嵐の前の静けさ③

 この世界が直面している危機と、二人のざっくりとした自己紹介を終えたところで、今後の方針を立てることにした。


「かくかくしかじかで、まずは二人ともギルド冒険者に登録してもらわないと、この世界での活動に制限かかかってしまうんだ」


「主以外の下に就くというのは不本意ですが、致し方ありません」


「他人の築き上げた組織を乗っ取るのもワクワクする」


 レイラは大胆不敵な発言をした。


「それで、二人にはまずアルスウルからダンジョン都市ガリグへ行ってもらいたいんだけど、さっきも話したようにこっちの世界で生まれ育った人間というのは居ないことになっているんだ」


「それも変な話。どこのピラミッドにも人類の都が栄えていた」


「ええ、歴代ファラオの記録どころか、都すらも残っていないとは。これではまるで一度人類が滅んだようではありませんか」


 カミールの言葉に、何ともいえない気まずい空気が流れた。


「ダンジョン都市ガリグへ行くなら、また例の作戦を使いましょう!」


 バラカは無理に明るく振舞った。


「例の作戦って?」とレイラ。


「ファハド様の考案したケット・シー変装作戦です」


「ああ、お土産屋のやつだね」


「ほう、何やら妙案がおありのようですね」


「うん、アルスウルからダンジョン都市ガリグへ行くこと自体は然程難しくないことを思い出したよ。――ところでカミール、僕の知り合いがタフアクの遺跡の呪いにかかってるかも知れないんだけど、もう呪いは解除されているのかな?」


「申し訳ありません。対抗術式の解除をすっかり忘れていました」


 カミールはパンッと手を打った。


「これで術式の効果はなくなりました」


「え、もう? 簡単に解除できるんだね」


「力の流れを断てば、効力を発揮しなくなるので」


「なるほど、そういう仕組みなんだね。それじゃあ、僕はサブリーさんの様子を見てくるから、バラカは二人に合うケット・シーの耳と尻尾を見繕ってあげて欲しいんだけど、お願いできるかな?」


「護衛もつけずに一人で行動するなんて危険すぎます!」


「一人で行動といっても、町中だよ? 危険なことなんて何もないよ」


 バラカは心配症というか、僕に対して過保護気味である。


 基本的には四六時中、鴨の雛のようにべったりとくっ付いてこようする。隙あらば風呂やトイレまで。


「確かに、警戒しておくことに越したことはありませんね」


「うん、この時代の人たちはお兄ちゃんの価値をわかっていない」


(あれ、僕がおかしいのかな)


 この場において僕は少数派だった。


 そういうわけで、僕の護衛にはカミールが付くことになった。


 遺跡を出て、村へと戻った。


 バラカとライラとは、後ほどピラミッド前で合流する手筈である。


 カミールはバラカのように真横に付いて護衛するタイプではなく、付かず離れずの距離を保って周囲の警戒に当たるタイプのようである。


 ちらりと振り返ると、そこにカミールの姿はなかった。


 どこかの物陰に隠れてこちらを見ているはずだが、僕の目では見付けられなかった。


(まぁいいか。カミールはしっかりしてそうだし、僕を見失って迷子になったりしないよね)


 気にしない気にしないと、僕はどこかに潜んでいるカミールのことを気にしながら、サブリーの泊っている宿へと足を運んだ。


「サブリーさん、起きていますか?」


 コンコンと宿のドアをノックする。


「……」


 返事はない。


 と思ったその時、部屋の中からごそごそと物音が鳴った。


 ノックの音で目を覚まし、時計を見て約束の時間が過ぎていることに気付いて、慌てて身支度を整えている感じの音である


「サブリーさん、僕です、ファハドです」


「おお、すまん! すっかり寝坊してしまったわ! 年甲斐もなく、今日の探索が楽しみでなかなか寝付けなかったんじゃ!」


「えっと、タフアクの遺跡の探索なんですけど、入り口が固く閉ざされていてどうやっても中に入れなくなっていました。きっと僕が選ばれし者ではなかったんですよ」


 もちろん、そういう設定である。


 ちなみに、入り口を固く閉ざしたのはカミールである。


「そんなはずはない! 何かの見間違えだ!」


 当然、サブリーがそんな言葉だけで納得するはずもなく、タフアクの遺跡へ向かった。


 結局、サブリーがタフアクの遺跡の探索を諦めるまでに数時間を要した。

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