143(結託)


「待ってください」


 振り向いた途端に、後ろから腕を掴まれる。声の正体はエレンだった。


「どこに行くつもりなんですか」


 短くも端的たんてきな問いだった。エレンの眼光は力強い。答えないと手を離さんと言わんばかりだ。できるだけ秘密にしておきたかったけど、仕方ない。


「北の監視場だ。封鎖区域から大量のモンスターたちが攻め込んできたらしい。俺は冒険者だ、こんなところで指をくわえて見ているつもりはない」


「だったら私も戦います」


「なに――」


 あまりの即答の速さに思わず声を詰まらせてしまう。


「ここはキルゾーンだぞ、HPが0になれば世界から消えて無くなる。何も無茶をする必要はない」


「それはアルトさんにも言える事でしょう。私だって冒険者です。それとも私の腕前では足手まといだとでも?」


「いや……それはお世辞抜きで絶対にあり得ないが……しかし……」


 無茶をするのは俺だけでいい。説得の試みは揺らぎないエレンの眼差しを見た時に諦めに変わった。


 彼は何を言ったところで付いてくる腹だろう。物静かな性格に反して、その胸には燃え盛るような闘志とうしたぎっているはず。


 エレンという男は元来、正義感の強い性分しょうぶんなのだから。


「戦いに行くつもりなのよね? だったらわたしも行くわ」


 続けて名乗りを上げたのは二刀を操る少女コトハ。いつの間に降りてきていたのか。


「やめろ、死ぬつもりか」


「何を言っているのよ、死ぬつもりなんてさらさらないわ。モンスターを殲滅せんめつして早く平和を取り戻しましょう。私もここまで勝ち上がってきた冒険者なのよ、技量に不足はないはずだわ」


「……だがそれでも」


 反論しようとした矢先、コトハに人差し指を突きつけられる。


「アルトだけに危険な真似はさせないわ。もし不意打ちでもされたらどうするつもりなのよ。あなた命を狙われている身なんでしょ」


「だけどお前は〝バーサーカー〟最前線に立つジョブだ。相手は高レベルのモンスターなんだぞ! たった一発でも攻撃をもらった瞬間にお前は――」


「それはアルトも同じことでしょ。いい、わたしは本気なんだから。あなたの背中は命に代えてもわたしが守る。――言っている意味、分からないとは言わないわよね」


「……ああ」


 腹の底から込み上げてくる反抗心をぐっと堪える。


 本音はもちろんダメだと訴えたい。だが――そこまで言われてどうして拒絶できようか。彼女自身にたぐいまれなる才能と技量があるのも知っている。戦力としては十二分じゅうにぶん


 これで俺たちの勢力は騎士団と冒険者三人か。はたして足りるかどうか。パーシヴァルのチャット的には余裕などとてもなさそうだった。戦況は、以前よりも悪いはず。


「……何をやっているんだお前ら」


 脇からぞろぞろと出てきたのは、観戦席にいた冒険者たちとギルドメンバー。


「われも戦うのだ! ふふん安心したまえよアルトくん。バフは盛りに盛ってやるのだ」


 フィイが長杖をかかげて得意げに言うと。


「おにいちゃんの武器はわたしがいっぱい強化してあげるから。バフならまけないもん!」


 工作技術に長けた少女リズもうなる。


「ククク……眷属けんぞくたちならモンスターたちにも引けを取るまい。死霊使いの本気を見せつけてやるのだ……」


 さらには邪気眼ポーズを決めてきたペル。


 彼女たちに乗じてこれまで戦ってきた冒険者もまた「俺も俺も」と声を上げる。


 みんな、この世界を愛しているんだな。分かった――それなら!


『バルドレイヤの冒険者に告ぐ! 北の監視場に大量のモンスターたちが攻め込んできた! この都市を守りたい命知らずは付いてきてくれ! 指揮は俺がる!』


 昨日、道具屋で大量購入した〝拡声器〟によって俺は〝エリアチャット〟を流した。


 これで同地域にいる冒険者全てにチャットが表示されたはずだ。まさか騎士団と連携を取るつもりで買ったアイテムが、こんな場面で使うことになるとは。


 パーシヴァル:おい、今のはどういう真似だ! 俺との情報は全て極秘だと伝えただろう。弁明次第では首が無いと思え!


