148(vsレイドボス バフォメット)


 レイドボスの討伐は順調に進んでいるように思えた。


 騎士団と冒険者、各パーティーは連携を取って攻撃し、またタンクやバッファーヒーラーがアタッカーの補助に徹底。火力職は安全な位置からダメージを出すことができていた。


 中にはコトハやエレンのように、ダメージを出すには最前線に立たなければいけないジョブもあったが、それでもバフォメットの緩慢かんまんな攻撃をくらうほどヌーブな冒険者はここにはいない。


 奴の攻撃手段は、大樹のように大きな足での踏み付けや、岩塊のような腕っぷしから繰り出す叩き付け。スキル以外での攻撃はさほど脅威には至らない。


 ただひとつだけ、問題があるとするのならそれは


「くそ、こいつ……」


 バフォメットが執拗しつようを狙ってくることだろう。この場には八百人がいるというのに、開戦からしばらく経った今に至るまで終始、俺をフォーカスしてくる。


 やつの攻撃対象は毎回ランダムに抽選される。それなのに八百人の中から何十回連続と同じターゲットが選ばれるなんて、天文学的数値としか言えない。


 つまるところ、レイドボスもまた何者かに操作されていると見るのが妥当だ。先のオーガやエルフたちのように、強制的に俺へとターゲットを変更させている者がいる。


『ガアアアアアアアア!!』


 バフォメットによる右拳の叩き付け。地盤は大きくひび割れて、辺り一帯は陥没かんぼつする。


 モーション発生から直撃まで五秒もの余地がある分、回避は容易だ。それでも毎度、即死攻撃を浴びせられるのは心臓に悪い。だが、


「……」


 轟然ごうぜんと振り下ろされた特大の拳を見て、思わず口角が吊り上がる。


 一発もらったら即死のクソゲー――この状況を楽しいと感じてしまうのは廃ゲーマーたるゆえんか。もうやめたいとも逃げ出したいとも思わない。


 どんな目的かは知らないが、それだけ俺を殺したいやつがいるんだろう。望むところだ。必ずや最後までこのクソゲーを乗り切ってやる。


「絶対にあいつを死なせるな――総員放て!」


 パーシヴァルの号令に応じて、騎士団のレンジャー系列が弓矢、銃弾、砲弾の数々を飛び交わせる。彼らは誰もがLv200オーバーの三次職。二次職までしかいないバルドレイヤの冒険者と比べると、圧倒的な殲滅力を誇っている。


 天空より弓矢の大群を召喚するスキル〝フェリルノーツ〟。


 着弾と同時に無数の爆裂を引き起こす〝アポカリプス〟。


 長い溜めの後にエネルギー砲を発射する〝キャノンブラスト〟。


 さらにはマジシャン系列のジョブまでもが猛攻撃を重ね、火炎、氷塊、雷撃、風刃、土砂、隕石などなど凄まじい数の魔法攻撃が宙を舞う。


「俺たちも続け!」とげきした声を上げたのは冒険者たち。


 たとえ二次職だろうが、騎士団の倍に近い総数での攻撃は決して馬鹿にできるものではない。支援職の数も多く、十分にバフが盛られたスキルの威力は三次職にも匹敵する。


 じわりじわりとレイドボスのHPが削られていく。そうしてバフォメットの体力が残り七割にまでげんじた時のことだった。


「来たな……」


 二足で直立していたバフォメットが忽然こつぜんと態勢を転じだした。四つん這いになった途端、手だった部位は馬のひづめみたく変形する。


 さらに骨格と筋肉はなおいっそう太くたくましく盛り上がり、倍に等しいサイズアップをおほす。


 天地をつんざいななきを上げる奴は、羊だか馬だか悪魔だか分からない、まさにモンスターと呼ぶに相応ふさわしい形容をしていた。


逸話いつわによると、黒翼をはためかせる羊頭の化け物は、訪れた地域に災厄さいやくもたらすと言われている。この力はまさにその再現か」


 バフォメットの怒号に応じて空が灰色へと塗り替わる。


 監視場に発生した十三もの竜巻たつまきは、当たり判定がある厄介なギミックだ。触れた瞬間に弾き飛ばされ、やわなジョブではそれだけで瀕死に追い込まれる。いまは固定型のギミックであるのがせめてもの救いか。


