番外編 結婚式(後編)
歌声と演奏と共に扉が開き、入場を始めるグラコスとマリーリ。
緊張からか、マリーリは頭が真っ白になりそうになりながらもゆっくりとバージンロードを歩く。
だが、これまた緊張しているらしいグラコスがだんだんとスピードが速くなっていき、マリーリは腕を引っ張られるのに気づいて「お、お父様っ」と小声でグラコスの名を呼ぶ。
「どうした、マリーリ」
「歩くのが速いわ。もうちょっとゆっくりにして。私、転んでしまう……っ」
「あ、あぁ、そうか、そうだな、それはすまない。つい気が急いてしまった」
遅れてしまったぶん早くジュリアスのところへ行かねば、とグラコスが焦った結果の早足だったが、さすがのマリーリも一世一代の結婚式で転けて醜態を見せるわけにはいかないと必死だった。
「もう、お父様ったら、落ち着いてよ」
「あ、あぁ、わかってる。すまない、気をつける」
そしてお互い深呼吸すると、またゆっくりと歩き出す。
マリーリがチラリと上目でジュリアスを見れば、彼は見惚れているのか呆気に取られているのか、マリーリを凝視したままポカンと口を開けたまま待っていた。
(結婚式ってこういう感じなの?)
思いのほか結婚式とはもっと静粛に厳かに行われると思ったが案外そうではないらしい。
そんなことを頭の端でマリーリが考えていると「マリーリちゃん、やほー」という軽薄な声が聞こえて顔をそちらに向ける。
すると変装もそこそこに、どう見ても見覚えのある人物にグラコスとマリーリの両名がピシッと固まった。
「へ、へ、へい……っ」
「しーーー!! 今日はお忍びで来てるから」
そう言ってウインクするギルベルト国王に父子共々失神しそうになるが、「ギル! 声かけしないでって言ったでしょう!」と突然現れたミヤがギルベルト国王を叱っていて、さらにワケがわからずマリーリは混乱した。
「え、ミヤと知り合い? え? 何で」
「いいから早く進んでください。ジュリアスさまの顔がさっきから百面相状態なので」
前室であれだけ泣いたというのに、もう綺麗なミヤに戻っているのはさすがだと思いつつ、ジュリアスに顔を向ければなんだか怒りのオーラが見えるような気がした。
そして怒りの矛先は、きっとここにいるギルベルト国王だというのは想像に難くない。
「わ、わかったわ。お父様」
「はっ、すまない、気が遠のいていた。い、行くか」
ギルベルト国王のことが気になるのか、ちらちらとそちらに視線を向けるグラコスだったが、それを「こっちに集中しろ」とばかりに腕を引っ張るマリーリ。
バージンロードを歩くだけだというのに、途方もなく長い時間に感じられ、これほどまでにバージンロードを歩くのに時間がかかる親子も他にはないだろうと思うくらいだ。
「マリーリ」
「ジュリアス……」
やっとのことでジュリアスのところまで来れたときは、感動というよりももはや「やっと着いた!」という感情のほうがマリーリは強く、正直ホッとした。
グラコスの腕から離れ、ジュリアスと腕を組み直す。
それがなんだか少し寂しく、けれどジュリアスにやっと触れられたことへの安心感もあった。
そして、「ジュリアスくん、マリーリをよろしく頼む」とグラコスが涙ぐみながら言えば、「もちろんです」とジュリアスがしっかりした声で答えるのを聞いて、マリーリの胸が熱くなる。
だんだんと、「あぁ、本当に結婚式ができてる」と今更ながら実感するのであった。
「緊張してるか?」
「してないように見える? 今にも口から心臓を吐き出しそうよ」
「はは、マリーリらしいな」
お互いに顔を見合わせて笑うと、ジュリアスとマリーリは神父の元へ歩く。
その足取りはしっかりと、そしてお互いがお互いに合わせるように、ゆったりとした歩調ではあるものの、着実に前へと進んでいった。
そして祈祷し、それぞれの夫婦の誓いの言葉を経て、いよいよ指輪の交換へ。
そこには、かねてよりジュリアスが用意していたピンクダイヤが埋まった結婚指輪があった。
ずっと当日までのお楽しみだとジュリアスに隠されていたので、見た瞬間のマリーリの感動はひとしおであった。
「綺麗……」
「マリーリの髪の色に合わせて作ったんだ」
「まぁ……っ、ありがとう、ジュリアス……!」
指輪をお互いに嵌めたあと、誓いのキスへ。
ジュリアスがベールをゆっくりと上げ、マリーリは緊張でギュッと目を瞑った。
そしてジュリアスがマリーリの頬に手を触れると、緊張でびくりと身体が跳ねる。
その反応が予想外だったのか、ジュリアスがくつくつと笑うと「もう、笑わないでよ」とちらっとマリーリが目を開けてジュリアスを可愛らしく睨んだ。
「可愛いな、愛してる、マリーリ」
「ジュ……っん、む……っふ」
そのまま口づけられるマリーリ。
何度も何度も、味わうように深々と口づけられて、だんだんと息が苦しくなる。
(というか、長くない?)
想像していた誓いのキスよりも明らかに長い気がするも、実情を知らないマリーリは「こういうものなの?」と思いながら目を白黒させていると、「ジュリアス、がっつきすぎだよ〜! みんな見てるからねー!」というブルースの冷やかしの声でやっとマリーリから離れるジュリアス。
ジュリアスから解放されたころにはマリーリはちょっとした酸欠でふらふらであった。
「すまない、つい、気持ちが昂りすぎた。大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫だけど……」
「だけど?」
「いつもいっぱいしてるのに、足りなかったの……?」
マリーリの言葉にジュリアスがピシッと固まる。
そして、近くにいるはずのブルースは声を殺しながら笑い、それをリサやネルフィーネが諌めているのを聞こえた。
また、微かに遠くのほうからギルベルト国王らしき笑い声とミヤの諌める声も聞こえてくる。
(私また変なこと言ってしまったかしら)
「今夜は覚悟してくれ」
「え? 何、私そんなにやらかした!?」
ジュリアスの言葉に慌てふためくマリーリ。
ジュリアスはそんなマリーリがまた愛おしいと思いながら、「マリーリが考える意味じゃないから安心しろ」とマリーリに微笑む。
「えぇ、じゃあどういう意味?」
「今夜わかるさ」
「今教えてよ」
「今はさすがに……。ほら、今日のメインイベントをやらないと」
(あ、はぐらかした)
未だに混乱しつつも、二人は婚姻の誓約書の前に立つ。
これこそが一年越しに叶うもの。
これに署名することでやっと本物の夫婦になれるのだと思うとペンを持つ手も震えてくる。
「落ち着け」
「だ、だって……」
そう言って、まるでミミズのように這っているような文字でゆっくり名を書いていく。
あまりの緊張に自分の名の綴りすら怪しくなりながらもどうにか書き終えると、詰まっていた息をほうっと吐き出した。
よくよく見れば、ジュリアスの文字は綺麗なのに自分の文字はなんと見るに耐えないものなのか、と思いながらジュリアスを見る。
すると、さぞ嬉しそうに「ん?」と微笑まれて、その嬉しそうな表情にマリーリはもう自分の署名のことなどどうでもよくなった。
「私の旦那様。改めてこれからよろしくね」
「あぁ、愛しい俺の奥様」
再び唇が重なる。
こうして、慌ただしくもドタバタな結婚式を終え、晴れてジュリアスとマリーリは正式な夫婦として認められたのだった。
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