第20話 はじめての銀行口座

「なあ莉緒、今日の帰り、銀行に口座を作りに行くの、ついて来てくれないか?」

 きょとんとした表情で俺を見つめる莉緒。


「あら? なぜ、口座を作りに?」

「バイトが決まったんだ」

「バイト? バイトをするの?」

「ああ、お前らがスマホを持てっていうからな、金がないと買えないし、維持できないだろ」

「「え」」

 声を上げて驚く莉緒と鮎川。


「……スマホ持ってくれるの?」

「そのつもりだ」

 莉緒と鮎川は顔を見合わせて、うなずいていた。


「だったら、スマホぐらい私がプレゼントするのに」

 いつもの様に勝ち誇った表情でプレゼントの提案をしてくる莉緒。

 でも……、

「それじゃダメだ。今もヒモみたいなのに、もっとヒモみたいになるだろ」

 ここは甘えるわけにはいかない。


「別にいいじゃない、私なしで生きていけなくしてあげるわ」

「それは、生活以外のところでそうしてくれると助かる」

「それってどう言う意味かしら?」

 少し眉をしかめる莉緒。


「そのまんまなんだけどな」

「め……メロメロにしろって事?」

「そうしてくれるんだろ?」

「……え」

「とにかく俺はお前がどれだけ金持ちでも、そこはアテにしたくない。でないと、九条莉緒としか見れなくなる、お前は莉緒だろ?」


 莉緒は顔を真っ赤にしてあたふたしていた。


「て……ていうか、そんなに早く、よく見つけられたわね……何をするの?」

「温水プールの監視員だ。帰り道にあるだろ」

「ああ……国道沿いの」

「そうだ、とにかく明日までに給料振り込み用の口座が必要らしいんだ」

「もしかして、明日から働くの?」

「一応そのつもりだ。早い方が良いからな」

「……分かったわ……ついていってあげる。麻美、銀行の頭取に連絡しておいてくれるからしら……今日、口座を作りに行くと」

「わかりました」


 そんなわけで今日の放課後、銀行に寄ることが決まった。



 一方その頃——————

 鮎川より連絡を受けた銀行サイドは、大変な混乱に陥っていた。


 その資産は、小さな国の国家予算にも匹敵すると言われる、九条家の息女から口座を作ると言う連絡があったのだ。


 ……いったい、どれほどの大口契約になるのか。


 粗相があってはいけないと、てんやわんやで、莉緒を迎え入れる準備が行われていた。



 ***



 そして放課後——————


「ねえ、やっぱり先にスマホを先に契約して、後で私に支払いなさいよ」

「ダメだ」

「え〜同じことじゃない」

「同じじゃない、お前はその辺り、なあなあにするかも知れなじゃないか」

「固いのね」

 ていうか、なあなあにする否定はしないのか。


「普通だ」

 そんなやりとりをしている間に、銀行に到着した。


 鮎川が、受付を済ませると、俺たちは別室に案内された。

 ……口座を作るのは、案外大層なものなんだな。

 莉緒について来てもらってよかった。

 と、この時は思っていた。


「支店長を呼んで参ります。しばらくお待ちください」

 通されたのは、超豪華な応接室だった。

 もしかしてこれは……VIPルームってやつでは……。


「九条様、今日はようこそおいで下されました」

 ほどなくして、支店長と呼ばれる男が満面の作り笑いで現れた。


 そうか……勘の悪い俺でもようやく理解できた。

 これは、俺が口座を作るのではなく、莉緒が口座を作るのと勘違いしているのだ。

 100円でも口座を作れると聞いていたから、そのつもりで来たのだが、これは……とても100円で口座を作れる雰囲気ではない。


「今日は、当行で口座をお作りいただけると、聞いておりますが」

「彼よ……彼が、口座を作るの」

「こちらの彼が……御紹介でございますね」

「そうね、私からの紹介よ」

 では、いかほどから、お取引をはじめてくださいますか?


