第74話 生まれ変わり

「本当に、よろしいのですね?」


 アークティア人の一人は、そう確認してきた。


「ああ。一度決断を口にしたんだ、もう後には引かねえ」


 俺の決意は、もう揺るがない。何度問い直されようと、最初に決めた通りだ。俺は、アークティア人になる。


「でしたら、今一度心の中で強く念じてください。そうすれば、アークティア人になります」

「『自分は今から、アークティア人の一員になる』か」


 言葉は覚えた。あとはやるだけだ。

 一度大きく息を吸ってから、俺は心に強く念じる。


 自分は――俺は今から、アークティア人の一員になる。


「――ッぐあ!?」


 そう念じた次の瞬間、俺の頭と胸が激痛を訴えだした。立っていることもままならなくなり、膝から崩れ落ちる。


「うああああああああぁっ!」


 傷口がけるような、そして電気が走るような痛みが混在して、俺を襲う。

 悲鳴を上げ、耐えることしかできなかった。


 それでもなお続く痛みに、体が限界を訴えだした。


「勇太!」


 リリアンネの声が聞こえたような気がして――俺は、気を失ってしまった。


     ***


「――あれ?」


 気がつくと、ベッドの上に寝かされていた。あたり一面が白い部屋だ。


「俺……どうなったんだ?」

「目が覚めましたか」


 アークティア人の声が聞こえる。軽く腕をつねるが、痛い。どうやら俺は、生きているようだ。

 と、かけてくる音が聞こえる。


「勇太……!」

「リリアンネ……」


 リリアンネだ。俺の元まで走り寄ると、泣き始めた。


「良かったぁ、無事で……勇太が無事でよかったよぉ!」

「あー……。心配、かけちまったな」


 そうだ、激痛のあまり気を失ったんだった。そこまでは覚えてるんだけど……もしかして俺、ここに運び込まれた?


「はい、私たちとリリアンネが助けました。念のために検査もしましたが……至って健康です。後遺症もありません」

「ほっ……」


 ひとまず、俺は健康らしい。

 そうだ、それより――気になることがある。


「ところで、だ」

「はい」

「俺は、アークティア人になれたのか? 特に変わった実感はないが……」


 両手両足を見るが、特に変わった感じはしない。器具などの反射する部分で顔を見るが、やはり変化は見当たらなかった。


「ご安心ください。あなたは既に、アークティア人の一員です」

「そう、か……? 今ひとつ実感がわかないが……」


 俺が戸惑っていると、アークティア人が何かの図を見せてくる。


「あなたの体の内側を読み取らせていただきました。こことここに、地球人とは違う器官があります。それが、アークティア人である証拠です」


 指し示されたのは、脳……前頭葉近くと、心臓。よく目をこらすと、明らかに地球人では持っていないものが映り込んでいた。

 具体的には、謎の円形をした物体が映り込んでいたのだ。


「何だ、これ?」


 俺はおでこと心臓を、何度も触る。だが、特に変わった感触はない。


「心を読み取るための器官です。骨の下に、埋め込まれているように位置していますから、触っても何も感じませんよ」


 そういうことか。そういえば、図を見せられてから違和感があるな。見えないけど、何かが確かにおでこと胸の中央にある、そんな感じだ。


「ねぇ、勇太」


 と、リリアンネが再び呼びかけてくる。


「何だ?」

「今から私が、心の中で文章を思い浮かべるから。声に出して、当ててみて」


 なるほど。本当にアークティア人なのかどうか、確かめるわけか。


「そ。それじゃ、いくよ」


 リリアンネが、目を閉じて何かを思い浮かべる。

 それと同時に、はじめはぼんやりとしている何かが、次第に文字となって浮かび上がってきた……見えた!

 俺はゆっくりと、その言葉を口にする。


「“無事に起きてくれて、ありがとう、ゆーた。これからもずっと、よろしくね”」

「……当たり」


 そうか。これが、リリアンネたちが見ていた世界だったのか。

 それに、嬉しさがずっと続いている。身体からだは軽く感じ、心には奇妙な安らぎを感じている。


 気持ちがあふれて、止まらない。今、リリアンネに伝えたい。


「……俺こそ」

「?」

「俺こそ、お礼を言わないとな。リリアンネや、アークティア人の皆さんに。こんな気持ちになれたのは、いつ以来なんだろうか」

「久しぶりの気持ちなんだね。これからは、ずっとそう感じられる。嬉しいことは、より嬉しく感じられる。生き方は変わるかもしれないけど、一緒に慣れていこう?」

「ああ」


 こうして――俺はアークティア人として、生きることになった。この先、何が起こるのかはわからない。それでも、リリアンネと一緒なら生きていける。




 そんな思いを、胸の中に抱いていた。

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