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「この街にくるのも久しぶりね! なんだか遠い過去のことみたい」


 明るい声音でコトハが言う。よほど嬉しいのか足取りが弾んでいる。


「懐かしいというほどでもないだろ。滞在期間なんて一日もなかったんだし」


「そんなことないわよ。アルトはそうでも私はここで悪戦苦闘してたんだから」


「言われてみれば…Lv1のスライムを倒せなくて泣きそうになってたんだっけ」


『Lv1のスライム!?』


 コトハな赤裸々せきららな過去に、フィイとリズとペルが絶句した。


「そ、それは本当なのかコトハくん、てっきりこんな街くらいすぐに抜け出していたかと思っていたのだよ」


「うそだよねおねえちゃん?」


「あれほどの強さを持つ狂戦士が、よもや醜態しゅうたいを晒していたとは……ククク、これは面白いではないか」


 三人に質問攻めされてコトハはもうたじたじ。よほど知られたくない事柄だったのか、彼女はいつになく赤面していた。……凄い剣幕けんまくでこちらを睨んでいる。耳をすませば「どうしてわざわざ言ったのよ」と聞こえてきそうだ。


「ちなみにコトハは初め、ステータスを全部筋力に振っていてLv70くらいまでHP100の状態だったんだ。それでもうモンスターからコテンパンにやられて……」


「うむ、今となっては懐かしい思い出なのだ。あの時のコトハくんの泣き顔といったらそれはそれは……」


「い、いちいちそんなこと言わなくていいからぁ!!」


 コトハの顔は火が噴きそうなほど紅潮している。


 これ以上いじめるとまた首をへし折られかねないのでやめておこう。


「よおまたあったなアルト。今さらこんなところに何の用だ?」


 野太い声が俺を呼ぶ。背後には見知った顔の大男が佇んでいた。例の即落ち二コマ改心おじさんである。


「ダグニアか、前よりLvが2も上がってるなんて順調だな」


「何を言ってやがる、お前が口にすると皮肉にしか聞こえねえぞ」


「それは大きな誤解だ。――にしても街はいつも通りで良い。何事もなく平穏そのものだな」


「それがよ……平穏とも違うんだ。街はいま少々厄介事を抱えていてだな……」


 ダグニアが深刻そうな顔をする。あの彼が厄介事と言うのだから興味深い。


「この街に駆け出し冒険者が来るのはいつものことだが、しかし毎日毎日トラブルばっかり起こしてるやつがいてよ。どっちもまだ十歳くらいのクソガキなんだが、困ったもんだ」


 かつてトラブルの原因だった彼が言うと引っかかりを覚えるのだが……おおかた犯人は、マイアさんに頼まれた二人だろう。どっちも十歳という特徴から容易に分かる。


「もしかして名前はメルとアッシュか?」


「おぉ、良く知ってるな!! しかしどこでその情報を……アルトは重度のロリコンという噂は本当だったのか……」


「誰だそんな噂を流している野郎は! こちとらトラブルを収めてくれって依頼されてきたんだよ!」


「だがよぉ、お前のパーティーメンバー年齢層が低すぎねえか?」


「ぐ……」


 それに関しては何も言い返せない。が、偶然だ偶然。俺には何の罪もないのである。


「――いいからメルはわたしの言う通りにしなよ! 絶対にあっちでレベリングした方が効率いいんだって! わたしの方が高Lvなんだし正しいのは絶対にわたし!」


「なによアッシュと1Lvしか変わらないじゃない! 装備はメルの方が上なんだから!」


 ちょうどいいタイミングでご本人さまが登場した。


 街道のど真ん中で二人のチビっ娘は人目も気にせずに言い合っている。


 周りは……もう見慣れた光景なのか誰も気にも留めていない。関与しなくてもいいのならそれに越したことはないが……他の誰かに迷惑をかけてないとも言い切れない。ダグニアの話的にはいくつか問題がありそうだ。まずは話を聞いてみよう。

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