 ……うん……やばいな。

 100円なんてとても言える雰囲気じゃない。

 ……一応千円は持って来ているが、千円でもダメだろうな。


「そうだな、とりあえず千……」

「千……一千万で、ございますね」

 ……やっぱりだ。

 莉緒に頼むんじゃなかった。


 そしてその時、

「支店長大変です! 強盗です! 拳銃を持った3人組が当行に襲撃してきました!」

「な……なに!」

 行員が銀行強盗の襲撃を知らせに来た。


 このタイミングで銀行強盗だと……、

 な……なんてラッキーなんだ!


 この混乱に乗じて、この契約を有耶無耶にしてしまおう。


「く……九条様はこちらでお待ちください。この部屋は安全ですので!」


 一報を受けた支店長達が現場に向かおうとしたので、

「待て俺も一緒に行こう」

 一緒に向かうと提案をした。


「な……何を仰っているのんですか、あなたは?」

「莉緒を守るのが俺の役目だ、こんな時のために俺は存在するんだ。銀行強盗ごとき、軽く捻ってやるさ」

 とりあえず、普通に言っても連れていってもらえなさそうなので、莉緒のガード役を偽った。


「えぇっ! あなたはもしかして、九条家のSPの方なのですか?」

「違う……莉緒専属だ。なあ莉緒?」

 莉緒は、茫然としながら何度もうなずいた。

 どうだ支店長……連れていく気になったか。


「わ……分かりました。九条家のご意向とあらばそれに従います」

 よし!


「鮎川、お前は万が一に備え、ここで莉緒を守れ」

 鮎川もついて来たそうだったから、釘を差しておいた。

「わ……分かりました」

「では行きましょう」


 俺たちは銀行強盗の待つ店内に向かった。

 途中の防犯カメラで犯人たちの動きと装備を確認したが、素人だった。

 数十秒で制圧できるだろう。


 支店長が窓口に姿を表すと、犯人たちは揃って「動くな!」と叫び銃口を向けた。

 これはつまり、連携が取れていないことを意味する。


 各々が、各々で全体を警戒している。

 それでは、1人で襲撃しているのと何も変わらない。

 俺は犯人の死角から1人の犯人に近づいた。

 こいつの銃を奪い、残りの2人を狙撃すれば、ミッションコンプリートだ。


 そして俺は、1人目の犯人を首トンで無力化し、その犯人から奪った銃で、2人目の犯人の銃を持つ手と足を狙撃して無効化。

 そして3人目の犯人を狙撃しようとしたところで想定外の事態が起こった。


 それは“弾切れ”だ。だが慌てる必要はない。

 俺は弾の無くなった拳銃を犯人の顔面に投げつけ、犯人がたじろいだところを直接首トンで3人目の犯人を無力化させた。

 とりあえず制圧完了だ。


『『ワア——————————ッ!』』

 あまりにも一瞬の出来事で、何が起こったから分からなかった行員と一般客からワンテンポ遅れて歓声が上がった。

 そして犯人達は、行員と一般客達に取り押さえられていた。


 ミッションコンププリートだ。


 だが、3人目の犯人が撃った弾が右肩をかすめたため、俺はかすり傷だけ負ってしまった。


「す……素晴らしいです!」

 支店長が、俺の元へ駆けつけ両手で握手を求めて来た。


「とりあえず、戻ろう」

「はい!」

 興奮冷めやらぬ支店長に連れられ、VIPルームに戻ると、


「楠井君……その肩」

 莉緒が俺の負傷に気づいた。


「かすり傷だ、どうって事はない。心配するな」


 心配するなと言ったのだが、莉緒は人目もはばからず俺に抱きつき、


「バカ……こんなドキドキは必要ないのよ……私を不安な気持ちにさせないで」

 と、涙ながらに、俺を叱責した。


 ……たかが、かすり傷一つで不安な気持ちになるなんで、大袈裟なことだと思う。


 でも莉緒が言いたかったのはそう言うことではない。


 俺のために泣く莉緒。

 そんな莉緒の心に触れて、俺の心は騒ついた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る