかな」


 アッシュが言った。


 肝心の勝負はエオタート丘陵地帯きゅうりょうちたいで行われる。IDの魔法陣はそこにあるため、アウラにいる彼女たちは置いてけぼりになってしまうのだ。


 ギルドに加入すればギルドハウスの恩恵おんけいであるワープ機能も使えるが、あいにくギルド加入には100Lv以上が条件である。


 現段階で、彼女たちを丘陵地帯きゅうりょうちたいに連れていく手段は無い。


「悪いけどここでまっててくれるかな。終わったらすぐに戻ってくるから」


「うん……分かった」


 観戦できないことが残念なのだろう。アッシュは少しだけしょげた顔をしていた。


「あのね、こんなことしか言えないけど……がんばってねお兄さん!」


「そうだぞ、がんばれよ兄貴!」


 転移直前で、アッシュとメルが声援を送ってくれた。まさか彼女たちに応援してもらえるとは。子供心ながらに、事態を何となく察してくれたのかもしれない。


 この勝負……絶対に負けるわけにはいかないな。


 俺たちはアウラからエオタート丘陵地帯きゅうりょうちたいへと向かった。

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