 巻き起こる颶風ぐふう篠突しのつく雨によって、戦場はやにわに嵐に見舞われた。


 視界も悪い中で竜巻を意識しつつアレと戦わなければいけないなんて。青ざめた顔の冒険者たちからは、そのような心情が透けて見えた。


『バフォメットの第二形態だ! 姿は変わったが動作が緩慢かんまんなのは変わりない! スキル以外では踏み付け攻撃しかしてこないから安心してくれ!』


 いち早く味方に情報を発信する。


「なら今まで通りの動きでいいんだな!?」


「俺たちの命はてめぇに預けたぞ坊主!」


 もちろんだ任せてくれ。


 言おうと思った矢先にバフォメットのたけりが大気を震撼しんかんさせる。奴が向いた先は上空。まずいあの構えは――。


『前言撤回だ、バフォメットはスキルを使おうとしてる! みんなあいつの周りから離れろ! すぐに後退するんだ!』


 言うが早いか、とつとして鈍色にびいろの空がきらめきを帯びる。輝きは時を経るごとに増す一方。群衆の阿鼻叫喚あびきょうかんさえぎって、天空の彼方かなたよりまばゆいばかりの稲妻が飛瀑ひばくした。


 スキル〝ライトニング〟バフォメットを中心として周囲をき尽くす雷属性攻撃だ。


 幸いなことに犠牲者はゼロ。エリアチャットによる呼びかけがこうそうした。


「な、なんなんだ今のはよ!」


「当たったら間違いなく即死だな……」


「クソったれがぁ、あいつ絶対にぶっ倒してやる!!」


 これで彼らが委縮いしゅくしなければいいが。そんな不安は杞憂きゆうに過ぎた。


 皆はむしろ高揚こうようしているようで尻込みしている者はひとりもいない。


 これなら――俺がヘマをしなければ必ず倒せる。絶対に都市を守り抜くんだ。


『オオオオオオオオオォォオオ!!』


 裂帛れっぱく喊声かんせいを上げながら、決河けっかの勢いで雪崩なだれ込む戦士たち。


 怪物を相手にある者は剣で刺し、ある者は槍で貫く――幾千いくせんもの鉛、弓矢、砲弾が宙を駆けて、炎、雷、氷、岩、風それら魔法は忌敵いみがたきへと天水てんすいが如く降り注ぐ。


 これにはたまらないとしゃがれた声を上げたのはバフォメット。鬱陶うっとうしいとばかりに俺たちにスキルを掛け放つ。

 

 自身を中心として周囲に雷光を呼び起こすライトニング、遠方に炎風やきかぜを召喚するプロミネンス、はてには氷のつぶてを降らせるヘイルに、前方範囲に衝撃波を放つフォース、重力攻撃のグラビティなどなど。


 タンクでなければどれもが致命にあたる攻撃だ。それでも――


「たかだかデカイ羊風情ふぜいが生意気なのよ。さっさと山にかえしてあげるわ!」


「同感です。手早く片付けてバーベキューの具にでもしてあげましょう」


 戦場で舞い踊る二刀と拳はまったく勢いにおとろえを見せず


「そいつぁいい! こちとら長物を持ってるんだ。串刺しにして炭火で焼いてやんよ!」


 槍士の彼もまたレイドボスへと猛攻を仕掛ける。


「おうあんちゃん、舐めた口効いてっとまた床を舐めちまうぞ! ガハハハ!!」


 タンクの暴れん坊がおちょくるように挑発すると、


「それはあなたもでしょう。ここ最近、対人で二連敗したばかりなのに。気は抜かない方がいいですよ」


 弦を引く楽器少女の手もまた止まらない。


 たった一度でも直撃すれば世界から消滅するデスクソゲームは、どうしてか俺たちが完全に流れを掴んでいた。脱落者は皆無のままバフォメットのHPは減少の一途いっとをたどっていく。


 気が付けば怪物のHPは残り半分。これで奴はまた姿を変えるだろう。


 攻撃手段がより凶悪さを増す第三形態――ここからが正念場だ。

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