嵐の前の静けさ④

「どうやら本当に入れんみたいじゃ。ワシのわがままに付き合わせてしまってすまんかった」


「いえいえ、こちらこそすいませんでした」


 返してとしてはやや不自然だったが、サブリーは特に気に留めた様子もなかった。


「また何かあったら、その時はよしなにお願いするで」


「はい、こちらこそお願いします」


 サブリーとはタフアクの遺跡前で分かれた。


 報酬は後日冒険者ギルドを通じて支払われることになる。


 報酬を受け取るのは正直気が引けたが、断るいい理由も思い付かなかった。


(バラカたちちゃんと待ってるかな)


 不安に駆られ、僕は駆け足でピラミッド前へ向かった。


 ピラミッド前にはそれなりに人通りはあったが、すぐさまバラカたちを見付けられた。


 やはり、バラカは存在感がある。たた佇んでいるだけで、その場を華やかにした。


 レイラもちっこいが、バラカに負けず劣らずの存在感があった。


 既にレイラはケット・シーに扮しており、思わず頭を撫でたくなるような愛らしさがあった。


「二人とも待たせてごめん、思ったよりも遅くなって」


「いえ、お気になさらないでください」


「うんうん」


 頷くレイラの口元に生クリームらしきものが付いていた。


 どうやらバラカと二人で、アルスウルの町を堪能していたようである。


「レイラ、口に何か付いてるよ」


「ハッ」


 レイラは小動物のように口元を拭った。


「はい、カミール兄さん、ケット・シー変装道具です」


 この数時間、まったく姿を見せていなかったカミールは、いつの間にか僕の右斜め後ろに立っていた。


「これを付けるのか」


 感情に乏しいカミールの表情が、若干渋くなった。


「さぁさぁ、こっちで着替えましょう」


「カミール兄さま、いってらっしゃーい」


 バラカとレイラは見るからに面白がっていた。


 僕の気のせいかも知れないが、カミールの忠誠心に付け込んで、日頃溜まっている鬱憤うっぷんを晴らそうとしているように見えた。


 バラカとカミールが建物の隙間へと消えていった。僕はレイラと二人きりである。


「お兄ちゃん。どう、似合ってる?」


 レイラは猫っぽい仕草をしながらいった。


「うん、子猫みたいで可愛いよ」


「それはレイラとちゅ、ちゅーしたいと思う可愛さ?」


 レイラは顔を紅潮させながらいった。


「ちゅー? キスってことかな?」


 僕の問いに、レイラはこくこくと首を振った。


「ははは……」


(困ったなぁ)


 僕は苦笑いを浮かべた。


「するの? しないの?」


「その聞き方だと、今からするみたいじゃない!?」


「したくないの?」


 レイラはまるで子猫が餌をねだるように、僕の腕をカリカリとかいた。


「したくないわけじゃないけど、そういうことはきちんと段階を踏まないといけないんだよ?」


 僕は諭すようにいった。


「子供扱いしないでちょうだい。レイラはこう見えても立派なレディなんだから」


 レイラは頭のお団子を揺らしながらいった。


「わかっているよ。レイラは他の同年代の子供に比べてしっかりしているし」


「全然わかってない! お兄ちゃん、レイラのこといくつに見えてるの!」


 レイラはぷくーとお餅のように頬っぺたを膨らませた。


(この反応、もしかして思っているよりも年上なのかな。バラカが十六で、そのバラカのことをお姉さまと呼んでいるから十六よりは下と仮定して……。でも、一応ファラオの護衛となる訓練はしているから、流石に十二三じゅうにさんってわけもないよね。そういえば、冒険者になる訓練学校も十五で卒業だったっけ)


 僕は以上のことを踏まえて、一つの答えを導き出した。


「いくつに見えるって、十五じゃないのかな?」


「っ、やっぱり十五に見えるよねっ! ねっ!」


 レイラは一瞬息を詰まらせ、満開の笑みを咲かせた。


「うんうん、もちろん見えるよ」


「うわーい、やったー! お兄ちゃんがいうなら、それはもう間違いないよ! みんなレイラのこと発育悪いとかいってたけど、他の子の発育が良かっただけなんだよ!」


「きっとそうだね」


 僕も大規模遠征で仲間の冒険者からよく訓練生みたいとからかわれていたので、レイラの気持ちは痛いほどわかった。


「ファハド様、私が居ない間に随分レイラと仲良くなりましたね」


 いつの間にか、バラカがケット・シーに扮したカミールを連れて戻っていた。


 その声には、僕を糾弾するような冷たさがあった。

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