068


 一階へと下っていくと、気絶しているウルクとそのパーティーメンバーと遭遇そうぐうする。


「ウルク、ウルク……」


 悲しげにくずおれている女と、


「ほとんど装備を持ってかれちまったな。明日からどうやってIDを周っていけばいいんだ。もう俺たちのパーティーは終わりかもしれねえな……」


 げっそりとした顔で、虚空こくうを眺めている男。


 一番の被害者はウルクよりもそのパーティーメンバーである彼らだろう。こんな状態だとウルクはほぼ機能しないだろうし、新たなメンバーを探さないといけない。


 無事に集まるかも分からず、その間にも雑費はかさむばかり。たったひとりの冒険者が倒れただけで、全体に悪い影響をもたらしてしまうんだ。


「これじゃあどうしようもないわ。ウルクには悪いけど、新しいメンバーを募集しないと」


「だけど集まるのか? 俺たちが中級コロシアムを周れなかったっていう話は、すぐに広まる。こんな汚名がついたまあじゃあ――」


「分かってるけど、やるしかないもの。ああもう、本当にどうして……」


 悲観に暮れている二人は、おおよそこの後の展望が見通せているんだろう。


 IDを周れなくなって収入の見込みが入らず、あとは低難易度なクエストをこなすなどの選択を強いられる。とても冒険者らしい活躍はできないだろう。


 この都市じゃあ、こんなの日常風景だ。あえて首を突っ込む必要はないし、いちいち手助けしてたら時間がいくつあっても足りない。


 そう分かってはいる。分かってはいるんだけど……ほんとに、もう仕方ねえなあ……。


「――おいお前、俺と決闘しろよ」


 騒ぎの中心にいるルドラに声を掛ける。


「なに?」


 うろんげに眉根をひそめる奴は、俺の申し出が信じられないようだった。


「おいおい! Lv100の新人がルドラに喧嘩を吹っ掛けてきたぞ!」


「命知らずもいいとこだなぁ!」


「馬鹿なのか、あり得えねえだろそんなこと!?」


 そして再度、沸き立つ群衆。


 これは見物だとばかりにある者はヤジを飛ばし、あるいはどちらかが勝つかの賭けまで始まった。これもまた、バルドレイヤの日常だ。


「てめえは見学していた坊主だな? もしこの半人前を見て情でも移ったって言うんなら、悪いことは言わねえ。今の内に立ち去りな。てめえじゃ俺には勝てねえよ」


 口元を歪めてルドラが言う。


 こいつの主張は正しい。俺たちのLv差は50もあるんだ。戦いになんてならないだろうけど、腕は間違いなく俺の方が上だ。ミスプレイしなけりゃあ、どうにでもなる。


「だいいち俺が坊主と戦う理由はねえ。そのLvじゃあ装備もアイテムもしょっぱいだろうし、利点がまるで――」


「いいや、案外そうでもないぞ」


 インベントリから〝谷底のモーニングスター〟と〝谷底のリング〟を取り出す。


 それぞれ二つずつあるこれらは、三日間のID周回で得た戦利品だ。


「モーニングスターは売れば小遣い程度にはなるだろうし、リングはレアアイテムだ。商店で売れば三十万ルクス……オークションなら百万ルクスはくだらない。もし俺がこれらをドロップしたら、そうとう美味しいと思うがな」


「おおぉ、これは重畳ちょうじょう


 途端、目の色を変えたルドラはやる気のようだ。〝決闘申請〟画面を眺めて恍惚こうこつひたっている。


「ちょっとアルト! 大丈夫なの、そんなやつと戦って!」


 決闘が始まる直前、いよいよコトハにとがめられてしまった。こればかりは俺に非がある。


「心配かけてごめん。だけど大丈夫、たぶん負けないから」


「なら……絶対に勝ちなさいよね。アルトが倒れるところなんて、見たくないんだから」


「分かった。――それじゃあ絶対に勝つ」


 話に折合いがついたところで、決闘申請を報せる通知が鳴った。ルドラからの申し出だ。


「ルールは〝一本勝負、今のMAPを適用、消費アイテムの使用不可〟で異論ないな?」


 奴がしたり顔のまま説明する。分かってはいたが、こちらに有利な条件を与えてくれる余地はなさそうだ。


「流石にワンショット制とはいかないか……いいよ、それで構わない」


 申請の承諾ボタンを押下する。


 するとより激しく喝采かっさいを上げる冒険者たち。インベントリからバトルアクスを取り出すルドラ。


 指呼しこかんに斬りかかるルドラの猛撃もうげきによって、激闘の火蓋ひぶたが遂に切られた。

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