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〝バフォメット〟は数百人がかりで倒すレイドボスにしては比較的小柄な部類だ。
二足歩行でありながら背丈は十メートルほど。にも関わらずなぜ奴はレイドボスという地位に居すわっているのか。それは圧倒的なHP量と厄介なスキルを持ち、とても少人数で倒すことなど不可能だからだ。
HP125,000,000、所持スキルは二桁にものぼる。さらにはあの巨躯で素早い打撃を放ってくるものだから
一瞬でも気を抜けば床ペロは間違いなしだ。もっともキルゾーンが適用された今、床ペロでは済まないのが笑えない。HPが尽きた途端、世界から消えてなくなるのだ。コンマ一秒たりとも気を抜くことは許されない。
「いよいよだな……」
モンスターとの開戦から三時間が経った。俺たちは全ての一般モンスターたちを
だだっ広い更地には、冒険者、騎士団、そして一体の化け物が佇んでいる。
「それで作戦はどうするつもり? まさかあんなのを相手に正面からどつき合うわけじゃないんでしょ」
問いかけてきたコトハの表情は固い。周りの冒険者と同じく、彼女もまた未知のモンスターを前に緊張しているようだった。
「あいつに決まった行動パターンは無い。常に変則的な動きをする、基本的には踏みつけてきたり殴ってきたり、しっかり動きを見ておけば
コトハに説明した内容をそのままエリアチャットで展開する。
そして、バフォメットには一切のデバフが効かないこと、残りHPによって形態が変化すること、弱点部位などのギミック要素はないことを全員に伝えた。
「――どうした、随分と顔色が悪いようだが」
一歩、また一歩と迫ってくるレイドボスを前に、パーシヴァルが声を掛けてきた。
「そう見えますか。俺はいつも通りですけど」
「無理をするな、心配だと顔に書いてあるぞ」
「そんなわけ……」
ありませんと言い切れるだけの腹づもりがなくて、思わず息をついてしまう。
これから俺たちが相手をするのは体力一億越えの怪物だ。何時間とかけて戦うことになるだろう。そんな激戦をひとりの犠牲者もなく乗り切らなければいけない。いくら自信があろうと、不安は言葉にできないほど大きかった。
「らしくもないわよ、そんな顔をするなんて」
彼女に声をかけられて、ふと妙な温かさに気が付く。俺の左手はコトハにぎゅっと握り締められていた。
「いい、わたしたちは絶対に生きて帰ってくるんだから。アルトがそんなのだと周りも不安になっちゃうでしょ。いつもみたいに堂々としてなさい」
ジト目でねめつけてくるコトハには、苦笑いで返してしまう。まったくもってその通りだ。何も反論することができない。
「大丈夫ですよ。アルトさんならきっと成し遂げることができます」
「ああ、俺を助けてくれた時みたいにサクっとやってのけるに違いねえ。レイドボスだろうがフィールドボスだろうが恩人なら朝飯前よ」
エレンやウルクが俺を
いつまでも陰気臭い顔をしていられないことは、
「いい顔つきをしておるなぁアルトくんよ」
覚悟が決まったところで今度はメルクトリが話しかけてきた。
「その肩に背負った八百もの命――誰ひとりとして死なせることなくレイドボスを討伐するという偉業は、はたして
「そういうメルクトリさんはやけに楽しそうですね。いつも通りというかなんというか」
「そりゃあそうだとも、レイドボスの相手など滅多にできるもんではないからな。そしてこれだけの
ガハハと豪快に笑い飛ばす騎士団長さまには、何の気負いもないらしい。だけど、俺も同感だ。多人数でのボス討伐はいちプレイヤーであれば心躍る大イベント。
そうか。俺は深刻に考えすぎていたのかもしれない。イベントもクエストもボス戦もID周回も、楽しまずには成功しない。
たとえわずかなミスで即死するクソゲーでも……いやクソゲーだからこそ楽しむんだ。ノーミスノーダメージクリアなんて面白いじゃないか。何が何でも攻略してやる。
『グオオオオオオオオォォ!!』
バフォメットの
「来るぞ!! 各パーティーはアタッカーにバフを、タンクとヒーラーはアタッカーを守れ! 最大限ダメージが出る環境を整えるんだ!」
総員に向けて指示を促す。
『オオオオオオオオオオオ!!』
騎士団と冒険者が
準備はすぐに完了した。バフを受けた各DPSはそれぞれの獲物で攻撃を始める。
剣、槍、斧、刀、弓、弩、銃、杖、札、鎌。
ジョブもスキルもさまざまな
俺たちの総攻撃を物ともせずに突進するのは羊頭のモンスター。バフォメットの振り降ろした両腕によって、大地は天変地異も同然に震えあがる。
冒険者vsモンスターの最終決戦が始まった。
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