 光の速さで個チャを送ってきたのは、すまし顔の騎士団長さま。冗談で言っていないと分かるあたりが恐ろしい。


 アルト:どういう真似って戦力増強だよ。騎士団にとっては嬉しいはずだろ?


 パーシヴァル:だが……これは私たちの責務なのだ。それにいくら都市戦中とは言えバルドレイヤの冒険者たちではLvが足りん。下手をしてみろ、いったいどれだけの死者が出ることか。


 アルト:ならどうして援軍を呼ばない? 他地域から高Lvの冒険者を呼ぶことはできないのか。


 パーシヴァル:できん。キルゾーンが適用されている間は対象エリアに転移できんのだ。事前に情報があればまだしも、これほどの数とは聞いてない。


 どうしてそれをもっと早く教えなかった。いいやどちらにせよ、彼らがいま苦しい状況に置かれていることは想像に易い。パーシヴァルは俺の案自体に異を唱えてはいなかったのだから。


 アルト:で、肝心の戦況はどうなんだ。俺たちがいなくても勝てるのかよ。


 チャットを返しても反応が無い。忙しさによるものではなく、図星であることは間違いなしだ。


 最悪なことに俺の予見は的中。モンスターたちは以前とは比較にならない軍勢で攻め入ってきたのだろう。


 だったらここは出しゃばらせてもらう。騎士団も含めて、誰かが死ぬのは見過ごせない。


 パーシヴァル:ひとつだけ言っておく。今のところモンスターの最高Lvは215。来たとしても活躍できる見込みはない。何十Lv差あるのか理解するんだ。最悪の場合は都市を見捨てても構わん。お前たちでも先に行け。


 それはとても淡々たんたんつらねられた文章だった。冷静に指示を飛ばす彼らしい文言。だがどうしても俺にはそれが淡泊な文字には見えなかった。


 見捨てろと、簡単に言いのけてしまう彼の内にはいったいどれほどの覚悟があるのか。言葉通り死ぬ気なのだろう。それだけ騎士団長はつとめを果たそうとしている。


 俺が迷う理由はなおのこと無くなった。


『追加の情報だ!! 攻め込んで来たモンスターたちは最高Lv215の化け物! 覚悟のある奴だけ来てくれ! 来ないつもりならそれでもいい!  だが、俺たちの騎士団長さまは死ぬつもりだ! そんな男を俺たち冒険者が見捨ててもいいのかよ!!』


 次のエリアチャットをした時、都市中の悲鳴がピタリと止まる。


 ハイランダーがいた、シンフォニアがいた、ポイズナーがいた、ローグマスターがいた。


 辺りにいた冒険者たちはためらう素振りから一転、インベントリから武器を取り出す。


 ジョブもスキルも違う各々は、しかしみな、同じ方角へと向き直った。視線の先は遥か北。


 俺たちの決意がひとつになった瞬間だった。


『さあやってやろうぜ――モンスターどもを一匹残らず殲滅だ!!』


 俺がエリアチャットで激励げきれいする。


『オオオオオオオオオオォォォ!!!』


 つわものたちが喉笛のどぶえを打ち鳴らして歓呼かんこする。


 この間にもパーシヴァルから鬼のような高速チャットが飛んできていたが、ほとんどが俺をいましめるような内容だった。助けて欲しいんだか欲しくないんだか。


 それでも。


 パーシヴァル:感謝する。


 たった一言だけ彼は明確な意思表示をした。


 確かにモンスターたちとの格差は大きい。Lv差の暴力で下手すれば壊滅。都市は地獄絵図と化すことだろう。だけどそんな惨劇さんげきには絶対にさせない。


 こちとら毎日毎晩、引きこもって全MOBの攻撃種類とパターンを暗記していたんだ。最善策ならいくらでも提示できる。


 俺たちは〝パーシヴァルの監視場〟へと向かった。

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